会話犬をさんぽする

久遠 燦

第1話

会話は犬のさんぽに似ている。

会話犬が暴走して走りまわらぬように、さんぽをする人々は注意しつつ歩かなくてはいけない。

誰も置き去りにされぬよう、足並みを量りながら。


しかし、「さんぽしよう!」と言って、さんぽに誘ってきたのに、会話犬に跨って、ムチをうちながらどこかへ行ってしまう人もいる。

会話犬は闘牛みたいに方向転換して暴れ回る。

「待ってよ!」と言っても声は届かない。気づけば、会話犬が今どこにいるのか把握することすら出来なくなっている。

会話犬に跨った彼らは、全力疾走しても追いつけないくらい、はるか遠くに行ってしまうのだ。

「さんぽじゃなかったの?」

そう思って、悲しくなる。


私は会話犬のリードを、基本的に相手に託す。

会話犬を少し走らせたくなった時は、私はリードを持って、あたりを小さく一周だけ走る。

一周まわった後は、会話犬を落ち着かせる。そして、「さっき話そうとしてた、〜の続きって何?」と、会話犬のリードを相手に返す。

ただ、リードを返すだけでは足りない。

安心して散歩をできるように会話犬を落ち着かせた上で、返すのだ。


でも私は、会話犬に跨り、ムチを打ちながら全力疾走する騎手達のことも今は好きだ。

スケートボードという選択肢を手に入れたからだ。

騎手と二人きりで会話犬のさんぽをする時、私は騎手が会話犬に跨った瞬間、騎手の体に紐を結びつけ、スケートボードに乗る。

一緒に散歩しようと思うと、置き去りにされる。しかし、最初からスケートボードに乗るのなら、会話犬が全力疾走してもついていくことが出来る。

会話犬に跨って前傾姿勢でムチを打つ騎手達とのさんぽは、とても刺激的である。


とんでもない速さで、景色が後ろへ後ろへと流れてゆく。

そして、その景色はとても鮮やかだ。

春の桜。

夏のビーチ。

秋の紅葉。

冬の雪景色。

刺激的な景色が目まぐるしく変化するのである。そして、騎手がまっすぐと見上げている何かを見つめる。はるか先で輝いてみえるのは好奇心という光だ。これは、会話犬さんぽとは呼び難い。

しかし、制限速度の無い高速道路である、アウトバーンを自由に駆け巡るレースだと考えれば、方向転換や、加速も含めて、とても刺激的で楽しい体験である。


困るのは、騎手と、スケートボードを持つ私と、丸腰の人間での会話犬散歩である。


騎手は、急に会話犬に跨る。

目にも止まらぬ速さだ。

二人きりならば、即座にスケートボードを取り出し、乗れば良いだけだ。

しかし丸腰の人間がいる。


そんな時私は、急いで硬くて長い紐を取り出す。騎手と、自分と、丸腰人間を紐で繋ぎ止めるのだ。手に力を込めて必死で耐える。

「紐を伸ばせー!会話犬の自由が足らんー!手を離せー!」

響き渡る騎手の声。

「戻ってきてー!ついていけないよー!疲れるよー!」

響き渡る丸腰人間の声。


そんな時、大抵、会話犬はまずいところに入る。

戻れぇぇぇと声をあげる私。


遠くに見える騎手を目を細めて眺め、「ん?なにか今、変な言葉が聞こえませんでしたか?あの…」と、怪しむ丸腰人間。


私は「彼は今〇〇〇という、高速道路にいます!」と叫び、騎手の立ち入り禁止区域侵入を隠蔽する。

会話犬の暴走に呆気に取られている丸腰人間はあぁ、そうかぁと言って納得してくれる。

騎手と、自分と、丸腰人間を繋ぐ紐がちぎれぬようになんとか繋ぎ止める。

まるで、台風を一本の手網で引き留めているかのようだ。


私は、いつのまにか、会話犬に跨らない側の人間として、数えられている。少し窮屈さを感じる事もある。そんな私が一人で跨るのは、思考犬だ。


「うちの犬って白いだんごに似ているな」

そんなくだらない事を思いついた瞬間、私は気づけば思考犬に跨り、前傾姿勢でムチを打ち、アウトバーンを全力疾走している。


「朝日浴び

毛布めくれば

白だんご」


「白だんご

冬のトレーは

床暖房」


「入るなよ!

だんごの周りは

騎士団領」


と言った具合である。


二人きりでいる時に、騎手が会話犬に跨れば、私は即座にスケートボードを取り出す。しかし、たまには、私が会話犬に跨ってもいいのではないか、そんな、思考犬に跨りたくなることがある。


でも私は、会話犬に跨ることを、譲る。

スケートボードに乗って、騎手が作り出す目まぐるしく変化する景色を楽しむのが、好きだからである。


ゆっくり会話犬の散歩をしたい人と出会ったら、私は自分の後ろに重りをつける。

そして、静かに歩きながら、身近な自然、つまり、日常に溢れる美しいもの、に目を向ける。


私は一人でいる時、常に思考犬とアウトバーンを全力疾走しているので、会話犬をさんぽするときは、自分一人では気づかないものに目を向けたい。

だから、相手にリードを渡し、相手が騎手ならばスケートボード、相手がゆっくり散歩するのが好きな人ならば自分につける重りを取り出し、

様々な会話犬との散歩を、めいっぱい楽しむのである。

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会話犬をさんぽする 久遠 燦 @Milai_777

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