夢のテーマパーク



「……本当に、来ちゃった。」


 私がそう呟いたのは、無理も無かったと思う。一面何かしらのお菓子で出来ていたから。ガレットで出来た地面、マシュマロのオブジェ、飴細工の入場ゲート。信じられない量のお菓子が、辺り一面の全てを形成していた。


「すごい、本当にあったんですね。」

「これが、『夢のスイーティア』なんだ……!」

「奇跡みたいな空間ですね。」


 ミラリは辺りを見回して感動していた。私も何か感慨深いものがあった。なんだか、やっと子供ではなくなったかのような誇らしい気持ちだった。


「じゃあ早速、中に入ろうか。」


 入場ゲートで、うさ耳店主に貰ったチケットを渡す。中に入ると、大きなチョコレートの噴水が私たちを歓迎していた。噴水広場、という看板がある通りだった。広場では沢山の人で賑わっていた。家族で写真を撮っていたり、学生同士でお揃いのカチューシャを買っていたりした。ミラリがそれを見て、私達もお揃いのリボンクリップを買って付けた。私はクリーム色、ミラリはミントグリーンのクリップだった。二人でワイワイ話しているとふと、バルーン販売が目に入る。クリアカラーが可愛らしいと思った。


「カノサ、あの風船、ゼリーで出来てるらしいですわ。気になりますか?」

「え、マジで……?」

「多分、本当です。」


 バルーン販売近くにあった看板にそう書いてあるようだ。それを聞いて思わず風船が欲しくなってしまった。なんだか、買っておかないと損なような気がした。早速買って風船をちぎってみる。この感触、間違いない。ゼリーだ。1口サイズにちぎった風船を口に入れると、私の脳がバチバチッと弾けるような感覚になった。


「お、美味しい。なにこれ、めちゃくちゃ甘い……!」


 かつてないほどの甘味に興奮してしまった。これがあればもう、タバコも麻薬も要らない。いや、むしろこれこそ麻薬なのではないか。そう思ってしまうほど、私はこのゼリーが気に入ってしまった。


「本当ですね。お砂糖の味が強い……」


 ミラリはそうでも無いようだった。想定より甘味が強かったようで、少し困惑しているようだった。私はその強い甘味に感動していた。


「いや、ホントに美味しいねコレ。ハマりそう。」

「そうですか? お口に合ったなら私のも食べますか?」


 遠慮なくミラリのバルーンも貰った。あまりに美味しくて、あっという間に無くなってしまった。


「ふー、美味しかった。けどいいの? 私、本当に全部食べちゃったよ。」

「ええ。私には少し甘すぎたので。カノサに食べてもらえて助かりました。」


 口々にバルーンの味の感想を言っていると、バルーン販売の店員が声をかけてくる。


「気に入っていただけたんですね! 嬉しいです。テーマパークで使ってる砂糖は皆、特別な砂糖なんですよ。スイーティア様が直に仕入れられた物です。」

「そうなんですね。とても美味しかったです、ヤミツキってこういう事を言うんですね。」

「そうです〜! 私ももうこのお砂糖の虜になっちゃって。それで働き始めたんですよ〜。」


 なるほど、と納得している私の横で、ミラリが白々しく、へぇ〜、と漏らしていた。あまりこの話題には興味無いだろうか。確かに口には合わなかったようだし、残していたし。早くこの店員との話を切り上げて次に行った方が良さそうだ。


「店員さん、またこのバルーン食べに来ますね。ご馳走様でした。」

「ありがとうございます。夢のスイーティア、どうぞ楽しんで。」


 そう言われて、私たちはバルーン販売から離れた。いつの間にかミラリはパンフレットを入手しており、次の行き先を決めていた。


「私、この迷路が気になります。」

「そうなの? じゃ、それ行こ。」


 ケーキエリアにあるという迷路を目指して私たちは歩き始める。ショートケーキやチョコケーキ、フルーツタルトなんかがモチーフであろう建物が並ぶ、まさに名前の通りのエリアだった。迷路は巨大なホールケーキをカットして作っているらしい。真っ白な生クリームに赤いいちごが挟んであるショートケーキの壁が迷路になっていた。


「どっちが先にゴールできるか勝負しませんか?」

「いいね、負けないよ。」

「ケーキを食べたり昇ったりしないで下さいね。」


 おどけた顔で茶化してくる。こういうところが可愛いんだよな、と思いながら返事をする。


「しないよ〜」


 こちらも笑って返事を返すと、二人ともケラケラと笑った。その直後、何かを思い出したようにミラリが収納アイテムから小さな鞄を取り出す。


「カノサは収納が無いので私が持ってましたけど……先に出たカノサに何かあっては困りますのでこちらを持っていて下さい。少額のお金があります。」


 鞄の中には三つ折りの小さな財布が入っていた。鞄にはまだ余裕があったので、自分の通信デバイスもしまっておく。


「もう、子供扱いして〜。……ていうか、負ける気なの?」

「違います! 一応、念の為ですよ。」


 こうして一人で迷路を回ることが決まった。ずっと同じ模様の壁で、ここは通ったことがないのか、何度も通ってるかさえわからない。まったくゴールが見えてこず、ミラリに負けるかも! と焦り始めた。


「ほんと、美味しそうなケーキ。」


 こんなに綺麗なケーキ、食べたことないな。本当に素敵だな。現実になんか帰りたく無くなるくらい、素敵な場所だな。……なんて、何考えてんだか。早く出口を探さなければ。壁に触れぬよう歩き続けると、開けた場所にでた。ようやく出口かと見渡してみたが、出口らしきものはない。随分広い行き止まりだ。そこには屋台がひとつあり、何かを売っていた。ケーキに紛れないほどの甘い香りと、店の前にあるベンチが、飲食店であると訴えていた。先程食べたバルーンを思い出しながら、お店に近づく。


「あら、お客さん? こんなとこまで来るなんて珍しい。」

「迷路で迷っちゃって。行き止まりでしたね。」


 話しかけてくれた店員に返事をする。キョトン、とした後に何か納得したような顔をしてから話を続けてくる。


「あ〜、迷路ね! 迷うもんですって。そんなことよりお客さん、試食はいかが?飴玉なんです。」


 そう言うと、店員は私に小さな包みをくれた。開けてみると、ピンクと黄色と水色……淡い虹色の可愛らしい飴玉だった。ふわりと香る甘さに耐えきれず、ひとつ頬張る。


「お、美味しい! とっても甘い……。」

「でしょでしょ。さっきのバルーンより、美味しいでしょ?」

「うん、さっきのバルーンも美味しかったけど、この飴玉の方が甘くて好き!」


 感動した。この世にここまで甘いものがあったなんて。でもきっと、こんなに美味しいものお高いんだろう。そう思って値札を見る。一粒三百円の飴玉、やはり高い……でも。店主がセールストークをしてくる。


「お客さんのその顔! 私も嬉しくなっちゃった。んー、そうだな。五粒につき二千円でどう? 結構お得になったと思うんだけど。」


 正直、もうそれが高いか安いかなんてどうでもよかった。もう早く、次の粒が欲しい。


「私今、お金がこれだけあるの。……買えるだけください。」

「え? そんなに貰えないよ〜。飴玉の数にも限りがあるからね☆ そうだな、じゃあ三千円で十粒あげる。残りの二千円は大事に使うんだよ。」


 なんて親切な人なのだろう。有難く十粒買わせてもらう。ついでに出口までの道順まで教えてくれた。それにしても本当に美味しい飴玉だった。もしかして、このショートケーキの壁も……。そんな気持ちを払拭し、無事迷路の外に出られた。外はもう、すっかり日が暮れていて、ミラリが怒っていた。


「もう、カノサ、どんだけ遅いんですか。」

「え?ごめんー……。」

「ごめんではありません。貴方、五時間も何してましたんですか? スタッフに聞いても見つからないと言うし、どれだけ心配したことか……。」

「五時間……?」


 いくらなんでも時間がかかりすぎている。どうしたことかと自分の行動を振り返ってみたが、そこまでおかしなことはしてないはず。自分が経験したことをそのままミラリに伝える。


「えぇ……? おかしいですね。私はお店など特にお見かけしていません。なにか夢でも見ていたのではないですか?」

「そんなこと無いと思うけど……。」


 二人とも違和感に首を傾げた。お店は絶対にあった。実際に私が購入した飴玉をミラリに見せる。小瓶の中で転げる飴玉と、財布からお札が数枚消えていることを確認したミラリは、私が嘘をついたり騙されたりしているわけではないと信じてくれた。


「うーん、まあとりあえず、この話はここまでにしましょうか。」

「そうだね。何かあったらまたすればいいだろうし。」


 私はミラリに財布と鞄を返し、飴玉を口に入れた。


「そんなに美味しいんですか? それ。」

「うん。すっごい美味しい。やばいよ、食べる?」


 飴玉を小瓶から取り出してミラリの方に近づける。ミラリは自身の胸の前で手を降って拒否する。要らないみたいだ。


「あまり甘いものは苦手だと、今回わかりましたので。」

「ふーん。じゃあ、あげない。」


 そう言ってその飴玉も口に運ぶ。口の中で二つの幸せがぶつかり合う。出てきた小さな欠片をガリガリ噛むのもなんだか少し楽しく感じ始めていた。それを見たミラリは少し何か考えるような顔をした後、ハッとして私に話かけてくる。


「そうです! 私、一人の間に宿を取りました。なのでそちらに向かいましょうか。ビュッフェ形式のお夕食が頂けるみたいです。」

「ビュッフェ?」


 聞いたことのない単語が出てきた。ビュッフェ。なんだそのカタカナ。一つになってしまった飴玉を舌で転がしながら自身の能内辞書を引いてみるが、その意味はもちろん、似たような言葉も出てこなかった。ミラリは私がビュッフェを知らないからと、優しく教えてくれた。


「会場から好きな物を自分で取ってきて食べるスタイルのことです。」

「へぇー。そんなのがあるんだ。楽しみ!」


 時々、ミラリの知識量に驚くことがある。私と同じ生活をして、途中から私と同じように生きてきたはずなのに。この知識量の違いは何なのだろう。まるでもう一人良い生活をしているミラリが居て、二人で知識を共有しているようだ。まあ、そんなのが居たらそいつは化け物だから早く駆除した方が良いと思うけれど。……私がミラリを駆除できるかはわからない。


「早くしないと、夕食の時間が終わってしまいます。急ぎましょう。」


 連絡デバイスで時間を確認したミラリが少し慌てる。もう夕食の時間は始まっているらしい。ここから歩いて十分ほどの場所にあるというホテルに急いだ。

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