第5話—買い物—
「第一惑星に戻るだと?」
「あらヤダ。ニーノちゃん、知らなかったの?」
キャロラインはあっけらかんとした表情で言った。
第七惑星に生息する怪獣たちは、第六惑星までとは桁違いの強さを誇る。
そのため安全面の問題から、ポート以外の人工物を設置することができない。
だが、それでは困る者たちがいる。
―――挑戦者だ。
装備も整えぬまま第七惑星へ突入するのは自殺行為に等しい。
そこで、一度第一惑星へ戻り、十分な装備と食料を整えてから第七惑星に挑む。
それが、このサバイヴにおける暗黙の決まりだった。
「まあ、あなた一人ならそのまま第七惑星に入っても問題なかったでしょうけど」
キャロラインは肩をすくめる。
「メラちゃんやアタシがいる以上、そうはいかないものね」
「……お前たちは、ここで待てばいい」
そう言いかけたニックスに、即座に反論が飛んできた。
「ぬぁあに言ってるのよ!」
キャロラインは大げさに腕を振り上げる。
「第七惑星って言ったら、商人にとっては宝の山なのよ!?自分の目で確かめて、素材を調達しなきゃ意味ないじゃない!」
「やるのは、わたしなんだが」
「それに!」
畳みかけるように、キャロラインは言葉を続けた。
「こんな物騒な場所にメラちゃんを置いていけるわけないでしょ?
ニーノちゃんの傍にいるのが、一番安全なのよ」
そう言って、ヘルメラの頭を優しく撫でる。
確かに、自警団がいるとはいえ、この惑星の治安を考えれば否定はできない。
一人で行動させるより、常に目の届く範囲に置いておく方が安全だ。
―――ペースが崩される
そう思いながらも、ニックスはキャロラインの提案を受け入れることにした。
「あ、その前に!」
「……今度は何だ」
「メラちゃんのことよ」
キャロラインはヘルメラを見下ろし、少し声を落とす。
「このまま第一惑星に戻ったら、さすがに目立ちすぎるわ。
騒ぎになるのは目に見えてるもの。ニーノちゃん、どうにかできない?」
アマテガミ族特有の容姿が目立つことは、ニックス自身も嫌というほど理解している。
―――ヘルメラのことで雑魚が寄ってくるのも、正直癪だ
不安げに見上げてくるヘルメラの頭に、そっと右手を置く。
そして、意識を集中させた。
「……っ」
闇の膜がヘルメラの身体を覆い、次の瞬間、弾けるように消えた。
首元を一周する、文字で構成された紋様が一瞬淡く光り、すぐに消失する。
光り輝いていた髪と瞳は黒く染まり、全身を包んでいた光も完全に消えていた。
そこに立っていたのは、どこからどう見ても“普通の少女”だった。
「……これでいいか」
「……ニーノちゃんって、本当に何者?」
キャロラインは胡乱な視線を向ける。
「こんなこと、普通は出来ないわよ?」
一方ヘルメラは、色の変わった自分の髪を不思議そうに触っている。
急ぐ旅ではない。
だが、できるだけ早く準備を整え、第七惑星へ向かいたい。
それが、今のニックスの本音だった。
「行くぞ」
そう言って歩き出すニックスの背を、ヘルメラとキャロラインが追っていく。
第一惑星は、相変わらず賑わっていた。
訪れた当初は、村に目も向けず登録所へ直行したが、こうして改めて歩いてみると、キャロラインの言葉通り、怪獣がさまざまな形で売られているのがよく分かる。
「今日入ったばかりの新作の武器だよー!」
「海獣エビルダバルの串焼きはいかがかねー! いかがかねー!」
武器屋に並ぶ武器は、ニックスが自作する機能性重視のものとは異なり、装飾性も高く、見る者の目を惹くものばかりだ。
挑戦者たちが足を止め、値踏みするように眺めている。
一方、屋台では怪獣の肉が香ばしい音を立てて焼かれ、食欲を刺激する匂いを漂わせていた。
「本当に……怪獣を売っているんだな」
呟くニックスの隣で、ヘルメラも興味津々と辺りを見回している。
「こういう世界もあるって知ってもらえて良かったわ」
キャロラインは満足そうに頷いた。
「怪獣を倒すだけなんて、もったいないもの。ニーノちゃんの剣捌きは、それくらい才能に溢れているんだから」
ニックスは、何も答えなかった。
戦いの中でしか生きてこなかった彼女にとって、胸に芽生えつつあるこの感情を、どう言葉にすればいいのか分からないのだ。
「よし! それじゃあ、まずは換金所に行きましょうか!」
「換金所? 何を換金するんだ?」
問いかけに答えることなく、キャロラインは意気揚々と歩き出す。
ニックスとヘルメラは顔を見合わせ、その後を追った。
辿り着いたのは、サバイヴに来た当初ニックスが利用した換金所とは別の場所だった。
加工前の怪獣や超獣の素材を専門に扱う、買取特化の換金所である。
「ヨオ、ギャロル! イギデダガ!」
「オガゲザマデネ!」
「オヤ、アタラシイオナカマサンカイ?」
「エエ、ソウヨ!」
様々な言語が飛び交い、それに合わせてキャロラインも自然に言葉を切り替えて挨拶を交わしていく。
その姿にヘルメラは目を輝かせ、「すごい……」と言わんばかりに見つめていた。
キャロラインはそれに気づき、得意げにウインクを返す。
「このくらい、商人として出来て当然のことよ」
その裏に、相当な努力があったことは想像に難くない。
数多の銀河を渡り歩いてきたニックスでさえ、言語の壁に何度も阻まれてきたのだから。
―――凄いやつ、なんだな
感心しながら見守っていると、キャロラインは受付のトレビス族との交渉を始めた。
キャロラインは手のひらサイズの小さなカプセルと、光線銃のような器具を取り出す。
そして光線を当てると、カプセルはみるみる膨張し、中身を露わにした。
「こ、これは……サンダニアンの電気袋! それに超獣の角とクリスタル!
し、しかもこの量……!」
周囲から、どよめきと歓声が上がる。
相当な希少品であることは、素人目にも分かった。
だが、その光景を見つめながら、ニックスは一つの事実に気づく。
―――わたしが倒したやつ、か?
ヘルメラと出会った後、興奮状態で襲いかかってきたサンダニアン。
それにこの超獣の角もクリスタルも、見覚えがありすぎる。
―――いつの間に回収していた……?
―――その前に、まずいつからつけていたんだ?
呆れを通り越し、思わず感心してしまう。
そんなニックスをよそに、キャロラインはトレビス族との交渉を制し、ずっしりと重い袋を抱えて戻ってきた。
「ニーノちゃんのおかげで、いい商売ができたわ!」
袋の中には、金貨がぎっしりと詰まっている。
その重みで、素材の価値を嫌でも実感させられた。
「さあ! たっくさん買い物するわよー!」
オー!と拳を上げるキャロラインに倣い、ヘルメラも楽しそうに拳を突き上げる。
―――まあ、少しくらい遅くなっても、構わないか
ニックスは、ほんのわずかに頬を緩めた。
まず最初に立ち寄ったのは、服屋だった。
ヘルメラをいつまでも布切れ一枚で纏わせておくわけにはいかない。
そう思って子ども用の衣服を扱う店へと入り、そしてニックスは早々に戦力外となった。
服のセンスは皆無。ヘルメラも微妙な表情だった。
そんなわけで素材選びから色合わせまで、すべてキャロラインに一任される。
「これでよし! どう?」
差し出された姿を一目見て、ニックスは頷いた。
「……いいんじゃないか」
動きやすいズボンタイプでありながら、年相応の可愛らしさもある。
防御性も申し分なく、第七惑星に向かう装備としては上出来だった。
何より――ようやく「普通の子ども」に見える。
キャロラインに任せてよかったと、ひっそり安堵した。
次に訪れたのは武器屋だ。
ヘルメラ用の軽装防具を中心に、緊急時のための小剣も揃えておく。
第七惑星でもそうだが、これから先何が起こるか分からない”未知の世界”へと足を踏み入れるのだ。用心に越したことはないだろう。
ひと通り選び終えたところで、キャロラインが何やら武器を抱えて戻ってきた。
「これは?」
「アタシの武器よ」
「戦いは出来ないんじゃなかったのか?」
「ニーノちゃんみたいに前に出て戦うことは出来ないけど、必要とあらばアタシだって戦うわ」
そう言って手にしたのは銃だった。
光線銃に加え、実弾を装填する変わった構造の銃もある。
「近接戦闘はからっきしだけど、遠距離ならそれなりに役に立つのよ」
構えは様になっている。
口先だけではないことは、ニックスにも分かった。
「その割には、今まで散々わたしを盾にしてきたな」
「あの時は壊れちゃって、手ぶらだったのよ! もう! 意地悪言わないでちょうだい!」
「意地悪のつもりはない」
ぷんすかと頬を膨らませるキャロラインを一瞥する。
―――どれほどの実力か
銃に関しての知識がないため素人目には測れないが、何でも器用にこなす女だ。
それなりの腕があるのなら、ヘルメラを任せて戦いに集中できる。
「……お手並み拝見といこうか」
「任せてちょうだい!」
ウインクで返すその表情に、妙な自信が滲んでいた。
その後もいくつか店を回り、装備が一通り揃った頃――
「……お腹が空いたわ」
ぽつりと呟いたキャロラインの腹が、情けない音を立てる。
ニックスもヘルメラも食事を必要としない。
そのため、空腹という感覚自体が久しく縁遠かった。
「適当に食ってくればいい」
「それじゃ味気ないじゃない。……あ、そうだ! 一緒に食べましょうよ!」
「・・・わたしもヘルメラも、食事は必要ない」
「でも、食べられないわけじゃないでしょ?」
キャロラインは当然のように言い切った。
「食事っていうのはね、お腹だけじゃなくて、心も満たすものなのよ」
「……心を、満たす?」
ニックスが小さく反復すると、ヘルメラも不思議そうに首を傾げる。
「そうよ。せっかくだもの、うんと美味しいものを食べましょう!」
有無を言わせぬ勢いで手を引かれ、辿り着いたのは大衆食堂だった。
子どもでも入りやすい店内は、観光客や挑戦者で賑わい、皆が楽しそうに食卓を囲んでいる。
席に着くと、キャロラインは手慣れた様子でいくつか料理を注文した。
料理を待つ間、ヘルメラはキャロラインの説明を熱心に聞き、目を輝かせている。
「早い!」「安い!」「美味い!」を売りにしているだけあり、混雑しているにもかかわらず、それほど待たずに料理が運ばれてきた。
「……っ、……っ!」
初めて目にする料理が、視覚と嗅覚を一気に刺激する。
食欲という感覚に戸惑いながらも、ヘルメラの開いた口元から今にもよだれが垂れそうになっていた。
「はい、あ~……ん。……やっぱりや~めた!」
キャロラインは、ヘルメラの口へ運びかけた料理を、そのまま自分の口に放り込んだ。
「ん~! おいし~!」
頬に手を当ててわざとらしく味わうその姿に、ヘルメラは絶望した表情を浮かべ、今にも泣き出しそうになる。
―――大人げない
そう思いながらも、ニックスはそのやり取りから目を離せなかった。
「メラちゃんも、食べたい?」
―――コクコクッ!
「そんなに言うなら仕方ないわね。ほら、あ~ん」
大きく口を開け、ぱくりと一口。
「……っ!!」
目を見開き、その瞳がきらきらと輝く。
感情が溢れ出すのを、どうしていいか分からない様子だった。
「……美味いか?」
―――コクコクコクッ!!
「そうか」
その反応に、ニックスの頬がわずかに緩む。
すると、ふいにキャロラインの視線がこちらに向いた。
「ニーノちゃんも、食べてみなさいよ!」
「遠慮――」
言い終わる前に、強引に料理を口に押し込まれる。
「……」
「……?」
「どう?」
「…………うまいな」
思わず漏れた正直な感想に、二人の表情が一斉に明るくなる。
―――焼き加減は絶妙で、味付けも過不足がない。
「これは、何だ?」
「あらヤダ。さっき説明してたじゃない。怪獣の肉を使ったステーキよ」
「……怪獣? これが?」
あの姿からは想像も出来ない美味さに、素直に感心する。
そして同時に、同じ料理を食べ、同じように笑っている二人の姿が、胸の奥に静かに染み込んできた。
食事をしたことで自分の力が回復するわけではない。
それでもどこか温かく、ほのかに満ちていく感覚は心地が良く、だがそれが何なのかを、今はまだ言葉には出来ないでいる。
―――心を満たす、とは……こういうことなのかもしれない
「……世界というのは、面白いものだな」
「ん? 何か言った?」
「……いや。それを、もう一つくれ」
「えっ、嫌よ! アタシの分がなくなるじゃない! あっ、ちょっと待ってメラちゃん! そっちは熱いから!」
騒がしくも穏やかな時間の中で、
小さな出会いは、確かにニックスの世界を変え始めていた。
「どうだ?」
「それはもう、ぐっすり」
あの後食堂で散々飲み食いをして腹を満たしたヘルメラは、興奮が切れたようにコテンと眠りに落ちてしまった。
安心しきった表情で眠りに落ちた時には、思わず二人で顔を見合わせたものだ。
さすがにそのまま第七惑星へ向かうわけにもいかず、一行は一度宿を取ることにした。
キャロラインの口利きで少し良い宿に入り、ヘルメラを寝かせてから各々自由に過ごす。
身を清め終えたニックスは、特にやることもなく椅子に腰掛け、ぼんやりと時間を流していた。
一方キャロラインは、購入した武器の調整や荷物の整理に余念がない。
普段はヘルメラがいることで自然と会話が生まれるが、こうして二人きりになると、言葉は驚くほど少なかった。
初めての大人同士だけの時間。
会話はなく、ただ静かに時が過ぎていく――それでも、不思議と居心地は悪くない。
「……よし、これで終わり」
ひと段落ついたキャロラインの声で、静寂が区切られる。
「ふぁあ……アタシもひと眠りしてくるわね」
「ああ」
睡眠を必要としないニックスは、ヘルメラの眠る寝室へ向かうキャロラインの背を見送った。
……再び訪れた静けさ。
―――こんなにも、静かな時間だっただろうか。
かつては一人でいることが当たり前だった。
だがヘルメラと出会い、キャロラインと出会い、日常は確実に変わっている。
まだ出会ってから、それほど時は経っていない。
それにもかかわらず、三人で過ごす時間が、いつの間にかニックスにとっての「当たり前」になっていた。
―――随分と、絆されたものだな。
ニックスは静かに、苦笑を浮かべた。
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