6 影の子

 影の子の外縁は黒い靄がかかったようになっていたが、明確に人の形をしていることがわかる。大きさは成人男性ぐらいだろうか。歩みはゆっくりであったが、確実に足を前に進めていた。足跡は砂浜に残らず、残穢のような黒い粒子がふっと消えていった。


「影の子って何なんだ? あの黒いやつのことか?」

 カイが影の子の方を見ながら話をすると、タツは驚いた顔をしていた。


「もしかして、お前、影の子が見えるのか?」


「見えるも何も、あそこにいるだろう?」とカイは影の子の方を指差した。


「そうか。そうか! それは助かった! 詳しくは話をしている時間はないんだ」タツはカイの両肩を掴んだ。「走れるか? 影の子はあっちにいるんだな」

 

 カイがこくりと頷くと、タツは影の子から離れるように、ジャングルの方に走って行った。カイはよくわかっていなかったが、ここで置いて行かれないように、砂浜に足をとられながらも、タツの後をついて行った。


 ジャングルに入る手前で、カイは後ろを振り返ると、影の子はその歩みのスピードとは裏腹に、すでにカイたちが先ほどいた場所あたりまで来ていた。


――もうあんなところまで。


 影の子はじっとこちらを見つめている。カイは本能的にあれに触れてはいけないと感じ、足早にその場を後にした。


 カイは、タツの後に続いて、うっそうとしたジャングルの中を延々と歩き続けていた。何度か後ろを振り向いたが、もう影の子は追ってきていなさそうだったので、走ることはしなかったが、それでも早いペースで歩いていた。


「どこまで行くんだ?」


「まあ、とりあえず、ついてくればわかる」タツが答えた。「そういえば、まだ名前を聞いてなかったな。名前は?」


「カイだ」

「カイか。いい名前だな」タツは大きく笑った。


 タツはそう言い終えると、また歩みを止めずに、ただひたすら獣道を突き進んでいった。草木は、もとの世界のものとそう変わらないようだったが、たまに、今まで見たこともないような赤色や黄色、虹色をした草木が生えていた。ただ、枯れている草木も少なくない。3分の1ぐらいがしおれたり、枯れたりしていた。

 時より動物も顔を見せたが、見たことがないような形をした動物ばかりで、ここが別の世界だと実感をする。幸い襲ってはこなかった。


 また、草木の中に隠れるように、何かの骨をいくつか見つけることがあった。それも、小さいものが多かった。タツに聞くと、「この国はもともと食糧が乏しく、しかも、それを国に独占され、餓死する者が多い。その多くは体力のない者だ」と少しうつむきながら答えた。


 タツの歩くペースはやたら早く、カイはついて行くのがやっとだったが、思いのほか疲れていない。運動音痴のカイにとって、普段だったら、息は絶え絶えになり、両手を膝につけている頃のような気がするが、なぜか不思議とあまり疲れを感じなかった。


――なんでだろう? いつもならこんなに歩けないのに。


 ただ、歩く間、アキとシホのことが頭からずっと離れなかった。

 

 アキとシホの最期の姿。

 胸から流れる血。

 

 カイは、自分がそうであるように、アキとシホもこっちの世界にいるはずだと自分を言い聞かせながら歩き続けた。


 そして、あたりが暗くなり始めた頃に、ようやくタツが突然立ち止まった。


「ここだ」  


 タツが立ち止まった先を見ると、大きな岩山が立ちふさがっていた。一見すると、ただの大きな岩にしか見えなかったが、よく見ると、岩山の前に大きな一枚の岩が重なりあっているようだった。


「ここ?」

「俺様に任せてろ」


 タツは、岩の横に行くと、岩を手のひらで撫でて、何かを探しているようだった。そして、何かを見つけたのか、手をぴたりと止めて、人指し指で岩を押すと、その部分だけがボタンのように凹み、岩が真横に動き出した。あっという間に、岩は3メートルぐらい動き、突如として空洞が出現した。


「ここが入口だ」タツは両手をはたいて、カイの方を見ていた。

「今の何?」とカイが驚きながら言った。


「なんでこうなるのかは俺様もよくわからんが、ここが入口だ」タツは首をかしげていた。「とりあえず、中に入るぞ。この入口は見つかるわけにいかないから、すぐに閉めないといけないんだ」


 タツは、さあさあという感じで、招き入れるように右手を動かし、カイは促されるまま、空洞の中に入った。中に入ってよく見ると、岩の内側に一人の男が立っており、タツはその男に「お疲れ」と軽く挨拶をすると、その男は敬礼するように、右手を後ろ手に回していた。

 その男もよく見ると、体は人間の骨格そのものではあったが、人間とは違い、トカゲのような顔をしていた。タツはどことなく人間の顔を思わせたが、その男は完全にトカゲの顔であった。

 カイは、その男のこととどうやってあの岩が動いたのか気になり、後ろを振り返りながら歩いていたが、閉まるのを確認する前にタツが言った。


「ここが俺様の町ウラルフだ」


 そこは、岩の洞窟の終着点で、目の前には、岩の岸壁に囲まれた町が広がっていた。岸壁の高さは15メートル以上あり、それが町を円形に囲んでおり、見上げると空という名の海が広がっていた。おそらく上から見ると、岩にぽっかり丸い穴があき、そこに町があるように見えるだろう。カイはドーナツの穴にある町を想像していた。


 その町には、木や石でできた低層の家が、所狭しと埋め尽くされ、その家と家の間の道を何人もの大人や子どもが行き交っていた。


「すごい」カイが思わず感嘆を漏らした。


「そうだろ。俺様達はここで生活をしている」とタツはまた胸を張っていた。「まずは、ちょっと来てほしいところがあるから、ついてきてくれ」


「どこに?」


「まずは、この町の長に会ってもらうぞ」タツがカイの方を見た。


「長?」とカイは聞き返した。


「そうだ。この町を治めて、守ってくれている。タイガ・フローゼ、俺様の姉ちゃんだ。そこで、まず、カイの滞在許可をもらわないといけないからな」


 カイは、町の中心に位置する建物の中に連れていかれた。この建物の高さは他の建物とそう変わりはなかったが、ちょうど上から月明りがさしており、ここだけ神々しい雰囲気を漂わせていた。


 タツがその建物の門番に挨拶をすると、扉が開け放たれ、いくつかの扉を進むと、広間のような場所に到着した。


 そこには、先ほどタツが説明したタイガが玉座に座り、こちらをじっと見つめていた。 タイガは、カイたちより一段高いところに鎮座し、その周りを、赤い鎧を着た男たちが囲むように立っていた。そして、一匹のフクロウが、タイガの隣の止まり木に微動だにせずに止まっていた。


 タツはタイガに簡単にカイと出会った経緯を話すと、タイガは、カイの方に睨みを効かせ、木でできた玉座に座りながら、組んでいる足を組み替えた。


「それで、影の子が見えたというのは本当か?」


 タイガの声は、女性的な声ではあったが、どこか威厳を感じる低い声で、目は先を見通すような強さを持っていた。タツと同じように、他のこの村の人達と異なり、どこか人間の顔を思わせるような顔をしており、鼻筋が通った力強い顔つきで、見た目からも厳格な印象を与えた。


「はい、見えました」

 カイは思わず敬語になっていた。


――今更だが、この世界に来てからも、言葉は通じている。ここの町の人達は人間とは違うけど、言葉は同じなのか。


「どう見えた?」とタイガは、まっすぐカイを見つめて尋ねた。まるで見極めているかのように。


「人の形をした黒い影が見えました」

 カイは見たままを素直に答えるしかなかった。


 すると、どこからともなく7歳ぐらいの小さな女の子がタイガのそばに歩み寄り、何かを耳打ちした。タイガは、その言葉をゆっくり聞き、そして、言った。


「しばらく、貴殿にはこの町の滞在を許可する。ただ、一つ条件がある。それは、こちらの望むことを一つやってもらう。ただ、まだその準備ができていないから、その日が来るまでは自由にしてもらって構わない」


 タイガはそう言い残すと、玉座から立ち上がり、奥の部屋に入ってしまった。


――条件?


 カイは一抹の不安を抱きながらも、ここ以外に行く場所もないので、滞在できる安心感から、肩で小さく息をした。

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