第十章 設計という仕事
リリアナの訪問から、一週間が経った。
その間に、カルダニア王国の現状について、多くのことがわかった。
「これが、帝国の魔導兵器です」
リリアナは、持参した資料を広げた。羊皮紙に描かれた、巨大な人型機械のスケッチ。
「高さ、約八メートル。魔力を動力源とし、人間一人で操縦できます」
正義は、スケッチを食い入るように見つめた。
『……ロボットだ。この世界にも、ロボットがある』
だが、そのデザインは——粗雑だった。関節の構造が非合理的で、重心バランスも悪そうに見える。
「帝国は、これをどうやって作っているのですか」
「それが、わからないのです」
リリアナは、首を振った。
「帝国は、製造工程を完全に秘匿しています。我が国のスパイも、何度も潜入を試みましたが——」
「全滅した、か」
「ええ」
正義は、スケッチを裏返した。
「……技術は、見ただけでは盗めない」
「どういう意味ですか」
「完成品を見ても、それを作る『工程』はわからないということです」
正義は、立ち上がった。
「例えば、この関節部分」
スケッチの一部を指さした。
「これを作るには、少なくとも——金属の鋳造、機械加工、熱処理、組立、という工程が必要です。それぞれに、専用の設備と、技術者が必要になる」
「それは……我が国にはないものばかりです」
「だから、コピーするのは不可能に近い」
リリアナの顔が、曇った。
「では、どうすれば……」
「コピーする必要はない」
正義は、静かに言った。
「我々は、我々なりの『魔導兵器』を作ればいい」
「我々なりの?」
「ええ。帝国と同じものを作る必要はない。帝国より『優れたもの』を作ればいい」
リリアナの目が、大きくなった。
「それは……可能なのですか」
「わからない」
正義は、正直に答えた。
「だが、やってみる価値はある」
翌日から、正義は「設計」という仕事に取り掛かった。
「まず、要求仕様を整理する」
工房の壁に、大きな紙を貼った。
「魔導兵器に、何を求めるか。リリアナ王女、教えてください」
「えっと……強いこと、ですか」
「もっと具体的に」
「……帝国の兵器に、勝てること」
「それは『結果』であって『仕様』ではありません」
リリアナは、困惑した顔になった。
「すみません。『仕様』というのが、よくわかりません」
「こういうことです」
正義は、紙に書き始めた。
「『最高速度は、時速何キロメートル以上』『稼働時間は、何時間以上』『搭乗者は、何人まで』——こういった、数字で表せる条件が『仕様』です」
「なるほど……」
「仕様が曖昧なまま設計を始めると、途中で『これじゃダメだ』となって、最初からやり直しになる。だから——」
リリアナを見た。
「まず、何が欲しいのかを、徹底的に明確にする必要があります」
リリアナは、真剣な表情で頷いた。
「わかりました。考えます」
三日間、リリアナは王宮と工房を往復した。
軍の将校に話を聞き、過去の戦闘記録を調べ、帝国の兵器の特徴を分析した。
そして——
「できました」
リリアナは、分厚い書類を持って工房に現れた。
「これが、『要求仕様書』です」
正義は、書類を受け取った。
『……真面目な子だな』
三日でこれだけの情報を集め、整理している。王女としての責任感か、それとも——
「見せてもらいます」
正義は、書類を読み始めた。
【魔導兵器要求仕様書(第一版)】
一、目的 ・帝国の魔導兵器に対抗し、国土を防衛すること ・操縦者の安全を最大限に確保すること
二、基本性能 ・最高速度:帝国兵器と同等以上(推定:時速30キロメートル) ・稼働時間:連続4時間以上 ・搭載武装:剣、槍、盾のいずれかを装備可能
三、製造条件 ・カルダニア国内で調達可能な素材のみを使用 ・専門技術者でなくても整備可能な構造
四、その他 ・製造コストは、可能な限り低く抑える
正義は、書類を置いた。
「よくできています」
「本当ですか」
「ええ。特に、『製造条件』の項目がいい」
正義は、頷いた。
「多くの人は、『強い兵器が欲しい』とだけ考える。だが、あなたは『作れるかどうか』『維持できるかどうか』まで考えている」
リリアナの頬が、わずかに赤くなった。
「……マサヨシさんが、最初に言っていたからです。『工程を考えろ』と」
「覚えていてくれましたか」
「ええ。大事なことだと思ったので」
正義は、微笑んだ。
「では、次の段階に進みましょう」
「次の段階?」
「『概念設計(コンセプトデザイン)』です」
正義は、白紙の紙を広げた。
「要求仕様を満たすために、どのような構造にするか。大まかな方向性を決めます」
そして——ペンを手に取った。
「私の故郷には、こんな言葉があります」
「どんな言葉ですか」
「『設計は、制約の中の創造である』」
ペンが、紙の上を滑り始めた。
「完璧な自由からは、何も生まれない。制約があるからこそ、知恵が生まれる」
線が重なり、形が生まれていく。
「カルダニアには、帝国のような資源も技術もない。だが——」
正義は、紙を持ち上げた。
そこには——帝国のものとは全く異なる、新しい機械のスケッチがあった。
「だからこそ、帝国には作れないものが作れる」
リリアナは、スケッチを見つめた。
その目に——希望の光が宿っていた。
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