第7話「代価」

 光は、速かった。


 逃げるという選択肢は、最初からなかった。


『排除を実行』


 無機質な声と同時に、

 視界が白で塗り潰される。


「カイ!」


 リィナの叫びが聞こえた。


 次の瞬間、

 胸を貫くような衝撃。


 息が、止まる。


 ――重い。


 身体が地面に叩きつけられ、

 肺の空気が一気に吐き出された。


「……っ」


 声にならない。


 視界が、滲む。


 光の存在が、俺の上に立っていた。


 顔のない“それ”が、

 こちらを見下ろす。


『不要因子、沈黙を確認』


『次段階へ移行』


「……まだだ」


 喉の奥から、声を絞り出す。


「俺は……まだ、生きてる」


 それが理解できないらしい。


 存在は、わずかに首を傾げた。


『致命損傷、未達』


『理由を照会』


 理由?


 そんなもの、分からない。


 分からないが――

 身体の奥で、何かが燃えている。


 心臓の鼓動が、異様に重い。


 ドクン、ドクン、と

 世界の音が、そこに集まる。


「カイ……やめて……」


 リィナが、境界の向こうから叫ぶ。


 泣いている。


 初めて見る顔だった。


「私……私は、選んだの」


「……知ってる」


 俺は、地面に手をつく。


 指先が、震えている。


「でもな」


 顔を上げる。


「選ばされた選択は、

 選択じゃない」


『意思干渉、継続を確認』


『更なる修正が必要』


 光が、強まる。


 今度こそ――

 終わる。


 そう思った瞬間。


 胸の奥で、何かが弾けた。


 痛みが、消える。


 代わりに、

 世界が――遅くなった。


 光の粒子が、

 一つ一つ見える。


「……は?」


 管理官たちの声が、

 遠くで歪む。


「時間……?」


 違う。


 時間が止まったんじゃない。


 俺が、追いついた。


 光の存在が、初めて後退した。


『……異常』


『人間の反応速度、想定外』


 俺は、立ち上がる。


 足が、軽い。


 でも――

 身体の内側が、ひどく冷たい。


 心臓が、痛い。


 まるで、

 “借り物”みたいに。


「カイ……あなた……」


 リィナが、信じられないものを見る目で俺を見る。


「動くな」


 初めて、命令口調になった。


「今、近づいたら――

 お前も巻き込まれる」


 それが、本当だと分かった。


 俺の周囲の空気が、歪んでいる。


 世界が、拒否している。


『警告』


『人間カイ』


『その存在は、世界に適合しない』


「知るか」


 吐き捨てる。


「適合しないなら、

 作り直せばいい」


『代価を提示』


 声が、重くなる。


『その力は、

 灯主と同等の消費を伴う』


 ――来た。


「続行すれば、

 あなたの生命は著しく損なわれる」


 つまり。


 俺が、代わりになる。


 リィナが、理解した顔をする。


「……だめ」


 必死な声。


「それじゃ、意味がない……!」


「意味はある」


 即答した。


「少なくとも――

 お前は、選べる」


 光の存在が、

 最後通告のように言う。


『選択せよ』


『灯主を失うか』


『代替因子を受け入れるか』


 世界は、

 取引を持ち出した。


 あまりにも、

 分かりやすい悪意。


 俺は、笑った。


「……なあ、」


 ゆっくり、拳を握る。


「一つだけ、勘違いしてる」


 光が、警戒する。


「俺は、

 誰かの代わりになる気はない」


 リィナを見る。


 泣き顔。


 生きたいと願う顔。


「俺が選ぶ」


 心臓が、軋む。


「俺が、支払う」


 世界が、悲鳴を上げた。

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