宗教にのめり込む人は、何かしら悩みを持ち、そこに救いを見出すのだと思います。
教祖に従った人たちは、それが自分の魂の、あるいは世界の人々の救済だと信じていたのでしょう。もしそれで死んでも彼らはある意味幸せだった。オウム真理教を思い出しました。
主人公の画家は父親である教祖のせいで画家としての人生を邪魔された被害者だと思っているけど、実はそうではなくて、今後彼女は父と同じ道を歩むんだろうなと言う残酷な希望を持たせるラストが印象的でした。
画家の書いた5枚の作品にネット民がつけた表現の言葉が、さすが語彙の豊富な鋏池さんだと感心しました。
作者からの返信
七月七日さま、コメントありがとうございます。
宗教に救いを見出す人々の在り方や、その行為が当人にとっては真剣な選択であるという点。宗教って、難しいですよね。
主人公自身も「被害者」であると同時に、気づかないまま父と同じ論理に足を踏み入れてしまう存在として描いていましたので、ラストをそう受け取っていただけたこと、嬉しく思います。
また、五枚の絵に付与されていく言葉についても触れてくださり、ありがとうございます。天気という意味を持たないものに意味が重ねられていく過程を感じていただけたなら幸いです。
への応援コメント
ツカイケさんならではの「絶望を突き詰めた先」での解放感というか美みたいな感じが出ていてまたすごい鮮烈でしたね。
やばい宗教をやっていた父も、この「何か」に最後は操られる感じになっていたのとか。
呪系図もドウゲン先生が色々怪しいですが、裏ではもっと想像のつかない何かが蠢いているんだろうな、という感じがしてます。
作者からの返信
黒澤 主計さま、コメントありがとうございます。
あらがえない「何か」を表現して書きましたが、解放感や美と表現していただけ、嬉しいです。
呪系図の方ですが、ドウゲン先生が何をしようとしているのか、最後までお付き合いいただけましたら幸いです( ´ω` )/