Ark Fantasy

門 勇

第1話「世界」

世界は、何度も救われてきた。


 それは事実だ。


 空が割れ、海が逆流し、街が沈む――

 そうした災厄は、何度も起きている。


 そしてそのたびに、

 世界は“止まってきた”。


 方法は一つしかない。


 人が、一人、消える。


 


 丘の上から、街を見下ろしていた。


 石造りの家々。

 白い塔。

 遠くに見える、巨大な円環構造物。


 ――《アーク》。


 あれが起動している間、

 世界は静かになる。


 だから人々は、安心して暮らせる。


 その代わりに、

 誰かがいなくなる。


「……またか」


 俺は、小さく呟いた。


 街の中央広場に、人が集まっている。

 旗が立ち、鐘が鳴り、花が撒かれていた。


 祭りだ。


 でも、祝っているのは――

 これから消える人の出発だった。


「灯主様が決まったぞ!」


 誰かが叫ぶ。


 拍手が起こる。


 笑顔。

 涙。

 感謝の言葉。


 胸の奥が、少しだけ重くなった。


 人々の視線の先に、

 一人の少女が立っていた。


 白い外套。

 細い肩。

 それでも、背筋はまっすぐだった。


 彼女は、笑っていた。


 自分が何をするのか、

 何が起こるのか、

 全部知っている顔だった。


「……すげえな」


 隣にいた男が、感嘆したように言う。


「若いのに、覚悟が違う」


 俺は、何も言えなかった。


 覚悟。


 その言葉が、嫌いだった。


 覚悟があれば、

 人は消えていいのか。


 彼女は、ゆっくりと頭を下げた。


「世界が、今日も続きますように」


 その声は、よく通った。


 歓声が上がる。


 誰も、「やめろ」とは言わない。


 誰も、「代わってやる」とは言わない。


 それが、この世界の普通だった。


 俺は、視線を逸らした。


 ――関わるな。


 そうやって、ずっと生きてきた。


 見なければ、何も感じない。

 感じなければ、何も失わない。


 それでいいはずだった。


 なのに。


 彼女と、目が合った。


 一瞬だけ。


 彼女は、驚いたように目を見開き、

 それから――少しだけ、困ったように笑った。


 まるで、こう言うみたいに。


 「大丈夫だよ」と。


 その瞬間、分かった。


 これは――

 逃げられない旅になる。


 世界を救うための旅じゃない。


 誰かが消えるまでの、時間稼ぎだ。


 そして俺は、

 その結末を、知ってしまった側の人間だ。


 鐘が鳴り止む。


 少女は、歩き出した。


 アークへ向かって。


 世界は、今日も正しく動いている。


 ――たぶん。


 でも、俺の中で、

 何かが確実に、ずれ始めていた。

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