第5話(その2)フードコート修羅場、プリクラ地獄、そして「知り合い程度」完全崩壊

音楽ショップを出た瞬間、秀吉は悟った。

――今日はもう、帰られへん。

なぜなら背後に、

「春の暴走機関車」がいるからや。

「なあなあ秀吉くん! 今のん、もう一回弾いて!」 「弾かへん! 二回目は事故やなく事件や!」 「事件て何!? かっこええ事件やん!」 「事件はかっこよくない!」

高台寺寧々は顔を赤くしたまま、テンションだけ天元突破している。

その横で、京極竜子が静かに笑う。

「寧々ちゃん、落ち着き」 「落ち着けるかいな! あんなん見せられて!」

寧々が両手で頬を押さえて、くねくねしだした。

「うわ、気持ち悪っ」 「まつ、言い方!」 「思ったまま言うただけや」

前田まつは今日も容赦がない。

前田利家は今日もおもしろがっている。

「秀吉、人気者やん!」 「人気者ちゃう! 店員さんに拍手されただけや!」 「それ、人気者や!」 「違う!」

利家の理屈は意味不明やのに、勢いだけはある。

こいつ、スポーツ科やなくて“ノリ科”やろ。

秀吉は早足で歩いた。

桂川モールの通路を抜け、フードコート方面へ――

「はい、捕獲!」

寧々が横から腕に絡んだ。

「捕獲言うな! 俺は野生動物ちゃう!」 「ちゃう? 人たらし動物やん?」 「新種作るな!」

竜子がふっと笑って言う。

「羽柴くん、逃げるの上手やな」 「逃げな生きられへん」

まつが即ツッコミ。

「生きろ。ちゃんと」 「生きてるわ!」

フードコート。

京都の高校生と観光客が入り混じる、カオス空間。

席の取り合いは、合格発表の掲示板と同レベルや。

「利家、席確保!」 「任せろ! 俺はフィジカルで席取る男や!」 「押すな! 肘使うな! 犯罪や!」

まつが利家の制服の襟を引っ張って制御する。

……まつ、ほんま利家の飼い主みたいや。

「寧々、何食べるん?」 「抹茶! 抹茶パフェ! 京都は抹茶でできてる!」 「できてへん!」

「竜子ちゃんは?」 「……甘味もええけど、うどん食べたい」 「渋い!」 「体冷えるし」

同じ京都弁でも、

寧々の京都弁は祭り太鼓。

竜子の京都弁は風鈴。

差がありすぎる。

秀吉は胃に優しそうなものを探した。

(俺、今日ずっと胃が戦場やし)

その時、利家がトレーを持って戻ってくる。

「俺、たこ焼きとラーメンと唐揚げ!」 「胃袋、部活入ってるな」 「胃袋は全国常連や!」 「黙れ」

まつはカロリー計算でもしてるみたいに、ため息をついた。

「利家、死ぬで」 「死なん! 筋肉が分解するだけや!」 「それが死や!」

秀吉が思わず笑った、その瞬間。

「秀吉くん」

寧々が急に真顔で呼ぶ。

顔、近い。

「……なに」 「さっきのん、ほんまに、ずるい」 「また言うんかい!」 「言う! 言うたる! うちは引かへん!」

寧々は胸の前で拳を握った。

「うち、“知り合い程度”や思われてるの、腹立つねん」

秀吉は箸を止めた。

「……別に悪意は」 「悪意がないのが腹立つ!」

意味分からんのに、

分かる気もするのが一番厄介や。

まつが容赦なく刺す。

「寧々、重い」 「重ない! 軽い! ふわふわや!」 「お前のテンションだけふわふわや」

竜子が静かに言う。

「寧々ちゃん、焦らんでもええやん」 「焦る! うちは焦る! 春やし!」 「春万能説、ほんまやめて」 「やめへん!」

秀吉は逃げたくなって水を飲んだ。

「……で、何が言いたいん」 「言いたいことは一つや!」

寧々がズイッと身を乗り出す。

「うちのこと、“知り合い程度”から格上げして!」 「格上げって何!? ゲームのレベルみたいやな!」 「恋はレベル上げや!」 「知らんゲームや!」

利家が、ここぞとばかりに口を出す。

「秀吉、格上げしたれや!」 「お前は黙れ!」 「ええやん! 仲間増えるやん!」 「増え方が爆発や!」

まつが利家の頭をパシン。

「利家、煽るな」 「煽りたいんや! 青春や!」 「青春を免罪符にすな!」

竜子がふっと笑って、秀吉を見る。

「羽柴くん、どうするん?」 「……どうするって」

その時、秀吉は気づいた。

周りの視線が、なんか多い。

隣の席の高校生、こっち見て笑ってる。

観光客のおばちゃん、ニヤニヤしてる。

小学生、何か面白いもん見つけた顔してる。

(あかん、これ……公開処刑や)

「……とりあえず、落ち着こ」 「落ち着かへん! うち、今、戦や!」 「戦って言うな! 飯がまずくなる!」

そこへ――

「ほな次、プリクラや!」

利家が立ち上がった。

「は?」 「プリクラ! 今日の記念!」 「記念の方向が違う!」

まつが冷静に言う。

「利家、やめとき。

あんた、プリクラで顔伸びるタイプや」 「伸びへん! 顔は元から長い!」 「自覚あるなら黙れ!」

寧々が目を輝かせる。

「プリクラ!? 撮る! 撮る撮る!」 「なんでお前が先に決めんねん!」

竜子も小さく頷く。

「……せっかくやし」 「竜子まで!? お前ら結託すな!」

こうして秀吉は、引きずられた。

プリクラコーナーへ。

プリクラ機の前。

そこは女子の戦場。

盛る、盛る、盛る。

真実を捨てる場所や。

「利家、あんたは外で待っとき」 「なんで!?」 「デカすぎて画角入らへん」 「入るわ!!」

結果、入った。

でも画面の半分が利家の肩。

「ほらな」 「ほらなじゃない!」

寧々が秀吉の腕を引っ張る。

「秀吉くん、こっち!」 「近い!」 「プリクラは近いもんや!」 「それはそうかもしれんけど違う!」

竜子が反対側から、そっと入ってくる。

「……ここ、でいい?」 「よくない! 両側から挟むな!」

まつが無慈悲に言う。

「秀吉、観念し」 「何を観念すんねん!」

画面にカウントダウン。

「3、2、1――」

「待って! 俺、顔が引きつってる!」 「笑え!」 「無茶言うな!」

パシャッ。

撮れた。

画面に映る四人。

利家:満面の笑み(でかい)

まつ:無表情(強い)

寧々:ドヤ顔ピース(勝ち確の顔)

竜子:控えめに微笑む(上品)

そして秀吉――死んだ目。

「秀吉、死んでる」 「死んでへん! 心が一回死んだだけや!」

ノリツッコミしたら、寧々が爆笑した。

「それそれ! そのツッコミ!

秀吉くんのええとこや!」 「褒めんな! 恥ずい!」

竜子が、そっと言う。

「……でも、楽しい」 「竜子がそう言うと、否定できひんやろがい!」

秀吉は頭を抱えた。

(あかん。“知り合い程度”が、今日で完全に崩壊した)

寧々が落書き画面で勝手に文字を打ち始める。

『A組 放課後初遊び!』

「おい! 何書いとんねん!」 「事実や!」 「事実を公開するな!」

さらに寧々はニヤリと笑って追撃する。

『秀吉くんギター神!』

「やめろぉぉぉ!!」 「神は盛るもんや!」 「盛るな! 現実を!!」

まつがボソッ。

「……明日、噂なるな」 「やめてくれ……」 「自業自得や」 「まだ言うか!」

利家が笑いながら、秀吉の肩をバンッと叩いた。

「秀吉、青春やなぁ」 「お前の青春、殴打で表現すな!」

竜子が小さく微笑んで言う。

「羽柴くん、またみんなで来よ」 「軽い提案で地獄を増やすな!」

寧々が勝ち誇ったように言う。

「ほな、決まりやな。

うち、今日から“知り合い程度”やない!」 「何に昇格したん!?」 「“放課後の相棒”や!」 「相棒の定義が広い!」

秀吉は叫びたかった。

けど、叫んだらさらに盛り上がる。

だから、心の中で叫んだ。

(……俺の平和、どこ行ったんや)

春は今日も容赦がない。

桂川モールは、恋と噂の発生装置。

そして秀吉はまた一つ、

逃げ道を失った。

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