お気に入りの椅子に座る、それが働くということ

深見双葉

お気に入りの椅子に座る、それが働くということ

私を、今の仕事に留めているもの。それは、オフィスの椅子。

仕事に、生きる意味なんて、感じないけれど。

それでも、私は、お気に入りの椅子に座るために、今日も、仕事へ向かう。


私が与えられている、デスクもなかなか立派だ。

フレンチのフルコースが、ずらりと並べられるくらいの、広さがある。

その上に、デスクトップPC、モニター2台、タブレット……令和感いっぱいの横に、昭和感しかない書類の山。

今現在の、混沌とした世界を、ぎゅっと凝縮したような景色が、目の前に広がっている。


そして、何より、私のお気に入りは椅子。

CEOが座る、ハイクオリティの椅子でもなければ、ゲーミングチェアレベルでもない。

どこのオフィスにもある、キャスター付きの、黒くて平凡な椅子。

それでも、私の背中をゆったり支えるのに、じゅうぶんな背もたれの高さ。座るところのクッション部分の大きさは、私のおしりの2倍はある。

ほどよいフィット感。

私には、ちょうどいい、そんな椅子。


椅子は、

時に、靴を投げ出し、ちょこんと座っても。

時に、思いっきり回転させて、見える景色を回しても。私を、支え続けてくれている。


私が、一生会うことはない、このオフィスを作った、上の方の偉い人たちは、

長く働いてもらえるようにと、あの手この手で、サービスしてくる。

無料のマッサージ。あらゆるフレーバーが取り揃えられた、飲み放題のコーヒー。季節のイベント毎に配られるお菓子。

完璧に管理された、空調。

そして、

完璧に管理された、働かせるシステム。


でも、私は、そんなサービスやシステムに、なんの意味も価値も見出せない。

私は、与えてもらった椅子さえあれば、働くことができるのだ。


この話を、経営者の友人にした。

「私は、オフィスの椅子が好きだから、仕事へ行ってる」と。

友人は、苦笑いしながらこう言った。

「そんな理由で続けるなら、仕事辞めれば?」


でも、それは、私には、違うことなのだ。

働くことは、生きることの証明なんかじゃないのだ。本当は。

働くことで、命を燃やすことなんてしなくて良いのだ。本当に。


もし、そう思わされているのなら、それは洗脳されているのだ。上の方にいる偉い人たちから。


働いて、その分のお金をもらう。

働いて、人と関わる。

働いて、ほんの少し、人の役にたつ。


働くって、それだけで、いいんじゃない?

そう思っているから、私は、今日も、私のお気に入りの椅子が待ってるオフィスへ向かう。


そして、「今日も一日、よろしくね」と、心の中で声をかけながら、椅子を綺麗に拭いて、座る。


それが、私にとっての働くことのすべて。もしかしたら、他の人たちにとっても、それぞれのお気に入りに出会いに行くことが、働くことのすべてかもしれない。


たとえ今、まだ、お気に入りの椅子に出会えてなくても、いつか、あなたの椅子が見つかるかもしれないし、見つからなくても、いいのかもしれないな……と。


私は、椅子に座って、世界を眺めながら、そんなことに思いを馳せる。




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