ぷかり喜界島

ぼんたろう

第1話 常夏の南の島に初上陸、のつもりだったのに

 夜明け前の港に着岸したフェリーから家財道具一式を満載した軽トラックで喜界島に上陸した。

港では港湾独特のクレーンやフォークリフトのにぎやかな音が鳴り響いていたが、港を離れると辺りは静寂に包まれた。


 夜明け前とはいえ、暖かな空気の中で南の島らしい満天の星が出迎えてくれると期待していた。

ひょっとすると月明かりの椰子やしの木の下で女の子たちが踊りながら歓迎してくれるかもしれない。

しかし、理想と現実はあまりにもかけ離れていた。

 僕を歓迎してくれたのは、暗闇の中でもはっきりと分かる鉛のような分厚い灰色の雲、思わず首をすくめてしまう冷たく強い風、そして、横殴りの雨だった。

こうして僕の妄想は一瞬にして海の藻屑もくずとなった。

あまりの寒さにウールのセーターとフライトジャケットを着込んだ。

もう必要無いだろうと、どちらも処分して常夏とこなつの南の島へ行くつもりだったが、まさかこれ程役に立ってくれるとは思いもしなかった。


 フェリーが喜界島に入港したのは夜明け前の午前4:30。新しい職場に挨拶に行くのは午前9:00。まだまだ時間がある。

軽トラックの助手席にまで荷物を満載しているので横になって休むスペースもない。

その上、喜界島について何も下調べをせずに来ていたので、どこに何があるのかさっぱり分からない。

 福岡を発つ前に連絡した勤務先の担当者は、

「高い建物はここくらいしかありませんから車で走ってたら直ぐに分かりますよ」

と説明してくれていた。

本当にそんなに何もない平坦な島なのだろうか。

とりあえず、適当に軽トラックを走らせてみる。5分も走ると通り沿いにぽつんと5階建の白い建物が見えてきた。

その建物には病院の看板が付いていて、そこだけが他の建物より抜きん出て高い。

周りには平家とアパートしかなく、かなり目立つ存在だ。

 その辺りを一回りして港に戻ると、フェリーの発着場は先程までの喧騒けんそうが嘘のように静まり返っていた。

フェリーを下船した者が港にとどまることを拒むかのように、全ての灯りが消されて辺りは真っ暗だった。

 無人のフェリー待合所のトイレの鏡に映った自分の姿を見て、髭面ひげづらであることに気付いた。

人気のないトイレの洗面台で一人髭をる。

ジョリジョリと髭を剃る音が冷たいトイレに響いた。


 僕にとって喜界島の第一印象は、このように決して良いものではなかった。

ただ、第一印象が当てにならないことは知っていたし、経験もしていた。

ずは相手を知ることから始めよう。


 約束の時間に職場に挨拶に行き、配属される病棟にも紹介され、その後に寮まで案内された。

案内してしてくれた人の良さそうな男性は激しい雨の中、荷物を運ぶのを手伝うと申し出てくれた。

その申し出を何度か断わってようやく引き下がってもらえた。

こんな雨の中を手伝ってもらうのはあまりに気の毒だし、家財道具一式といっても僕の荷物は大した量ではない。


 翌日は日曜日。仕事始めはその翌日の月曜日からだ。

日曜日になると雨はやんだが相も変わらずの鉛色の曇天だった。

観光案内の地図を見ながら軽トラックで島を一周することにした。

島の外周は約50km。県道を走って島を一周すると約40km。

ゆっくり走っても1時間もあれば島を一周できてしまう。


 ドライブのお供は福岡に住んでいた時にいつも聴いていたLOVE FM。

スマートフォンのアプリがあれば全国どこでも地元のラジオ番組が聴ける時代だ。

見知らぬ土地で身近なラジオ番組を聴けるのはありがたかった。

しかし、島の電波状況はあまりに悪く、途切れ途切れに聴こえてくる懐かしいラジオ番組が僕の孤立感に追い打ちをかけた。


 途中の県道で前を走る車が大きく対向車線にはみ出しながらけていたので、何事かと警戒すると猫が道路の真ん中で昼寝をしていた。

なんて長閑のどかな島なのだろう。

思わず笑みがこぼれる。

島を一周すると、どこかよそよそしかった喜界島を身近に感じることができていた。


 それにしても小さな島だ。

でも、僕にとっては丁度良いヒューマンサイズな大きさだ。

海も空も相変らず鉛色だったけど、晴れるときっと綺麗なんだろうな。

これからも島を彼方此方あちこち探索して、もっと島と仲良くなろう。

島と仲良くなれば、もっと美しい風景を見せてくれるだろうから。

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