夏代燎の、『記憶無し』青春二週目。~何も覚えてないけど、後悔したことは分かる。だから──今度こそ、完璧美少女幼馴染に釣り合うために本気を出す~
みわもひ
第1話 未来の後悔と、予想外の逆行
『〇〇〇〇、今月末で活動引退!』
「………………は?」
インターネットで、その告知を見た瞬間。
彼のこれまでの人生は……本当に、無味乾燥。
何にもなれず、何もできず。特別だと言えるようなことは何一つなく。
山もなく谷もなく、大学を卒業し平々凡々な零細企業に就職し。そこから、あまりにも変わり映えのないまさしくただの歯車としての日常を送って。
このまま、何もないまま死ぬまでこの日々が続くのだろうか。
そう思うと、じわじわと凍えるような絶望が。首まで浸かったプールの温度がどんどん下がっていくような感覚があって──でも、抜け出す方法もなく気力も湧かない。
そんな、どうしようもない日々を送っていた。
けれど……そんな彼にも、一つだけ誇れることがあった。
それが、幼馴染である
彼女は一言で言うなら、なんでもできる完璧美少女だった。
出会った小学校低学年の頃は引っ込み思案でそうではなかったが……燎が励ました結果立ち直り、より良い自分になりたくて努力を重ねて。
瞬く間に、素敵な女の子へと成長した。勉強も運動もできて、小学校高学年の頃からは同性の目も異性の目も集める美少女になって。
そして──そんな素敵になった少女と平凡極まりない燎では、天地がひっくり返っても釣り合うはずがなくて。
中学に上がった頃から周りの目が厳しくなった。当然だ、綺麗な宝石の隣に泥がついた石ころが並んでいれば誰だって良い気はしない。
その目に促されるように、自然と疎遠になって──高校で彼女とは別々になった。
燎は行けなかった。燎には届かないレベルの進学校だったこともそうだし……その高校はとある特色から県外からも優れた人間が集まる有名校で。平凡な自分では、行けるはずもない学校だったから。
そのまま燎は、ほたると別の地元公立に進学して。高校、大学と灰色の日々を送って。
けれど幼馴染だった縁で、人伝に彼女の活躍は聞いていた。
曰く──彼女は中学の時から得意だった歌を活かして、とある活動を開始したと。
今のエンターテイメント業界では最前線の一つと言えるその活動で……彼女は瞬く間に頭角を表し、燎の耳にも入ってきた。
すぐに彼女だと分かった。もちろん活動名は本名ではなかったが、仮にも幼馴染だった人間だ。声を聞いた瞬間に分かった。
その彼女の活躍を見て……燎は、安心した。ああ、自分なんかと違って彼女は羽ばたけたんだ。華やかな世界で、活躍ができているんだと。
なら、こんなどうしようもない自分の人生にも、意味はあったのかと思えた。
そこから、彼女を推すことが燎の生き甲斐になった。
もちろん幼馴染であることを伝えなんてしない。そもそも伝える手段がない。他の人と同じ、ただの彼女のいちファンだ。
でも、それで良かった。
出会った日、ほたるを励ましたように。そして今も。僅かでも彼女が羽ばたく一助になれているのなら良かった。どうしようもない人生に意味を見出せた。灰色の人生を、ほんの少しだけ色づかせることができた。
それだけで、良かった。
良かったのに。
なのに。
「…………なんで…………」
彼女は、活動を辞めてしまった。
もちろん彼女のいる世界は華やかだが厳しい場所だ。永遠に活動し続けられることはないと分かっていた。
でも、あまりにも早すぎる。
年齢的にも実力的にも、まだまだ活躍できたはずだ。大手レベルの平均活動期間と比べても短かった。
もちろん、一度活動を辞めた人が別の形で戻ってくることもある。
けれど、燎も彼女を推して以降多少なりとも業界について詳しくなったから分かる。
ああ、これは──『戻ってこない』やつだと。
「なんで……っ」
灰色の日々が戻ってきた。
どうしようもない人生が、また繰り返され始めた。
燎本人もショックだったし……それより何より。
ほたるが、あのほたるでさえ。こんな短い間しか羽ばたけなかった、ということが何よりも辛かった。
何かできなかったのだろうか、と考える。
直ぐに思い至る。……無理だ。燎には、なんの力もない。
彼女の引退を翻意させる言葉などない。彼女の決定に異を唱える資格も手段もない。平凡でくだらない今の自分には、何もできない。
ああ……でも。
今は無理だったとしても、過去。
まだ、彼女と関わりを持てていたくらいの昔。
そう──それこそ、決定的に離れるきっかけとなった、ほたると別々の高校を目指すことが決まった時。その時、一度ほたると話して。
そこで、彼女が浮かべた表情。
『…………そっ、か』
美しくありながらも、あまりにも悲しくて切ない。でもその全てを内側に押し込めて、何も言えない……そんな、今も覚えている表情を浮かべた彼女に。
何か、声をかけることができていれば。
或いは──別の決断が、できていたなら。
未来は、変わったのだろうか。
自分も、そして彼女も。今より素敵な景色を、見ることができたのだろうか。
「ぁあああああ……!」
でも、もう遅い。
過去は変えられない。覆水は盆には返らない。
布団に入って、燎は無様に慟哭した。
今更ながらに、激甚な後悔が己を苛む。
なんで自分はあの時ああしなかった。なんで自分はあの時、何も言えなかった。
もっと、何か、できなかったのか。
そんな過去の後悔ばかりが思い浮かんできて、でも今はもう何もできない。
何もかもがもう遅い。むしろ……このタイミングでしか後悔できなかったことが、今世での己の平凡を証明しているようで。
ひとしきり泣き終えた後にやってくるのは、圧倒的な虚脱感と無力感。
やっぱり自分は何もできないという、絶望感。それをどうしようもなく味合わされて……
「…………寝よう」
それに耐えきれず、燎は再度机に突っ伏する。
明日も、早くから出勤しなければならないのだ。
……もう、このまま目覚めなくたって良い。
そんな自棄に似た感情のまま、燎は目を閉じて──
◆
ぴぴぴぴぴ、という。
馴染みの無いアラームの音で、目が覚めた。
「ん…………っ!?」
瞳を開けて、意識が覚醒し──直ぐに、違和感に気付く。
体が異様に軽い。起きての目線も心なしか低い。
何より……起きて見る景色が違う。あまりに馴染みのない、けれど懐かしい……
……それが、燎の実家の自室だと気づいて。
同時にアラームの鳴った時計を見て、そこに記載されている年と日付けを確認──信じられなくて二度見し、何度も目を擦ってカレンダーまで確認しても矛盾がなく。
「……まさか」
昔から多少物語には詳しかった燎は、未だ半信半疑ではあるが自分の身に起こったことに思い至る。
まさかこれは……時間が、燎が十四歳だった頃まで巻き戻っているのか、と。
その可能性を考えるのと同時に──もう一つの、重大な違和感に気づいた。
「え……っ!?」
タイムリープをしてしまったとしたら、いつからかと考えるのは自然なことで。その流れで自身の記憶を漁っていたが……
ない。
綺麗に、見事に──
燎は、タイムリープをした。
十何年後の世界からかは知らないが、確かにした。何故かは分からないが、それだけは確信と言って良い感覚がある。
なのに、記憶はない。
感覚はあるが、記憶だけは。ぴったり現在までの記憶しか存在せず、つまりは未来の知識や記憶はほぼ引き継いでいない。
覚えているのは、朧げな未来の自分の印象と……その時に感じた、身を焦がすほどの激甚な後悔と無力感だけ。
「……いやいやいやいや……」
その、己の身に起こったことの全容を理解して。
それを……今の自身も知るタイムリープものの物語の知識と照らし合わせて。
燎は、冷や汗と引き攣った笑みと共に。思わずこう、呟いた。
「…………戻ってきた意味ある? それ」
咄嗟にそう思ってしまうのも無理のないことだろう。
燎の知る物語では普通こういうのは、未来の知識を引き継いでそれを活かして、何か大きなことを為すのが基本だったと思う。
なのに、自分は。その大事な未来の記憶がない。
未来まで生きた感覚と、感情の残滓だけを引き継いで過去に戻ってきた、と。
……全く、なんと言うか。
何もかもが、中途半端な自分らしいなと。
記憶はないが未来の自分の感覚のまま、燎はふとそう思って──
──けれど、それでも。戻ってきた意味は、引き継いだものは確かにあるのだと。
燎はその日のうちに、それに気付くことになる。
――――――――――――――――――――――――――――――――――――――
主人公タイムリープもの、ただし主人公の未来の記憶は無いものとする。
そんな、少し変わったタイムリープ青春物語にさせていただきました。
記憶無しでどうするのか、記憶以外に引き継いだものとは。そして──戻ってきた意味は何か。
その辺りのことを、次話で早速語ろうと思います。最初から熱く飛ばしていくので、是非次話以降も読んでいただけると嬉しいです!
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