第25話 非公開区画、清掃対象です


 その依頼は、掲示板に貼られていなかった。


 正確に言えば、「貼られていた形跡だけが残っていた」。


 朝の清掃当番を終えたユウキがギルドに顔を出すと、受付横の掲示板の端に、剥がした跡の紙屑が残っていた。いつも几帳面に整えられている場所にしては、やけに雑だ。


「……これ、なんですか?」


 ユウキが指さすと、近くにいた職員が一瞬だけ視線を泳がせた。


「そ、それは……ええと……」


 言葉を濁す職員の代わりに、後ろから声が飛んできた。


「気にしなくていいわよ」


 マルタだった。いつものように小さな袋を差し出してくる。


「はい、今日の分。喉にいい飴」


「ありがとうございます」


 素直に受け取ってから、ユウキはもう一度掲示板を見る。


「でも、剥がした跡があるってことは、依頼ですよね」


 マルタは一瞬だけ黙り、それから小さく肩をすくめた。


「正式な依頼じゃない、ってことになってるだけよ」


「……なるほど」


 分かったような、分からないような説明だったが、ユウキはそれ以上追及しなかった。代わりに、紙屑の端に残っていた文字を読む。


《清掃対象:未公開区画》

《立入制限あり》

《責任所在:――》


 最後の行は、途中で破られていた。


「未公開区画って、ダンジョンの奥ですか?」


「ええ」


 今度は、横からリィナが静かに答えた。


「地図にも載っていない区画です。封鎖扱いですが、実際には……放置されています」


「放置」


 その言葉に、ユウキは少しだけ表情を曇らせた。


「それ、掃除してないってことですよね」


 リィナは、わずかに目を伏せる。


「ええ。管理記録もありません」


「じゃあ、ゴミが溜まりますね」


 即答だった。


 周囲の職員が一斉に息を呑む。


「い、いや、危険だから――」


「危険物なら、なおさらです」


 ユウキは当たり前のことを言うような口調だった。


「放置が一番危ないですから」


 マルタが、ゆっくりと頷いた。


「……そうね。誰かがやらなきゃいけない」


「誰もやらないなら、俺がやります」


 ユウキはそう言って、ゴミ袋を肩に担ぐ。


「依頼じゃなくても、清掃対象なら問題ないですよね」


 リィナは、少しだけ微笑った。


「非公開なので、記録も残りません」


「じゃあ、気楽ですね」


 その言葉に、なぜか周囲がざわつく。


 職員の一人が、耐えきれずに小声で呟いた。


「……本当に、何も考えてないのか」


 聞こえていたが、ユウキは気にしなかった。


 未公開区画。

 管理されていない場所。

 責任の所在が、どこにも書かれていない依頼。


「行ってきます」


 そう言って出ていく背中を、誰も止められなかった。


 その日の夕方、王都の地下で、ひとつ目立たない扉が開らかれたことを、まだ誰も知らない。


 未公開区画の入口は、拍子抜けするほど雑だった。


「……これ、封鎖って言うんですか?」


 ユウキが指でつつくと、立入禁止の札がくるりと回る。


《立入禁止》

《※自己責任》


「自己責任って便利な言葉だな……」


 そう呟きながら、ユウキはゴミ袋を背負って中へ入った。


 数歩進んだところで、彼は足を止める。


「……うわ」


 床一面に散らばるのは、壊れた武器、割れた魔導具、用途不明の箱、そして封印札の束。どれも「とりあえず奥に捨てた」感が強い。


「分別、してないな……」


 ユウキがため息をついた、その時だった。


「ちょ、待て! なんで先に入ってるんだ!」


 聞き覚えのある声と一緒に、奥から人影が現れる。


「……あ、レオル」


 剣を持ったレオルが、呆然とした顔で周囲を見回していた。


「ユウキさん!? ここ、未公開区画ですよ!?」


「未公開だから掃除しました」


「意味が分かりません!」


 続いて、後ろからミーナが顔を出す。


「……やっぱり来てると思ったわ」


 額を押さえながら、床のゴミを見る。


「これは……ひどい。管理放棄にも程があるわね」


「ですよね」


 最後に、天井近くの瓦礫をどかしながらガルドが出てきた。


「おいおい、なんだここ。ゴミ捨て場か?」


「はい」


「即答!?」


 ガルドは笑いながらも、落ちていた鎧を持ち上げる。


「これ、完全に壊れてる――」


 次の瞬間、鎧が淡く光った。


《零価再定義ゼロ・リバリュー》

《防御値:異常》


「……ん?」


 ガルドが腕を通す。


「……あれ? やけに軽いし、硬いぞこれ」


「清掃用具です」


「清掃用具の性能じゃねえ!」


 ミーナがすぐに割って入る。


「待って。それ、捨てたらダメなやつでしょ」


 ユウキは頷く。


「なので拾いました」


「“なので”で済ませないで」


 レオルが封印札を一枚持ち上げ、顔を引きつらせる。


「こ、これ……不完全封印ですよね?」


「はい」


「なんで床に落ちてるんですか!?」


「たぶん、捨てたからです」


 沈黙。


 ガルドが周囲を見回し、低く唸った。


「……誰だよ、ここ管理してたの」


「記録、ありませんでした」


 ユウキの淡々とした一言で、空気が一段冷える。


 その直後、天井から「ミシッ」と嫌な音がした。


「……あ、これもダメですね」


 ユウキが盾を構えると同時に、瓦礫が落下する。だが清掃用の盾に当たった瞬間、粉々に砕け散った。


 レオル、ミーナ、ガルド。三人同時に固まる。


「……それ、清掃道具?」


「ゴミ拾い中に拾いました」


「拾い物の範囲超えてるでしょ……」


 ユウキはゴミ袋を持ち直す。


「というわけで」


 真顔で言った。


「ここ、一緒に掃除しません?」


 三人は顔を見合わせる。


 レオルが小さく呟いた。


「……俺たち、冒険者ですよね?」


「清掃も冒険です」


「そういう問題じゃない!」


 こうして未公開区画の奥で、

 いつものメンバーによる異常な清掃作業が始まった。


 作業開始から、十分も経っていなかった。


「……ユウキさん」


 レオルが、やけに慎重な声を出す。


「これ、拾っていいんですか?」


 指さした先にあったのは、黒い箱だった。大きさは手提げ鞄ほど。だが、箱の周囲だけ空気が重い。


「えーっと……」


 ユウキはしゃがみ込み、スキルを走らせる。


《なんか使えそう判定》

《忘却物の葬送者リサイクル・レクイエム》


 一瞬、説明文が表示されて、すぐ消えた。


「……あ、これ」


 ユウキは箱から手を離した。


「捨てたらダメですね」


「どれくらい?」


 ミーナが即座に聞く。


「世界規模で」


「アウトじゃない!」


 ガルドが思わず叫ぶ。


「なんでそんなもんがゴミ置き場にあるんだよ!」


「たぶん」


 ユウキは真顔で答えた。


「隠したかったんだと思います」


 沈黙。


 レオルがごくりと喉を鳴らす。


「……これ、ギルドに報告した方が……」


「やめときなさい」


 ミーナが即答した。


「“管理してない物”を“管理してました”って言い出すだけよ」


「……ああ」


 全員、納得してしまう。


 ガルドが腕を組み、箱を見下ろす。


「じゃあ、どうする」


「掃除です」


 ユウキは言い切った。


「正しく保管して、危険じゃない状態にする。それが清掃なので」


「定義が強引すぎる……」


 だが、誰も反論できなかった。


 その時だった。


 箱の奥から、さらに嫌な気配がした。


「……まだあります」


 ユウキが指さした壁の裏。瓦礫をどかすと、封印札で雑に覆われた棚が現れる。


「おいおい……」


 ガルドが低く唸る。


「ここ、倉庫じゃねえか」


「倉庫じゃなくて」


 ミーナが封印札を一枚めくる。


「証拠置き場ね」


 棚の中には、記録水晶、契約書、破損した魔導印、血痕の残る道具。


 レオルの顔が青くなる。


「……これ、全部」


「はい」


 ユウキが頷く。


「捨てられてました」


 数秒の沈黙のあと、ガルドが乾いた笑いを漏らした。


「はは……ギルド、終わったな」


「まだです」


 ユウキはゴミ袋を開く。


「終わるかどうかは、これからです」


 三人が同時にユウキを見る。


「掃除って」


 ミーナがため息混じりに言った。


「ここまでやる仕事だった?」


「最初に言いましたよ」


 ユウキは、淡々と。


「拾わない判断も、仕事です。でも――」


 箱と棚を見回す。


「これは、拾わないと危ない」


 その瞬間、遠くで微かに魔力が揺れた。


 未公開区画のさらに奥。

 まだ誰も触れていない“ゴミ”が、眠っている。


「……奥、行きますか」


 レオルが恐る恐る言う。


 ユウキは、いつも通り頷いた。


「掃除が終わってないので」


 こうして未公開区画は、

 清掃対象から事件現場へと変わった。


 そしてこの日、

 ギルドが「存在しないことにしていた物」が、

 静かに息を吹き返し始めた。

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