越後恋歌

木村 瞭 

第1話 彼の実家へ同行する 

 松木亮介は神社や仏閣などの伝統建築を手掛ける宮大工である。彼は新潟県の農家の次男坊で、高校を卒業して直ぐに佐渡に在る専門学校の伝統建築学科へ入学し、伝統文化と環境福祉を学んで宮大工の道を一途に目指して来た。四年制の学校でリアルな現場と多くの実習で大工技術の基礎を身に着け、卒業後は伝統と文化と歴史の香る京都へ出て来て既に二級建築士の資格を持っている。

宮田良美は二十四歳のОLで大工道具専門商社「㈱京都萬忠」で経理と販売を担当している。色白でふっくらとした頬に小さな口元、優し気な眼、その容貌は円やかで客の受けは良く、社内でも評判は悪くなかった。良美は十五歳で父親と死に別れ、その後、母親と二人で生きて来たが、その母親も一年前に膵臓癌で呆気無く急逝していた。彼女を支えてきたのは亮介の深くて大きな愛だった。


 良美の母親の一周忌が開けるのを待って居たかのように、亮介が良美に言った。

「今度の盆休みに俺の故郷へ行かないか?両親や兄貴にお前を引き合わせたいんだ」

えっ、と訝し気に顔を上げた良美に亮介が続けた。

「兄貴から電話があって、な。好きなんだったら一緒に連れて来い、って言うんだよ。どんな娘か、俺も兄貴として逢ってみたい、ってさ。な、一緒に行ってくれよ」

「でも、私がいきなり行って大丈夫かしら」

「いきなりじゃないよ。お前のことは粗方兄貴には話してあるよ」

「そうなの。じゃ、一緒に行っても良いのね」

 二人はお盆の十五日に京都駅を出発した。新幹線「のぞみ号」と「Maxとき号」を乗り継いで五時間余り、午後三時少し前に新潟駅に降り立った。

 新潟駅に着くと、正面改札の前で兄嫁が出迎えてくれた。

兄嫁の姿を見て良美は少し吃驚した。彼女は長い髪を三つ編みにして首の後ろへ垂らし、紺の繫ぎのジーンズを履いて、おまけに長靴まで履いていた。歳の頃は良美よりも三つ、四つ上のぽっちゃり美人だった。

「やあ、義姉さん・・・」

「ああ、亮介さん、お帰り。家の人は今ちょっと田圃に出とるんで、うちが代わりに迎えに来たんよ」

「わざわざ済みません。あっ、此方、良美さん」

「此方は兄貴の奥さんで真澄さん」

亮介はそう言って二人を引き合わせた。

「初めまして、宮田良美と申します。どうぞ宜しくお願い致します」

「此方こそ、どうぞ宜しく。遠い所をわざわざお越し頂いてさぞお疲れでしょう。さあ、荷物をお持ちしましょう」

「いえ、軽いものですから、これはわたくしが・・・」

 三人の乗った車は六人乗りの大きなRV車だったが、真澄の運転は女性らしく優しく穏やかだった。新潟バイパスから国道七号線を進み、県道三号線の阿賀野川の橋を渡ると亮介の家は直ぐだった。

大きな石柱の門を入ると広い前庭が拓けていた。玄関前で車を降りた良美は農家の大きな家の作りに驚きを隠せなかった。敷地が広く建物も相当に大きかった。母屋の隣にもう一棟、離れのような建物が立っていた。どちらも二階建ての頑丈そうな造作だった。

 家の中へ入って通された表の間の座敷に、亮介の両親が座って待って居た。

正座をして両手を揃え丁寧に挨拶をした良美に、父親は、やあぁ、やあぁ、と言う仕草で頭を下げ、母親は、どうぞお楽に、と言う態で座布団を勧めた。

亮介が最初に良美を導いたのは先祖を祀ってある仏間だったが、広い部屋の正面には大きな仏壇が設えられていた。額に掲げられた祖父母の写真の下で、良美は亮介に倣いながら、蝋燭を灯し線香を焚いて両掌を合わせた。亮介の鳴らす鐘の音がチーン、チーンと部屋に響いた。

「南無妙法蓮華経、南無妙法蓮華経・・・」

良美は何も考えずに心を空にして無心に祈った。

 それから母親に案内されたのは家の一番奥にある客間だった。

「此処は来客専用のお部屋ですから、どうぞ、気兼ね無く寛いで下さいね」

母親はそう言って、また後でね、と部屋を出て行った。入れ替わりに亮介が入って来て良美の気疲れを労った。

「洋間じゃないから足が大変だろう。窮屈だろうが暫くの辛抱だ、我慢してくれよ、な」

「うう~ん、大丈夫よ。あなたの部屋は二階なの?」

「ああ、俺はずうっと二階の洋間で暮らして来た。この母屋は親父とお袋が使っていて兄貴たち家族は離れで暮らしている。独立した一家の暮らしも兄貴たちには有るだろうから、その方が良いんだよ」

その兄が帰って来たらしく玄関の方が賑やかになった。

「紹介するよ、行こうか」

亮介は良美を促して勝手口へ急いだ。

「兄貴、只今」

「おう、帰って来たか、迎えに行けなくて悪かったな」

良美は此処でも丁寧に頭を下げて、宜しくお願いします、と挨拶した。

「こいつの兄の耕一です、宜しく」

黒く日に焼けた精悍な顔つきだったが、素朴で気さくそうな印象だった。

夕食までには少し間があったので、散歩にでも行こうかと亮介が思っていると、兄嫁の真澄が現れて良美に言った。

「何もすることが無くて退屈でしょう。もし、お疲れで無かったら、少し手伝って貰っても良いかしら」

「あっ、はい。私に出来ることであれば何なりと・・・」

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