自然とテラー:熊の気配 ―音の外側―
富澤宏
本章
三人は午前遅く、地元の低山に入った。
見通しのいい尾根道で、クマ鈴も鳴っている。
ユウは
「この時間帯なら、出ても遠くで気づく」
と言い、ノアも軽く頷いた。
ナギだけが、落ち葉の少なさと風向きを気にしていた。
斜面の下から、枝の折れる音がした。
重たい音だが、位置が定まらない。
熊だと断定するには早い。
だが、小動物とも言い切れない。
鈴は鳴っているのに、鳥の声が消えていることに、ナギが気づく。
今度は、上からも乾いた音が落ちてきた。
三人は顔を見合わせる。
距離が測れない。
近いのか、遠いのかが分からない。
「下がろう」
ナギが言う。
「様子を見よう」
ユウが返す。
ノアは無言で一歩踏み出しかけ、止まった。
藪が揺れる。
だが、寄ってはこない。
追ってもこない。
音だけが、周囲をなぞるように移動する。
三人は横一列になり、目線を切らさず、ゆっくりと後退した。
誰も走らない。
誰も声を荒げない。
ただ、境界を越えないように距離を保つ。
やがて音は途切れた。
風が戻り、鳥が鳴いた。
何がいたのかは分からないまま、三人は下山した。
麓で話を聞いた猟友会の重松は、首を振った。
「熊だったかもしれんし、違うかもしれん」
そう前置きしてから、低く言う。
「だがな。音が聞こえる距離は、もう安全圏じゃない」
「山で一番危ないのは、近いか遠いかを判断しようとする時だ」
三人は顔を見合わせた。
あの時、自分たちは確かに、
“境界”に立っていた。
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