2歩目

ルミナス町を発ってから数日が経った。

町の賑やかな音は消え代わりに一定のリズムで草を撫でる音が聞こえる。

土の湿った匂いにそれから少し青草の匂いがする。

昨日は雨が降り大変な思いをしたが雨が降ったあとのこの匂いは嫌いじゃない。


道は広く真っ直ぐで迷う要素はどこにもない。両脇には牧草地が広がりところどころに家畜小屋が見える。

人影は少ないが歩いているだけで視線を感じた。

こうゆう場所では旅人はよく目立つ。

良くも悪くも。


コンパスを取り出し意味もなく方角を確認して蓋を閉じる。

「今日は風任せにしよう。」

道幅の広い道を歩きながら舗装の甘い道を選び歩き続ける。

畑の縁をなぞるように歩き続けていれば、一基、また一基と風車が増え始め、

やがて風車の大群が現れた。


フェルミナ村。


白い羽根がゆっくりと回り、空を切る音が重なっている。

壮大な風車の一基に近づき下からその風車を眺める。

青い空に大きな白い羽根が回る様子は物珍しく見ていて飽きない。


風車を眺めながら今日は何を食べようかと考えていれば誰かが走ってくる音が聞こえそちらに顔を向ける。

キラキラとした笑顔でワンピースをたくし上げてこちらに向かってくる少女。

周りを見渡すが間違いなくこちらに向かって走ってきていた。

なんだか面倒事な気もするがどこへ行く訳でもなくその少女が私の目の前で立ち止まる様子を見る。


全力で走ってきたのか肩で息をしながら数回深呼吸をしてから私の方を向き直り一言。

「あなた旅人よね!」

「...そうだが、」

そのあまりの勢いに少し戸惑いつつも返事をすればその場でガッツポーズをしながら飛び跳ねる。

「私の友達のフリをしてくれない?」

「イヤだが…。」

即答だった。


少女の笑顔が一瞬固まる。

だが次の瞬間には、勢いよく一歩を踏み込み両手を胸の前で組んだ。

「お願い!」

「イヤだ。」

「そこをなんとか!本当に今だけでいいの!」

距離が近い。というか近すぎる。

反射的に1歩下がると少女も1歩詰め寄ってくる。逃げ場がない。

「...わかったから1度離れろ。」

「今、了承したわね!」

ズイっとさらに距離を詰めるものだから渋柿を食ったような顔で頷くしかない。

新手の脅しにしか思えない。


「突然ごめんなさい。私はエマ、少し事情があって協力をしてくれる旅人さんを探していたの。」

エマ、と名乗る少女を落ち着かせればようやく話せる状態になり近くの切り株に腰をかけて話を聞くことにした。

「事情ね...。」

エマは少しだけ言いずらそうに下を向きながら話し始めた。

「その、私この村の村長の娘でね。もう結婚相手が決まってるの。」

傍から聞けば随分とめでたい話だがどうやら本人はそうでもないらしく口を挟まずに話を聞く。

「でも私は結婚したくないのよ。それでもお父様は村の繁栄の為、だとか言って。だからそれが嫌で嘘をついたらね、少し話が大きく広がってしまって...、」

俯き指先を遊ばせながら言いずらそうにしている。小さく溜息をつきながら足を組んで頬杖を着く。

「それはどれくらいだ。」

「有名な...旅人と旅に出るって、」

「......」

一瞬言葉を失う。

「随分と夢のある嘘だな。それで?」

「嘘だと思われてて、紹介しろって言われているの。」

親が呆れる様子が想像つくな。

「あなたしかいないの。」

必死な目でこちらに訴えかけてくる。

「今日だけでいいの。友達って言ってくれればいい!」

「私は有名じゃないぞ。」

「何とかなる!」

「旅にも出ない。」

「何とか...するわ!」

思ったよりも適当らしい。

少し考える。わかったと言った手前断るのは嘘をつくことになるし今後の旅の後味も悪い。

それにこの手の厄介事から逃げきれた試しがあまりない。

「...しょうがない。」

口に出せばエマの顔がパッと明るくなる。

「本当にありがとう!!」

「ただし、」

即座に釘を刺す。

「話は盛らないし聞かれたことに最低限答えるだけだ。」

「十分よ!隣に居てくれるだけで助かるもの!」

そんなこんなで村に着いた瞬間に厄介事に巻き込まれてしまった。




風車の影を抜けると道は緩やかに下り坂になり村の全景が見えた。


低い石造りの家々が円を描くように並び、中央には小さな広場がある。

干し草の山、柵越しにのぞく牛や羊、畑から立ちのぼる土の匂い。

風車の羽音が近づくにつれ、村全体がゆっくりと呼吸しているように感じられた。


「ほら、あれがフェルミナ村。」


エマが胸を張る。

さっきまでの必死さはどこへやら歩き方も背筋もすっと伸びている。


村の入り口を越えた瞬間だった。


視線が刺さる。


一つ、二つではない。

家の軒先から、畑仕事の手を止めた老人から、水桶を抱えた子供から。

好奇と警戒と少しの期待が混じった視線が一斉にこちらに集まる。


やはりこうゆう小さな村では旅人は目立つ。

視線を合わせないようにそれでいて気にしないように前を向いて歩く。


「エマお嬢ちゃん?」

声をかけてきたのは腰の曲がった初老の女性だった。

顔には深い皺が刻まれているが目だけはやけに鋭い。

「そちらの方は?」

来た。

エマは一瞬だけこちらを見る。

「知り合いの旅人です。」


「まぁ。」

エマが一言そういえば目の前の初老は驚いた顔をして周りの村人達はザワザワと話し始めた。


「旅人?」

「本当に?」

「エマお嬢さんと?」


囁き声が風の音に混じって広がる。

エマは表情を崩さずににこやかに微笑み喋る。

「今日到着すると仰っていたからお迎えに上がったの。」

流れるように嘘をつくエマに呆れるどころか感心をする。

「じゃああの噂は...。」

どこからかそんな声が聞こえた。

その先は言葉にならなかったがそれだけで十分だった。

エマの肩が僅かに強ばる。


「...なぁ。」

小声でエマに囁く。

「思ったより広がってないか。」

エマは視線を逸らし笑顔のまま答えた。

「ちょっと、ほんのちょっとね。」

その言葉を聞き周りを見渡す。

見渡す限りの視線がここに集まり全員が全員噂話をしているのが見て取れる。

「...ちょっと、ねぇ。」

風が少し強く吹いた。

まるでこれから始まる騒ぎを告げる合図のように。


その風に背中を押されるように1人の男が人垣の中から歩み出た。

年季の入った外套に無駄のない所作。

村人たちが自然と道を開ける。


「エマ。」

低く良く通る声。

呼ばれた瞬間エマの肩が僅かに跳ね上がる。

次の瞬間には何事も無かったかのように背筋を伸ばしにこやかな笑みを浮かべる。


「お父様。」


エマの父、つまり村長だ。

エマに向けられていた視線がゆっくりとこちらに移る。

測るような目。

「...そちらの方は?」

当然の質問にエマが1歩前に出る。

「私の友人です。旅人のー。」

そこで言葉が止まった。

しまったと思った。そう言えば自己紹介をしていなかった。


僅かに動揺したエマよりも前に立って軽く会釈をする。

「旅人のルカです。」

自己紹介をしてエマの横に並んで立つ。

エマは安堵のため息を小さくついて父親の様子を伺う。

すぐに返事はかえってこず少し経ってから「そうか。」とぶっきらぼうな返事をした。


その一言を合図にしたように、周囲がざわめき始める。

視線、囁き、想像。

それらを察してか、村長は片手を上げて制した。


「立ち話もなんだ。」

私と目を合わせて話す。

「旅人殿。ウチにどうぞ。」

招待の形をした退路封鎖、と言ったところか。エマをちらりと見れば笑顔の中申し訳なさが滲んでいた。

...風任せの道選びはあまり良くないらしい。


「...お邪魔します。」

そう答える、そう答えるしか無かった。

村長が頷き歩き出す。

その後をエマと並んで歩く。




家の中は驚くほど整っていた。

玄関を入った瞬間に鼻をくすぐるのは乾いた木と石鹸の匂い。

土の匂いが残る外とは違い余計なものが一切ない。


壁際に並ぶ家具はどれも年季が入っているが傷一つない。

床も、棚も、窓枠さえも磨き上げられていて生活の痕跡が意図的に削ぎ落とされているようだった。


「どうぞ。」

村長に促され奥へ進む。


居間と思しき部屋には低い卓と椅子が人数分きっちり揃えられている。

花瓶には季節の花。

少しも枯れていない。


……整いすぎている。


旅の途中で立ち寄る家々にはそれぞれ癖があるものだ。

使い込まれた椅子、置きっぱなしの道具、生活の音。

だがこの家にはそれがない。


「お茶をお持ちしますね。」

エマがそう言ってすっと奥へ消える。


その背中は先程までの勢いが嘘のように静かで

村の人々が思い描く“良い娘”そのものだった。


ほどなくして盆を手に戻ってくる。

湯気の立つ茶器を音を立てずに卓へ置く所作。

指先の動き一つまで丁寧に躾けられているのが分かる。


「……どうぞ。」


その声も柔らかい。


茶を一口含む。

苦味は抑えられていて飲みやすい。

誰にでも好かれる味だ。


「旅人殿は、娘とはどこでお知り合いに?」

穏やかな声だがその目は笑っていない。


お盆を置き私の隣に座るエマは少し緊張した様子だ。

「少し前に風車が見え始めた辺りで声をかけられました。今日もその辺で声をかけられて、」

曖昧な物言い、ただ全てが嘘では無い。

村長は一瞬エマの方を見る。

「そうか。それでエマ?」


まるで尋問のようにエマに問いかければ一呼吸置いてエマが話し始める。

「私はルカさんと旅に出たいの。本や伝承だけではなくこの目でその歴史をーー」

「ダメだ。」

エマの話を遮った。

...鼻から聞くつもりないな。

「旅は語るものにとっては美しいが現実は厳しい。」

「っ...!だからその為にーー」

「旅人殿はどうお考えで?」

視線がこちらに向く。

エマは悔しそうに下を向く。

何も言えない、いや言わせてもらえない。

少し間を置いて返答を考える。


「確かにおっしゃる通りです。」

村長はそれで話が終わったかのように茶を口に運ぶ。

私はその様子を少し見てから目を伏せる。

「ただ、」

顔をあげる。

「旅人は夢を語る存在だ。その話に夢を見ること自体は悪いことじゃない。」

村長の手が止まりこちらを覗く。

それは村長に向けた言葉のようで

同時に自分に言い聞かせているような気がした。

「...その言い方だとまるで夢を見るな、と言っているようですね。」

少し煽りを含んだ声でそう告げれば

村長の目が細められ、そこにあったのは“客を見る目”ではなかった。

敵意だ。


数秒間視線が交わる。


やがて村長は何事もなかったかのように茶を机に置く。

先程まで確かにそこにあった敵意は綺麗に仕舞われていた。


「旅人殿。」


柔らかい声音。

だがそれ以上踏み込ませない距離感。


「今晩はゆっくりしていくといい。

良ければ家を使ってくれ。」

それで終わりだった。


村長は立ち上がり、こちらを振り返ることもなく部屋を出ていく。

扉が閉まる音が、静かに響いた。


残されたのは冷め始めた茶と言い切れなかった言葉たち。

エマは俯いたまましばらく動かなかった。


「……本当に、巻き込んでごめんなさい。」

エマが、申し訳なさそうに言う。

冷めた茶を一息に飲み干し机に頬杖をつく。


「いいや、余計なことを言ったのは私だ。」


巻き込まれたくないと言いながら、

旅人の旅を否定されているようでつい言い返してしまった。

あれはエマの為というより、私自身の為の言葉だ。


エマは何か言おうとして言葉を探すように口を閉じる。

その様子が妙に可笑しくて思わず小さく笑った。


「この際だ最後まで付き合うよ。」

「……っ!」

一瞬、息を呑んだあと。

「ありがとう……。」

今にも泣き出しそうな顔でそう言った。

感謝されるほどのことではない。


さて、風向きは変わっただろうか。

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