第12話「循環外居住区」

 夜は、静かすぎた。


 循環外居住区――

 その名の通り、ここにはアークの振動音が届かない。


 代わりに聞こえるのは、

 人の声と、焚き火のはぜる音だけだ。


「……落ち着きませんね」


 リィナが、空を見上げて言った。


「ああ」


 嫌な予感が、消えない。


 管理官の男――名をハルドと言った――も、

 同じ方向を見ていた。


「来るな」


 低い声。


「時間稼ぎすら、しないつもりか」


 その瞬間。


 空が、歪んだ。


 音もなく、

 星の配置がずれる。


「……何、あれ」


 集落の人々が、立ち止まる。


 次の瞬間、

 警告音が降ってきた。


『未登録居住区を確認』


『均衡維持のため、是正を実行』


「是正……?」


 誰かが呟いた。


 地面に、光の線が走る。


 家々を、囲むように。


「住民、全員聞け!」


 ハルドが、声を張り上げる。


「これは――

 排除じゃない」


 拳を握る。


「存在そのものを

 “なかったこと”にされる!」


 人々が、ざわめく。


「冗談だろ……?」


「俺たちは、何もしてない!」


「ここで、ただ生きてるだけだ!」


 光の線が、強まる。


 空気が、薄くなる。


 身体が、浮くような感覚。


「……カイ」


 リィナが、俺の袖を掴む。


「このままだと、

 みんな消える」


 分かっている。


 でも――

 力は使えない。


 前を見る“ズル”は、もうできない。


「ハルド!」


 叫ぶ。


「止める方法は!」


「ない」


 即答。


「世界は、

 “例外”を許さない」


 その言葉が、

 胸に突き刺さる。


 リィナが、一歩前に出た。


「……私が、やります」


「やるって、何を――」


 彼女は、目を閉じる。


 深く、息を吸った。


 祈るように、

 でも――違う。


 誰かに捧げる祈りじゃない。


「お願いじゃ、ない」


 小さく、そう呟く。


「これは……」


 目を開く。


「私の、意思です」


 光の線が、

 一瞬、揺れた。


『灯主反応……なし』


『不正行為を確認』


「いいえ」


 リィナは、前を向いたまま言う。


「私は、灯主じゃない」


 一歩、踏み出す。


「私は、

 ここにいる人たちと同じ」


 手を、胸に当てる。


「生きてる人間です」


 風が、止んだ。


 焚き火の炎が、

 まっすぐ立つ。


 集落の人々が、

 彼女を見る。


「消さないで」


 叫ばない。


 懇願もしない。


 ただ、言う。


「この人たちは、

 世界を壊していない」


「壊してるのは、

 “都合のいい仕組み”だけ」


 光の線が、

 大きく揺らぐ。


『……論理矛盾』


『均衡計算、再試行』


 ハルドが、息を呑む。


「まさか……

 個人の意思で、干渉を」


 俺は、初めて理解した。


 彼女の祈りは、

 誰かの代わりになるものじゃない。


 一緒に立つための祈りだ。


 空間が、軋む。


 だが――

 消えない。


 集落は、そこに残っている。


『是正、保留』


 機械的な声が、

 初めて迷いを含んだ。


『新たな誤差を確認』


 光が、弱まる。


 人々が、息を吐く。


 誰かが、泣き崩れた。


「……助かった、のか?」


 ハルドが、静かに言う。


「いや」


 俺は、首を振る。


「今のは――

 喧嘩を売っただけだ」


 リィナが、振り返る。


 少し、ふらついた。


 俺は、すぐに支える。


「……大丈夫か」


「はい」


 弱く笑う。


「でも……疲れました」


 それでいい。


 それが、人間だ。


 空を見上げる。


 星は、まだある。


 でも。


 確実に、

 こちらを“見ている”。


 世界は、覚えた。


 犠牲を拒む意思が、

 ここにあることを。

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