第6話 光

巨大な部屋は、闇の底に沈んでいた。


見慣れない機械類のインジケーターランプだけが、点々と瞬いている。

赤、緑、青——静かにこちらを見つめる無数の目のようだ。


「ピッ……ピッ……」


規則正しく、低く響く電子音が空間に交錯している。

その音が、この場所がただの地下室ではなく、長期間にわたって休むことなく稼働し続けてきた中枢施設であることを物語っていた。


部屋の中央には、場違いなほど目立つ巨大な赤いボタンが鎮座している。

その前で、三組の視線が釘付けになっていた。


「……ここ、どう見ても“光源倉庫”には見えないよな」


ネギはそう言いながらも、視線はその眩しい赤から一瞬も離れなかった。


「かもね」


ショウガが低く答える。


「ヴィラはあちこち吹き飛んでるのに、ここだけほとんど無傷だし」


一拍置いて、彼女は壁の隅へ目をやった。


「……あの穴を除けば、だけど」


彼らをここへ導いたのは、まさにその目立たない小さな穴だった。


「で、どうする?」


すでに解毒剤を飲んだガリックは、だいぶ正気を取り戻していた。

顔色はまだ青白いものの、少なくとも意識ははっきりしている。

——もっとも、後ろの“締まり具合”が元に戻るには、まだ時間がかかりそうだったが。


「外の連中、すぐ追いついてくるぞ」


中央にしゃがみ込んでいたネギが、ゆっくりと立ち上がる。

そして赤いボタンの上に、静かに手を置いた。


押したら、何が起こるのか——誰にも分からない。

それが生への唯一の鍵かもしれない。

あるいは、巧妙に用意された地獄への招待状か。


生か、死か。


すべては、この一押しにかかっている。


「ドン——!」


背後の鉄扉が、激しく叩かれた。

びくりとした拍子に、ネギの手は反射的に強くボタンを押し込んでいた。


三人の頭の中が真っ白になる。

背後で激しさを増す衝突音すら、うまく認識できない。


次の瞬間——床が、わずかに揺れた。


地震ではない。

むしろ、ヴィラそのものが目を覚ましたかのような感覚だった。

扉の向こうの人間たちも驚いたのか、叩く音はぴたりと止み、周囲は再び不気味な静寂に包まれる。


……だが、何も起こらない。


揺れは一瞬で収まり、すべてが元通りになった。

三人が状況を飲み込む間もなく、ボタン正面のスクリーンがふっと点灯する。


そこに表示されたのは、一行の文字だった。


「人類最後の晩餐で食されたのは、青島(チンタオ)と___?」


「なにこれ……」


ショウガが眉をひそめる。


「原始神話クイズ?」


「“最後の晩餐”なら、絶対に欠かせないのは……」


ガリックが反射的にネギを見る。

二人の視線がぶつかった。


ネギは即座に入力画面に指を走らせた。


スタンリー。



——


ピピピ!

パスワードエラー。

残り入力回数:2回。


耳障りな警告音が鳴り響き、外の人間たちに合図を送るかのようだった。

直後、扉を叩く音が再開する。

さっきよりも激しく、鉄扉が悲鳴を上げる。

今にも破られそうだ。


「なにやってんのよ!」

ショウガが焦って叫ぶ。


「青島ってどう見ても“飲み物”でしょ! スタンリーも飲み物! 被ってるじゃない!」


彼女は早口でまくし立てる。


「食べ物よ、絶対! 食べ物! 『金坷垃(錠剤肥料)』って入れて!」


——


ピピピ!

パスワードエラー。

残り入力回数:1回。


鉄扉は明らかに歪み始めていた。

時間は、もうほとんど残っていない。


「もう無理だ……」


ガリックが頭を抱えてしゃがみ込む。


「適当に入れよう。

どうせなら一緒に終わろうぜ……」


扉を叩く音、怒号、警報の残響、ショウガの独り言、ガリックの半狂乱のうめき——

ありとあらゆる音が、一気にネギの脳内へ流れ込む。


尊大なピーマン。

激昂するトウガラシ。

得意げなジャガイモ。

威圧的なトウモロコシ。


そして——冷たい笑みを浮かべた、あのホームレス。


——那須正太郎。


「……ナス、かな」ネギが、ぽつりと呟いた。


ショウガとガリックが同時に動きを止める。

二人は揃ってネギを見た。

その目は、追い詰められて正気を失った人間を見る目だった。


ネギは、手を上げる。


「待——」


ショウガが止めようとした瞬間、ガリックが彼女を引き寄せ、勢いで口を塞いだ。


ネギは入力欄に、ゆっくりと、しかし迷いなく打ち込んだ。



(中国東北地方の家庭料理、ジャガイモ、ナス、ピーマンという「大地で採れる3つの新鮮な食材」を使い、醤油ベースの甘辛い味付けで炒めた料理)


Bingo! 

パスワード正解。


——その瞬間、背後の扉が破られ、追手がなだれ込んできた。



◆◇◆

◆◇◆


あの日——


ルーメンポリス(光合成都市)の住民たちは、後になってどれほど思い返しても、結局「何が起きたのか」を正確に言葉にすることができなかった。


それは、本来ならあまりにも平凡な一日だった。


正午の人々は第1環で、安定した日差しを享受していた。

黄昏の人々は第2環、第3環の工場や街路を駆け回っていた。

そして第5環の人々は、相変わらず夜の底で、ただ死を待っていた。

すべての環区は、それぞれの秩序の中で回り続けていた。


——その瞬間までは。


突如として、空から垂直に刺さるような強烈な光が降り注ぎ、都市全体を覆い尽くした。

それに続いたのは、低く、途切れることのない轟音。

人々が顔を上げると、空はまるで巨大な鍋の蓋のように見えた。

中央から、ゆっくりと——下へ、開いていく。


光が、溢れ出す。


ガラスを越え、鋼鉄を越え、地下構造を越え。

身分を越え、富を越え、生まれの記録を越え。


光は、都市の隅々にまで、等しく降り注いだ。


——【すべての人間】に、平等に。


ネギは再び茎をまっすぐに伸ばし、ショウガは辛味の気配を取り戻し、ニンニクの鱗片は、静かに閉じた。


その強光が存在したのは、わずか十二分五十八秒。


だが、人の目が徐々にその光に順応していくには、十分すぎる時間だった。


その間に——

ネギも、ショウガも、ニンニクも、逃(桃)げ出した。

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