植物使いの百鬼夜行

らいお

プロローグ

 月光だけが冷たく地を照らす、ある日の深夜 。  

 静寂に包まれた薄暗い闇の中、二つの影が足音を殺しながら、禍々しき魔植ましょくの森の入り口へと辿り着いた 。



「本当に……本当に、この子を置いていくの……?」


 女の震える声が、湿った夜気に溶ける。


「お前も見ただろう、あの禍々しい権能ギフトを。あんなものを村の連中に知られてみろ。俺たちは一生、村八分だ。そうなる前に、この『忌み子』を処分するしかないんだ……っ!」


 男は声を押し殺して吐き捨てた。村人に見つからぬよう、そして森に潜む魔植ましょくに気取られぬよう、その声は病的なほどに低い 。


 二人は腕に抱えていた赤子を、ゆっくりと樹のうろへと横たえた 。  

 生まれたばかりのその子の髪は、まだ産湯に濡れたままだというのに 。


「この子は……どうなってしまうの?」


「さあな。魔植ましょくに寄生されるか、魔物の餌食になるか……。そうでなくとも、好んでこの森に近づく人間などいない。そのうち静かに餓死するだろうよ」


 男の冷淡な言葉に女は息を呑むが、反論はしなかった。


「そ、そんな……っ! どうにかならないの?」


「どうにもなるはずがないだろう! こんな『忌み子』、人間が育てられるはずがないんだ!」


 二人は苦虫を噛み潰したかのような、歪んだ表情を浮かべる 。  

 対照的に、樹のうろの中の赤子は、何も知らずに小さな寝息を立てていた 。親に捨てられた絶望を知ることもなく、ただ静かに死を待つ運命 。




「……行くぞ。長居をすれば瘴気しょうきに当てられる」


「……ええ。行きましょう」


 二人が赤子を見捨て、その場を立ち去ろうとした瞬間だった。  

 背後にただならぬ気配を感じ、男は女を庇うように身を挺した 。


「誰だっ!」


 闇の中から、無数の光の粒子が集まり始めた 。  

 それは瞬く間に巨大な光の塊となり、やがて優美な人の形をかたどっていく 。  

 ……否、それは人の形を借りた、人智を超越する「精霊」であった 。




 山藍摺やまあいずり色の長い髪を夜風になびかせ現れたその精霊は、冷徹な双眸で二人を射抜く 。  

 溢れ出す圧倒的な魔力の奔流を前に、訓練を受けていない常人に抗う術はない 。二人は身を竦ませ、ただガタガタと脚を震わせることしかできなかった 。




 精霊は怯える二人から、静かに眠る樹のうろの赤子へと視線を移し、小さく溜息をついた 。


『人間よ。貴様らは、その赤子を不要だと言うのか?』



「なっ……せ、精霊……なのか……?」


『質問に答えよ。さもなくば――』


「は、はいっ! 俺たちに、この子は必要ありません! 差し上げます!」


 凄まじい威圧感に、胃の内容物を吐き戻しそうになるのを必死に抑え、男は叫んだ 。この子は要らない。ハッキリと、そう断言したのだ 。



『そうか……相分かった。ならば、く去れ。貴様らに用はない』


 精霊が冷淡に告げると、二人は何度も転びそうになりながら、縋るように闇の中へと逃げ去っていった 。


『……さて、如何いかしたものか』


 独り言ちながらも、精霊はその赤子を、壊れ物を扱うかのような手つきで優しく抱き上げた 。そして慈愛に満ちた親のように、その小さな頭を撫でる 。



『親の真似事というのも、良い暇つぶしになるやもしれんな』


 赤子を抱いたまま、精霊は霧深い魔植ましょくの森の奥底へと、音もなく姿を消していった 。



---------------------------------------------------------------------------------------

作品へのフォローや★評価などで応援していただけると、とても嬉しいです。

執筆モチベーションにも繋がりますので、よろしくお願いいたします!

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る