第2話:指先で描く魔法
第2話:指先で描く魔法
「……おい。君、さっきのは一体……」
怪物が消えた静寂の中、一人の魔法使いがハルトに歩み寄ってきた。 エリート部隊の制服を着た男だが、その顔は驚愕で引きつっている。
「いや、俺はただ……あそこが光って見えたから」
ハルトは、ひしゃげた鉄パイプを放り出した。 カラン、と乾いた音がアスファルトに響く。
「光って見えた? バカな。あれは高度な解析呪文を何層も重ねて、ようやく特定できる核だぞ。それを、スマホも持たずに……」
「ハルト! 逃げるわよ!」
突然、背後から腕を掴まれた。 振り返ると、さっきまで怪物の足元で震えていた少女――ミコトが立っていた。 彼女はハルトと同じ学校の制服を着ているが、その瞳には強い光が宿っている。
「え、ちょっと待てよ。なんで逃げるんだ?」
「いいから! 魔法庁の検閲局が来るわ。正規の手順を踏まない魔法使用は、現代じゃ重罪なのよ!」
ミコトに引きずられるようにして、ハルトは路地裏へと駆け込んだ。
「……はぁ、はぁ。ここまで来れば大丈夫かな」
ミコトは古びた公園のベンチで足を止めた。 街灯がチカチカと瞬き、湿った土の匂いが鼻をつく。
「説明しなさい、ハルト。さっきのは何? どのアプリを使ったの?」
「アプリなんて使ってないって。文字が読めないんだから無理だろ」
ハルトは投げやりな気持ちで、自分の指先を見つめた。 先ほど怪物を貫いた時の、あの「澄んだ感覚」がまだ指に残っている。
「信じられない……。呪文なしで魔力構造を破壊するなんて。でも、今のあなたは『無免許の危険分子』扱いよ。証拠を見せなさい」
「証拠って言われてもな」
「もう一度、魔法をやってみて。今度は攻撃じゃなくていい。何か、形のあるものを」
ミコトはスマホを取り出し、計測モードを起動した。 ハルトはため息をつき、空中に手をかざした。
教科書には、こう書いてある。 『精神を統一し、脳内で構成式を文字へと変換。それをデバイスに転送せよ』
ハルトにとって、それは苦行でしかなかった。 文字を思い浮かべようとすると、頭の中が砂嵐のようにザラついて、激しい頭痛が襲う。
(……やめだ。文字なんて、もう考えない)
ハルトは目を閉じた。 耳を澄ますと、夜の公園の音が聞こえてくる。 風が木々の葉を揺らす、サワサワという音。 遠くの噴水の、水の跳ねる音。 そして、自分の体の中を流れる、熱い血液の鼓動。
「……あ、また見えた」
目を開けると、夜の闇の中に、うっすらと**「銀色の粒子」**が漂っているのが見えた。 それは空気中に溶けている野生の魔力だ。
ハルトは、それを指先でそっとなでた。 冷たくて、少しだけピリピリとした感触。 まるで、冷えたソーダの泡に触れているみたいだ。
「よし……いけ」
ハルトは指を動かした。 文字を書くのではない。 空中に、「絵」を描くのだ。
一本の線を引き、円を描く。 それは、ハルトが今日見た「風の流れ」の形。 ミコトが驚きで息を呑むのが聞こえた。
「ハルト、それ……何してるの? 手指が……光って……」
ハルトの指先から、眩い白銀の光が糸のように溢れ出した。 空中に、複雑で美しい「紋様」が描かれていく。 それは幾何学的な魔法陣ではない。 生き物の鼓動や、水の波紋をそのまま形にしたような、流動的な図形だ。
「……咲け」
ハルトが指を弾くと、描かれた光の絵がパッと弾けた。
シュァァァッ! と、爽やかな音が響く。 ハルトの目の前に、透き通った**「氷の百合の花」**が咲き誇った。
「嘘……。入力(タイピング)なしで、魔力が結実した……?」
ミコトは震える手で、その氷の花に触れた。 指先が冷たさに驚き、彼女の頬が赤く染まる。
「綺麗……。でも、こんな魔法、どのデータベースにも載ってない。数式が一つも成立してないのに、どうして安定してるの?」
「数式なんて知らないよ。俺はただ、さっきの風の冷たさを思い出して、その『感じ』を指でなぞっただけだ」
ハルトは、自分の描いた花を見つめて笑った。 初めてだった。 魔法を使って、「苦しい」ではなく「心地いい」と感じたのは。
「ミコト。俺、やっぱり学校のやり方は合わない。でも、これならできる」
「……バカね。これ、魔法学を根底からひっくり返す大発見よ。直感だけで魔力を編むなんて、伝説の『原初の魔導士』と同じなんだから」
ミコトは呆れたように肩をすくめたが、その口元には微かな笑みが浮かんでいた。
「わかったわ。あんたのそのメチャクチャな魔法、私が『翻訳』してあげる。私が理論を埋めて、あんたが描く。……それなら、世界を驚かせられるかもしれない」
「翻訳か。悪くないな」
ハルトはもう一度、空中に指を走らせた。 今度は小さな光の蝶。 羽ばたくたびに、火の粉のような温かい光が舞う。
「ミコト、これ。さっき助けてくれたお礼」
光の蝶が、ミコトの肩にふわりと止まる。 ミコトは顔を真っ赤にして、「子供っぽい魔法ね!」と毒づいた。
公園を吹き抜ける夜風が、二人の間を通り過ぎていく。 ハルトの目には、その風さえも、これから描く物語の「新しい色」に見えていた。
「よし……。文字が読めない小説家が、世界に魔法を書いてやる」
暗い夜空を見上げ、ハルトは確かな手応えを感じていた。 指先にはまだ、魔法の温もりが心地よく残っていた。
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