第3話 辺境の森に到着。とりあえず『家』を建てたら城が建ちました

目の前にそびえ立つ、白亜の巨塔。

朝日を浴びて神々しく輝くその建物を見上げ、僕は腕組みをして唸った。


「……うん、まあ、住めば都と言うしな」


当初の予定では「雨風を凌げる丸太小屋」だったはずが、どうしてこうなったのか。

それは僕が『創造(クリエイト)』の魔法を使う際、無意識に「頑丈で」「快適で」「セキュリティ万全」というイメージを込めすぎてしまったからに他ならない。


宮廷付与術師として働いていた頃、勇者ライオネルからは常に過剰な要求を突きつけられていた。

『ドラゴンに踏まれても壊れないテントを作れ』

『灼熱の火山でも涼しく眠れる寝袋を用意しろ』

『魔王城の結界を無効化しつつ、こちらの魔力だけを通す壁を作れ』

そんな無茶振りに応え続けてきた結果、僕の建築センス(というより魔力制御)は、完全にバグっていたらしい。


「とりあえず、内装の確認といこうか」


僕は重厚な両開きの扉――どう見ても城門だ――に手を掛ける。

重さが数トンはありそうなミスリル合金製の扉だが、僕が触れると、まるで羽毛のように軽く開き、滑らかにスライドして壁の中に収納された。

自動ドア機能(オート・オープン)だ。もちろん、登録された生体ID(僕)以外が近づくと、即座に1万ボルトの電流が流れる仕組みになっている。


中に入ると、そこは広々としたエントランスホールだった。

床は大理石……に見えるが、これは土魔法で圧縮した超硬質セラミックだ。ダイヤモンドより硬い。

天井からは、魔力光で輝くシャンデリアが吊り下げられている。燃料不要、半永久機関である。


「明るさは問題ないな。次はライフラインだ」


人間が生きていく上で最も重要なのは、水と食料、そして衛生環境だ。

僕はホールの奥にあるキッチンらしきスペースへ向かった。


蛇口のような金具に手をかざす。

『清浄なる水源(クリア・ウォーター)』の術式が付与された吐水口から、透き通った水が勢いよく流れ出した。

コップに汲んで一口飲んでみる。


「うん、美味い! 適度なミネラルと、微量な魔力が溶け込んでる」


実はこれ、地下水脈から汲み上げているのではなく、水の精霊界から直接『最高純度の水』を転送しているのだが、僕は「井戸水って美味しいな」程度にしか思っていなかった。


次に、かまど。

ここには『極小核熱』と『完全燃焼』のルーンを刻んである。

薪をくべる必要はなく、ツマミを回すだけで火力の調整が可能だ。最大出力にすれば鉄すら瞬時に蒸発させるが、料理用なので弱火の設定にしておく。


「問題は風呂だな」


一日の疲れを癒やす場所。ここにはこだわりたい。

僕は浴室へと足を運んだ。

そこには、大人十人が余裕で入れそうな巨大な浴槽が鎮座していた。

壁はヒノキ……によく似た、香りの良い神木『世界樹の枝(レプリカ)』を使用しているため、森林浴のような芳香が漂っている。


「お湯張り、スタート」


指を鳴らすと、浴槽の底からお湯が湧き出してくる。

ただのお湯ではない。

『疲労回復』『美肌効果』『魔力補充』『状態異常治療』の効能を持つ、特製の薬湯だ。

以前、聖女マリアが「肌荒れが治らない」と喚いた時に開発した『聖女の涙』と同等の成分を含んでいる。市場に出せば小瓶一本で金貨百枚は下らない代物だが、ここではただの入浴剤だ。


「完璧だ……。これなら王都の宿屋より快適かもしれない」


僕は満足げに頷いた。

これぞスローライフ。

誰にも邪魔されず、自分の好きなように生活空間を作る。

なんて素晴らしいんだろう。


「ついでに、掃除も面倒だから自動化しておこう」


僕はポケットから、道中で拾った小石を数個取り出し、床に転がした。

それに『ゴーレム生成』と『清掃特化』の付与をかける。


ボフンッ、という音と共に、小石が変形し、手のひらサイズの可愛らしい人形になった。

彼らはすぐにキビキビと動き出し、目に見えない埃をキャッチしては消滅させていく。


「よしよし。名前は……『ルンバ』一号から五号にしよう」


これで家事は完璧だ。

僕はリビング(玉座の間のような広さだが)のソファに身を沈めた。

このソファも、最高級の『スライムクッション』素材を錬成して作ったものだ。座った瞬間、身体のラインに合わせて形状が変化し、極上の座り心地を提供してくれる。


「ふぅ……。天国か、ここは」


窓の外を見れば、美しい森の緑。

聞こえてくるのは鳥のさえずり。

最高の家と、最高の環境。

僕は追放されたことに、心から感謝したくなった。


「ありがとう、ライオネル。君たちのおかげで、僕は本当の幸せを見つけたよ」


皮肉ではなく、本心からの言葉だった。

彼らが今頃どうなっているかは知らないが、きっと彼らも彼らで、僕がいなくなって清々していることだろう。


   ◆   ◆   ◆


同時刻、王都の王城、魔術研究所。


「き、緊急事態ですッ!!」


静まり返っていた研究室に、観測員の悲鳴のような報告が響き渡った。

分厚い眼鏡をかけた魔術師長が、血相を変えて飛び起きた。


「なんだ、騒々しい! ドラゴンでも現れたか!?」


「そ、そんなレベルじゃありません! こ、これを見てください!」


観測員が指差したのは、大陸全土の魔力分布を示す巨大なクリスタル板だった。

その北の果て、未開の森と呼ばれる地域。

そこに、真っ赤な光点が灯っていた。

いや、光点ではない。

地図の北半分を飲み込むほどの、巨大な魔力の渦が表示されていたのだ。


「なっ……なんだこれは!?」


魔術師長は絶句した。

このクリスタルは、一定量以上の魔力反応を感知して光る仕組みになっている。

過去、魔王が復活した時でさえ、光の大きさは拳大だった。

だが今、表示されている反応は、クリスタル板そのものが割れそうなほどの強烈な輝きを放っている。


「計器の故障か!?」


「いえ、予備の観測機も全て同じ反応を示しています! こ、この魔力量……神話級です! 古代の邪神が復活したとしか思えません!」


「場所はどこだ!?」


「北の『死の森』……いえ、そのさらに奥、人外魔境の地です!」


魔術師長は脂汗を拭った。

あそこには、強力な魔物が生息しているため、人は近づかない。

そこに、突如として出現した超巨大魔力源。

これが意味するものは一つしかない。


「新たな『魔王』……いや、それ以上の何かが誕生したというのか……」


王城は大パニックに陥った。

近衛騎士団が招集され、国王へ緊急報告が上げられる。

「北の森に、世界を滅ぼしかねない災厄が出現した」と。


もちろん、その正体が、ただの青年が建てた『ちょっと快適なマイホーム』だとは、誰も想像していなかった。


   ◆   ◆   ◆


一方、王都の下町。

安宿の薄暗い一室に、勇者パーティの姿があった。


「いてて……背中が痛むぜ」


勇者ライオネルは、せんべい布団の上で顔をしかめていた。

昨日のオーク戦で負った傷は、聖女マリアのヒールで塞がりはしたものの、打ち身の鈍痛が消えないのだ。

以前なら、アレンの付与魔法で『痛覚遮断』と『超回復』がかかっていたため、翌日に痛みを持ち越すことなどありえなかった。


「もう……最悪よ。このベッド、硬くてカビ臭いじゃない」


賢者フィオナがヒステリックに叫ぶ。

高級宿を追い出された彼らは、資金不足のために一泊銅貨十枚の安宿に泊まるしかなかった。

高級宿の支払いは今まで「勇者パーティ価格」でツケにできていたが、昨日の失態が広まったせいか、宿の主人が急に現金払いを要求してきたのだ。


「仕方ありません。依頼に失敗して、違約金を払ったせいで……もう手持ちがほとんどありませんから」


聖女マリアが暗い顔で財布の中身を数える。

アレンがいた頃は、彼が経理も担当しており、無駄な出費を抑えつつ、報酬の交渉もうまくやっていた。

だが、金銭感覚の狂った三人が財布を握った結果、あっという間に金欠に陥ってしまったのだ。


「クソッ! どいつもこいつも、勇者である俺をないがしろにしやがって!」


ライオネルが壁を蹴る。

薄い壁の向こうから「うるせえぞ!」と怒鳴り声が返ってきて、彼はさらに不機嫌になった。


「おいマリア、水だ。喉が渇いた」


「あ、はい……」


マリアが木の水差しからコップに水を注ぐ。

しかし、その水は少し濁っていて、鉄錆のような臭いがした。


「なんだこれ、不味くて飲めるか!」


ライオネルがコップを薙ぎ払う。

水が床にぶちまけられた。


「だ、だって……この宿の水、井戸水なんですもの。浄化魔法を使おうにも、私の魔力も回復していなくて……」


マリアが泣きそうな顔をする。

以前なら、どんな泥水でもアレンが『浄化(ピュリファイ)』して、最高級のミネラルウォーターに変えてくれていた。

食事もそうだ。

野営の時の干し肉でさえ、アレンが付与をかければ一流レストランのステーキのように柔らかく、ジューシーになった。


彼らは今、初めて知ったのだ。

「当たり前」だと思っていた快適な生活が、どれほどの魔法技術によって支えられていたのかを。


「……アレンの奴、今頃どうしてるかしら」


フィオナがポツリと漏らした。


「野垂れ死んでるに決まってるだろ!」


ライオネルが即座に否定する。


「あんな能無し、一人じゃゴブリンにも勝てねえよ。きっと今頃、森の中で震えて泣いてるか、魔物の餌になってるさ!」


そう思うことで、彼は自分の心を保っていた。

自分たちよりも不幸な人間がいる。

自分たちが捨てた男は、自分たちよりも惨めな末路を辿っているはずだ。

そう信じなければ、惨めなのは自分たちになってしまう。


「明日は、もっと簡単な依頼を受けよう。薬草採取とか、下水道掃除とか……」


「勇者が下水道掃除!? 冗談じゃないわよ!」


「じゃあどうするんだよ! 飯も食えないんだぞ!」


狭い部屋で言い争う声は、夜遅くまで続いた。


   ◆   ◆   ◆


そして、夜。

北の辺境、アレンの屋敷(城)。


僕はフカフカのベッドで安眠……するはずだったが、奇妙な気配を感じて目を覚ました。

屋敷の周囲に展開している『自動索敵結界』が、何かの接近を知らせたのだ。


「……誰だ? こんな森の奥深くに」


人間ではない。魔獣の反応だ。

しかも、結界が「敵意なし」と判定している。

ただ、弱っているようだ。


僕はベッドから起き上がり、ナイトローブを羽織って外に出た。

夜の森は静寂に包まれている。

屋敷の正門の前に、その「影」はうずくまっていた。


それは、一匹の白い犬……のように見えた。

だが、サイズが少し大きい。

大型犬くらいあるだろうか。

全身の毛は銀色に輝き、月明かりの下で幻想的な美しさを放っている。

しかし、その身体は血に濡れ、小刻みに震えていた。


「クゥ……ン……」


僕が近づくと、犬は弱々しい声を上げて僕を見上げた。

その瞳は黄金色。

知性を感じさせる瞳だ。


「怪我をしてるのか?」


よく見ると、横腹に大きな爪痕があった。

他の魔物との縄張り争いに負けたのだろうか。

放っておけば、今夜中には死んでしまいそうだ。


「よしよし、怖くないぞ」


僕はしゃがみ込み、その頭を撫でようとした。

犬は一瞬、警戒するように牙を剥きかけたが、僕の手から溢れ出る魔力を感じ取ったのか、すぐに力を抜いた。


「『完全治癒(ハイ・ヒール)』」


僕が短く唱えると、緑色の光が犬を包み込む。

えぐれていた肉が盛り上がり、裂けた皮膚が繋がり、血の汚れさえも浄化されていく。

数秒後には、傷一つない美しい銀毛の犬に戻っていた。


「ワンッ!」


犬は驚いたように自分の身体を確認し、それから嬉しそうに尻尾を振って僕に飛びついてきた。


「おっと、元気になったな。……お腹も空いてるのか?」


「クゥン!」


賢い犬だ。言葉がわかっているみたいだ。

僕はポケット(四次元収納に繋がっている)から、余っていた干し肉を取り出した。

ただの干し肉ではない。

以前、暇つぶしに作った『最高級和牛の熟成干し肉・魔力増強ソース和え』だ。


犬はそれを一口で食べると、目を輝かせて「もっと!」と催促してきた。

結局、手持ちの食料をあらかた平らげて、ようやく満足したようだ。


「さて、僕はもう寝るよ。森へお帰り」


僕がそう言って屋敷に戻ろうとすると、犬はテコでも動かないという意思表示で、僕の足元に座り込んだ。

どうやら、ここが気に入ったらしい。

というか、僕に懐いてしまったようだ。


「……飼ってくれってこと?」


「ワン!」


「はは、いい返事だ。まあ、広い家だし、番犬くらいいてもいいか」


一人暮らしも寂しいし、ペットがいるのも悪くない。

見た目はシベリアンハスキーみたいで可愛いし。


「わかったよ。名前は……白いから『シロ』でいいか?」


僕がそう名付けると、犬――実は伝説の神獣フェンリルの幼体――は、少しだけ不服そうな顔をしたが、それでも嬉しそうに「ワオオオーン!」と遠吠えを上げた。

その咆哮だけで、周囲10キロメートルの魔物たちが恐怖で失神したことに、僕は気づくはずもなかった。


「よし、じゃあ中に入ろう。お風呂に入れてあげるよ」


僕はシロを連れて、自動ドアをくぐる。

伝説の魔獣を「シロ」と名付け、愛犬として飼い始める。

僕の最強スローライフに、最初の家族が増えた瞬間だった。


続く

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