第6話



嫁というのは……ひとつの過程が入るはず。


「ええと……それはつまり」

「そう。結婚しよう」


恐らく、こういうのを青天の霹靂と言うんだ。

笑顔を保ったまま、とりあえず近くのソファに座らせてもらった。


「けっ……」


鏡はないけど、何とか笑えていると思う。

ちなみに目の前にいる宗一さんも、終始にこにこしている。ネクタイを解き、ジャケットを脱ぐとすぐ真横に腰を下ろした。

「実は三年前に同性婚が認められるようになったんだ。白希は知らないかな」

「え。し、知りません。すごい」

棒読みになったが、率直な感想だった。


「ね。便利で良い時代になったよ。警察から君を引き離すのに多少人脈を使ったり」

「……」

確かに、昨日までは散々病室を出入りしていた警察が今日は一人も現れなかった。まだ事情聴取の機会は山ほどあるだろうけど、行き先や今後の生活については一切触れられてない。


彼が手を回してくれたことはさすがの自分も想像がつく。


「宗一さんは……私のことを忘れたことがないって仰ってましたね。どうしてですか? 会ったこともない私のことを」

「やっと訊いてくれたね。でもそれは今度話すよ。今日はもう疲れただろうから、ゆっくり休みなさい」


頭に手をぽんと置かれる。嫁だなんて言ってるけど、さっきからほとんど子ども扱いだ。

「その……真岡さんにも言ったんですが、そこまでお世話になるのは申し訳ないです。俺は貴方に何も返せないのに」

「心配ない。これからたくさん満たしてもらう予定だから」

何か、さっきから話が噛み合わないなぁ……。


宗一さんってこんな人だったんだ。それか、大人になって変わったのか……。

早くも雲行きが不安だ。そう思ってソファの肘掛けに触れたとき、またひんやり冷たくて飛び上がった。


「す、すみません。騒々しくて」

「ははは。大丈夫だよ」


ただ、全然動じないし、おおらかなことは間違いない。


だから尚さら分からない。こんな凄い人が、自分なんかを助けてくれた理由が。


彼が言った十年前の約束については心当たりがある。けど、こんなにも立派な青年になった彼の中に留まるようなものではない。


「白希」

「は、はい」

「お腹空かないかい? そろそろ頼んだものが来るはずなんだけど……いや、それよりお風呂が先かな」

「あああ、お気遣いなく」


いたたまれなくなって、部屋の隅っこに移動する。

「じ、邪魔でしたら今すぐ出ていきますから」

「冗談。君は私とずっと一緒にいる予定だから、そのつもりで頼むよ」

それこそ冗談のような話なのだが……。反応に困っていると、ちょうど家のインターホンが鳴った。宗一は玄関の方へ向かい、リビングにひとり取り残される。


本当に綺麗な家……。

夜景に見惚れていると、大きな箱を持った宗一が戻ってきた。

「ちょうど届いたし、先にご飯にしよう。しばらく食べる機会がなかったんじゃないかと思って、あえてジャンクなものにしたんだ」

ローテーブルに置いた箱を開けると中にはフライドチキンがぎっしり入っていて、もうひとつの箱にはピザまで入っていた。


最後に嗅いだのは何年前か分からない。ものすごく食欲を誘う香りだ。

遠慮すべきなのに、タイミングよくお腹が鳴ってしまう。


大画面のテレビを観ながら、お礼を言って食事する。今の状況なんて忘れてしまうぐらい美味しかった。


「美味しい……」

「本当? それは良かった」


冷たいコーラで流し込むと、胸の辺りがひんやりした。

とても些細なことなのに、ああ、今生きてるんだ、と再認識した。

少し前は死ぬところだったのに……こんな風に美味しいものを食べて、寛いで。罰が当たらないだろうか。


「君はここにいていい」


その心を見透かしたように、宗一は白希が安心する台詞を零した。


「君を連れ出したのは私だ。だから居場所は私が創る」


不安と混乱だけじゃない。心細さと罪悪感でいっぱいで、知らず知らずのうちに限界がきていたのかもしれない。


「…………っ」


気付いたら大粒の涙が膝に零れ落ちていた。

「すみません……っ」

宗一は何も言わず、優しく肩を抱いてくれた。

本当にここにいていいんだと錯覚してしまうような温もりだ。


こんな急に泣かれたら困るだろう。そう思えば思うほど胸から熱いものが込み上げてくる。

私は……。

まずは自分が置かれた状況を理解しなくてはいけない。

その上でこれからどうやって生きていくか。彼にどう恩返しするかを考えないと。


分からないことばかりで悲惨な一日だったけど、幸せなことも確かにあった。今はこの感情を大事に抱き締めて、明日を迎えたい。




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