第20話「止まらない道」

 町を出てから、道はゆるやかに下っていた。


 石畳が終わり、草の匂いが濃くなる。

 遠くで、鳥の声がした。


「……静かですね」


 リィナが言う。


「嫌いじゃない」


 俺は答える。


「人が多いと、

 世界のことを考えなくて済む」


「それ、逆じゃないですか」


「どうだろうな」


 歩きながら、彼女は靴の先で小石を蹴った。

 転がる石を目で追って、少しだけ笑う。


 こういう時間があると、

 旅が“続いている”と実感できる。


「カイ」


「ん?」


「この道、

 どこに続いていると思いますか」


「さあ」


「山の向こうか」


「海の方か」


「……戻る道、

 じゃないことは確かですね」


 その言い方に、

 少しだけ引っかかるものを感じた。


 ハルドが、後ろから声をかける。


「立ち止まるな」


「嫌な予感か」


「いや」


 彼は、前を見たまま言う。


「都合のいい予感だ」


 意味を聞く前に、

 道の先に人影が見えた。


 一人。


 旅人のような服装。


 こちらに背を向けて、

 景色を眺めている。


 すれ違うだけ――

 そう思った。


「お待ちください」


 穏やかな声。


 振り返った男は、

 笑っているのに、目が動かない。


「少しだけ、

 お話を」


 ハルドが、半歩前に出る。


「要件は」


「簡単です」


 男は、俺を見る。


「あなた方は、

 とても疲れている」


「……そう見えるか」


「ええ」


「だから」


「終わらせる方法を、

 持ってきました」


 リィナが、息を呑む。


「終わらせる……?」


「旅を、です」


 男は、空を指さす。


「これ以上、

 道を選ばなくていい」


「傷つかなくていい」


「誰かの代わりに、

 立たなくていい」


 風が、やけに優しい。


 聞き心地のいい言葉だった。


「条件は」


 俺が聞く。


「一つだけ」


 男は、静かに言う。


「あなたが、

 決めないこと」


 胸の奥が、ひやりとする。


「流れに任せるだけでいい」


「そうすれば」


「彼女は」


 リィナを見る。


「普通に、生きられる」


 リィナが、俺を見る。


 期待と、不安が混ざった目。


 俺は、少しだけ考えた。


 そして、言う。


「それで」


「この旅は、

 何になる」


 男は、即答しなかった。


「……必要な過程です」


「過程?」


「はい」


「意味は、

 結果に集約されます」


 俺は、首を振った。


「それは」


「旅じゃない」


 男の笑顔が、わずかに歪む。


「拒否、ですか」


「ああ」


「理由を」


「簡単だ」


 俺は、リィナを見る。


「ここまで歩いてきたのは」


「誰かに

 運んでもらうためじゃない」


 沈黙。


 風が、止まる。


「分かりました」


 男は、深く頷いた。


「では」


「この先の道は」


「少しだけ、

 厳しくなります」


 次の瞬間、

 男の姿は、どこにもなかった。


 リィナが、息を吐く。


「……怖かったです」


「そうだな」


「でも」


 彼女は、少し笑う。


「ちゃんと、

 歩いてる感じがしました」


 ハルドが、短く言う。


「それでいい」


 道は、続いている。


 止まらない。


 選ばないことで楽になる道と、

 選び続ける道。


 俺たちは、

 後者を歩いていた。

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