運命ペリカン便
花野井あす
わたしはペリカン
わたしの尊敬してやまない神はこうおっしゃった。
その答えは運命は至る所にあると。
――否。
無い。
なぜか?
わたしがぐんぐん吸い取っているからである。
吸い取るだって?
あるひとはきっとこう問うことだろう。そしてこうも思うはずだ。
そもそもお前は何者なのか?
と。
ピングでドラムな名作について語っていたのだから、当然わたしは愛らしいペンギンの姿をしているのだと断言したい……のだがそうもいかない。ぜひあの崇め奉りたいほどに尊敬している神の創作物に近付くべく、あのキャッチーな掛け声とともに、何者にもなれない者たちへ生存戦略とは何たるかを説きたかった。だが現実というものはたいていの場合、無慈悲なものだ。人々はわたしを見てこう言う。「あ、ペリカンだ!」
そう、わたしはペリカンなのだ。
だからせめて、その名に恥じぬようペリカンなわたしはぐんぐん運命を吸い込んでいるのだ。ペリカンとはそういうものなのだと、あなたもご存じだろう。
ぐんぐん、ぐんぐん。
手始めにベートーヴェンを吸い込む。
彼は交響曲なるものを産み落とすさい、五番目に運命の卵をこの世に解き放ったのだという。きっと運命などという名の卵なのだから、運命の出会いを求める夢見がちな女の子が生まれるのだろうと思った。が、残念ながら思ったよりも厳めしそうな青年が生まれてしまった。もしかしたらわたしが運命を吸い込んでしまったがゆえに、夢見る運命がどこか彼方へ消えてしまったのかもしれない。だがくよくよしないでわたしは進む。これも運命。
わたしは次々と運命を吸い込んでゆく。
パンを咥えて走る遅刻少女、時期外れの美少年転校生。糸車も船の遭難もすべて吸い込んで、一緒に運命という運命も吸い込んでいく。
しばしばペリカンとペンギンをはき違えている方のなかで、「吸い込む」ではなく「飲み込む」ではないかと首を傾げる方がいる。
繰り返そう。
わたしは悲しくもペンギンではなく、ペリカンな外見をしているのだ。
ペンギンならば
とにもかくにも運命を吸い込むという運命にあるわたしだが、どうやら運命不足は深刻な問題を引き起こしたらしい。
いや、原因は運命が足りないせいではない
人々は言う。何やら、晴れぬと。悶々と雲が立ち籠めて、鬱々とすると言うのだ。部屋の片すみで膝を抱え込み、センチメンタルな気分に浸りたくなるのだと、人々が口を揃えて言うのだ。この雲を生み出したのだから、不足したものが要因のはずがない。
そしてわたしには雲のたぐいで思い当たるものがある。わたしの排気ガスである。
わたしは吸い込み、そして焼き目をつける。その過程で、悲しくも使われず排出されるエネルギーがある。もっと燃費よくゆかぬかとも思うが、生命というものはそういうものだ。だらだらとコタツのなかで惰眠をむさぼり、その日の終わりになって「一日を無駄にしてしまった」と肩を落とすのは「 E = mc² 」の公式と同じくらい当然の宇宙の真理なのである。
よってわたしが運命を吸い込んで排気ガスを放出することはやむを得ないことなのだ。
だが、そうは言ってもそのガスが
よってわたしは考えねばならない。
わたしの排ガスで空模様を怪しくせずに済む方法を。
簡単なことだ、とある人は言う。
排ガスを出さなければよいのだ、とある人も言う。
なんてナンセンス。
その方法は生存戦略しましょうか、どころではない。わたしは問いたい。あなたがたは、 CO₂ を排出せずに生命活動が可能なのかと!
だが「でも」、「だって」と否定してばかりではいけない。ペリカンたるもの、代替案を提示したうえで否定せねばならない。真っ先にばっさり切り捨てるなど、それはペリカンではなくバリカンだ。ばりばり毛という毛をむしり取ってハゲを量産するだけの AI である。奴らは人々の頭部をあらゆるセンサーを駆使してスキャンし、適切な数理モデルを選択し、いかに効率的に禿げ上がらせるかを考える冷酷無情な奴らだが、わたしは違う。わたしはとにかく、目の前に運命があれば飛びつき、吸い込む純粋無垢な存在なのだ。
そして純粋ということは純水なので、これ以上わたしにはどうすることもできない。
よってわたしは考える。あの立ち籠めた雲をどうかしてしまえばよいのだと。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます