第31章:初夏の綻(ほころ)び
6月の終わり、街路樹の緑が目に刺さるほど濃くなった頃。新塚家の「誇れる長女」だった彩花の中で、何かが決定的に壊れた。
夕暮れ時、玄関のドアが乱暴に開く。帰宅した彩花の姿を見て、リビングにいた優子は言葉を失った。
膝上20cmはあろうかというほど、極端に短く詰められた制服のスカート。緩めたネクタイに、これまでは決してしなかった派手な色のリップ。校則という鎖を自ら引きちぎったようなその姿は、あまりにも異様だった。
「彩花……何なの、その格好。もう塾の時間でしょう? 早く着替えて……」
優子が不安に駆られ、彩花の腕を掴もうと手を伸ばした。その瞬間、彩花は激しくその手を振り払った。
「触んな、BBA(ばばぁ)」
氷のように冷たく、それでいて鋭い声がリビングに響いた。優子は、自分の娘が発したとは思えない言葉に硬直する。
「テメーに言われたくねーよ。自分の娘を『嘘の道具』にしてるくせに、今さら母親面して教育? 反吐が出るわ」
「彩花、何を……」
「黙れよ。お前が隠してること、全部ぶちまけてやろうか?」
彩花は、絶望に顔を歪める優子をあざ笑うように鼻で笑うと、塾のカバンを床に蹴り飛ばした。そのまま、着替えもせずに再び夜の街へと飛び出していく。
それからの彩花は、目に見えて荒れていった。学校が終わっても塾へは行かず、どこで何をしているのかも分からない。深夜、日付が変わる頃にようやく帰宅し、心配して玄関で待っている健太に対しても、「うざい」「放っておけよ」と、かつての彼女なら決して口にしなかった暴言を投げつけるようになった。
何も知らない健太は、「受験のストレスで、遅い反抗期が来たのかもしれないな」と無理に自分を納得させようとしていた。しかし、彩花が夜の街で吸う空気は、家庭のそれよりもずっと冷たく、そして彼女にとっては「誠実」に感じられた。
(全部、めちゃくちゃになればいい。お母さんのあの怯えた顔も、お父さんの何も知らないバカな笑顔も)
夜の繁華街の地べたに座り、彩花は短すぎるスカートの裾を気にすることもなく、素性の知れない男女数人と共に暗い夜空を見上げていた。自分を汚し、家族を傷つけることでしか、母の共犯者になってしまった自分を保てない。
初夏の湿った風が、彩花の濃すぎるメイクをなぞるように吹き抜けていく。優等生だった彼女の「ぐれ」は、家族への復讐であると同時に、崩壊を止められない自分への、悲痛な自傷行為でもあった。
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