第2話 一週間後、沢木の査問が行われた

 一週間はあっと言う間に過ぎた。

今日は事業部長からの直接の聞き取りがある日だった。

沢木は支店次長に付き添われて広い会議室の前で聞き取りの順番を待った。

先に若い部下の中西が聞き取られていた。

「件の取引は沢木課長が、上司である支店長の制止を無視して、強引に推し進めたのかね?」

「いえ、それは・・・」

傍らから支店長が中西に猫撫で声で諭すように話し掛けた。

「君のことは部長も気に掛けておられるよ。安心して有態に話しなさい」

「はあ・・・」

順番を待つ間、次長がそれとなく沢木を諭した。

「なあ沢木、此処まで来たらもう仕方無い。今日のところは一先ず素直に認めて、傷を少しでも軽く小さくすることを考えろよ、な。また再出発の機会も有るだろうからさ」

会社にやり直す機会なんて有るもんか!現に佐伯だって左遷された挙句に、今度は出向を命じられて地方へ飛ばされたじゃないか、俺に何をやり直せと言うんだ・・・

 沢木の脳裏に、新幹線の見送りホームで見せた佐伯の悔しそうな表情が鮮やかに甦った。胸に溢れる憤りをじっと堪える男泣きの貌だった。

「会社って所は一度踏み外せば二度と本流には戻れぬ所だ。お前も今大変だろうが俺のようにならんように気をつけてくれよ、もう逢えんかも知れんが、な」

見送り人は誰も居なかった。妻と一人の息子と三人で佐伯はひっそりと旅立って行った。閉まったドアの向こうで佐伯の背中が泣いていた。

 中西と入れ替わりに沢木が呼び入れられた。

眦をキッと挙げて沢木は会議室の扉をノックした。

広い会議室の中央に大きな横長の机が置かれ、その前に事業部長が渋面で座っていた。下手の少し離れた場所には鉤型に長い机が配置され、其処に部長と支店長が並んで座っていた。沢木は、聞き取りと言うよりも査問に近い形だな、と思った。

「ま、かけ給え」

事業部長に促されて沢木はまるで被告席のような小さな椅子に、深く一礼して腰かけた。

早速に、聞き取りが始まった。

「今回の新規取引の失敗は全て、担当課長である君の責任なのかね?」

沢木は頭を下げたまま、上目遣いに事業部長を見やって、言った。

「責任の一端は私にもあります。が、あの取引は支店長に命じられ指示されて実施したものです。私が強引に推し進めた訳ではありません」

「然し、稟議起案したのも取引を推進したのも君ではないのか?」

「信用調査をする時間も、公表されている決算書を分析する余裕も、共に無く、ただ支店長に急かされて強引に書き上げたものです」

「君は失敗の責任を上司に押し付けるのかね。五千万円という大金を焦げ付かせたのは君だぞ!」

「確かに大きな損失を被りました。然し、稟議書は支店次長も支店長も承認印を押して事業部長へ提出されました」

「そんなものは事務手続き上のことではないのか?第一義的には君の責任である筈だ」

「決済を経て実際に取引を決められたのは支店長と部長です。それに私は暫くして、信用調査書と決算書を分析したその結果を部長と支店長に報告しましたし、取引を縮小したり止めることも進言しました」

横合いから支店長が大きな声で怒鳴った。

「何を言うか!部長も僕も常に現場の意向を最優先して、現場がやり易いように動いているだけだ。一つひとつの案件に関していちいち責任を負っていられるか!」

沢木は顔を上げ、眼を吊り上げて、反論した。

「それではあなた方は何の為に此処に居られるんですか?毎日汗水垂らして第一線の現場が獲って来た取引の契約に、責任を持たないような幹部なら、何の存在価値も有りませんよ!」

沢木は怒りを抑えた眼で事業部長に訴えた。

「私にも当然ながら責任は有ります。然し、全責任を取るのは私ではない筈です」

沢木は支店長と部長を睨みつけるようにして席を立ち、事業部長に一礼して会議室の扉を押し開いた。会議室の中では部長と支店長が椅子にへたり込んでしまった。

 社長や専務、常務など経営陣の決断は早かった。三日後に関係者の処分が発表された。

事業部長は戒告、営業部長は三ヶ月の減給、支店長は札幌支店次長に降格、そして、沢木には九州事業部福岡支店への転勤命令が下った。

沢木は、俺はこんなことでは会社を辞めないぞ、こんなことで負けて堪るか、と憤怒の炎を胸に滾らせ、又、俺はあんな上司には絶対にならないぞ、と強く心に誓っていた。

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