勇者のための備忘録

又足たまで

序章 勇者、ここが異世界です

第1話 勇者はかっこいいものだ

「はあ!? 僕が追放!? どうして!?」


「いや、ですから『無形遣い』様は、2年間一度も依頼の手続きを行わなかったため、活動の意思がないものと見なし……

 この冒険者ギルドから追放、除名処分となります。」


「…………あっすみませんでしたあ……」



――冒険者ギルドから追放されたことはあるか?


僕はある。今日がそうだ。





「あの、最後にパンだけ」


「ダメです! 冒険者証を返して帰ってください!

 働く気がないならクビになるのは当たり前でしょう!」


「うう! ごめんなさいこれです! すみませんでした!」


ぺこぺこ頭を下げ、僕は石でできた灰色のタグを返す。

そのまま逃げ去るようにギルド、ひいては酒場を出ていった。背中に刺さる視線が痛かった。



悪いことなどしていない。何もしてない。

仕事をサボった、その通り。

除名や追放は流石に大袈裟すぎると思いたいが、思いたいだけで大袈裟じゃないんだろう。


こうなるってわかってたらもっと真面目にやってたよ。

最初に説明されたな。全部僕のせいだ。すみません。


「うう……おなかすいた……」


日は沈みかけの夕暮れ。

ポーチの中には3日前ほどに届いたギルドからの手紙と、銀貨が4枚(つまり400エン)と、瓶入りの飴。それだけ。


別にひもじいわけではない。2年仕事をしなくても食えるだけの資金が僕にはある。

だが、あのギルドの酒場にあるパンは最高に美味しい。たまに買ってた。

今日も帰りに食べようと思って……こんなことになるなんて。


いや僕のせいだ……どう考えても……。


「……よし、社会に貢献しよう」


僕は決めた。ボランティアをしよう。

依頼がなくても迷宮に潜ろう。

そして見つけた宝やアイテムをギルドに寄付する。

そうしたらなんか、うまいこと名誉挽回になるんじゃないか?

あの受付嬢さんも見直してくれるかもしれない。

僕は手遅れになってからの方がやる気が出るタイプだった。





「しかし毎度のことながら暗い……」


街の付近から調査できる、迷宮の浅層に自分はいた。

夜目が利く種族ならともかく、普通の人間には見れたものでない。

もちろん攻略された場所(山で言うと登山道みたいなところ)には明かりも付くのだが、二層ですらまだ完全に踏破されたとは言えない。


だから、冒険者が毎日のように歩く。

地図を埋めつくし、この地下の果てから果てまでを証明するために。


「ギギーッ!」


「うわっ、ゴブリン……」


まあ、もちろん危険もある。

ゴブリンを侮る冒険者など新米くらいだ。定義上は僕も新米? そっか。

ともかくソロで動いてタコ殴りにされるのも御免だ、見つからないように隠れて進……


もうとしたら、落ちた。


文字通り。


床を踏み抜いて、落ちたのだ。


(ハッ、落とし穴───)

(い、や)


(転移罠!?ゴブリンが!?嘘、)



「だ、ろ……」



地面に(自分が思っていたよりは綺麗に)着地したと同時、悪寒が走った。

景色が違う。まるきり違う。

今まで歩いた浅層のどこにもない、まるで樹海めいた森の景色、空を見上げれば一面の空。

迷宮の内部だと断言できるはずなのに、明らかに外。


僕は直感した。

より下層に転移したんだ。


(まっずい…………!)


まずい、まずいまずいまずい!

見渡す限り森、茂み、遠くに水辺、獣道と鳥の影!

耳を澄まさずとも聞こえる魔物たちの声!


そもそもなぜゴブリンが転移罠を!? いや、冒険者が仕込んだものか!? なんの動機で!? そもそもなぜ僕が引っかかった!?

ここはどこだ、早く脱出しないと───


「あ」


目が良いことをこの日は恨んだ。

木々の向こうにいる大きな、グリズリーめいた魔物と顔が合った。


引きつって笑う。大きな咆哮。

ああ今から死ぬのか僕。

案外弱っちかったりしないかな。ダメか。


「い、いやだいやだいやだ死にたくないッ……!!」


自分目掛けて走る姿は異常なほど速く、譫言を呟きながら手を掲げるのが精一杯だった。

影が差す。咄嗟に目を瞑る。

ああ死ぬ。ごめんなさいお母さん。

ごめんなさいギルドの人、ごめんなさい、死にたくない死にたくない死にたくない───……


《死にたくない》。



  ドン!、


何かが強く弾き飛ばされる音。それから地鳴り。


……。

…………。


……あれ。


「え……?」



恐る恐る、目を開ける。

目前にいたのは自分の3倍やらも大きい魔物、ではなかった。


「$&&、UYQ`#+、HJ……!?」


知らない言語で喋る男。

背後からは黒髪で、襤褸を纏っていること、剣を携えていることしかわからない。

だがそれより重要なのは、その先に魔物が倒れていることだった。


「……ちょっ、はあ!? 倒した……!? 生きてる!? おま、お前何だ!?」


「&、EGWQT! )TZQ」


男が振り向く。赤い目だけが妙に爛々としている。

楽しそうに僕に話しかけてきている。

ただ何を言っているのかは不明……というか僕いま感謝より先に「お前何だ?」とか言った? すみません訂正してお詫びします。


「あ、ああもう……! ちょっと待ってくれ、いま通じるようにする……!」


聞いてなかったなら幸いだが、話ができなければ先に進めない。

今すぐにでもここから逃げ出したかった、こいつが先の層を攻略している冒険者なら大当たり。


僕は手持ちの飴を取り出して、急いで齧った。バリバリと咀嚼の音。

少しずつ意識が透き通っていく。呼吸が軽くなる。

膨大な魔力が蓄積されている飴だ、大抵の言語は通じるはず。


「UYQ`&maえ急に飴とか舐めだして、どうした!? 壊れたか!?」


「あ、あ、よし、通じた! 助けていただきありがとうございます!!

 ごめんなさい、上の層からなんでか迷い込んじゃって……!」


「上の層……!? マジかよここステージ1っぽい雰囲気なのに!?」


「え」


もしかしてこの人も迷子?


「と、とにかくここから脱出しないと!

 道わかりませんか!? どこから出られるとか……」


「あー出る方法ならある、あるが、待ってくれ」


「わかりました待ちます!!」


「いや待たんでいい、あれだ。囲まれてる」


「え?」



周囲を見回す。

先ほどより多くの視線を感じた。

殺意、憎悪、復讐心、多くの敵意を綯い交ぜにした自分たちを射殺すような目。

全部、あの魔物の仲間だろう。同胞が倒れたから。そうか。

今度こそ死んだか。いやダメだ。他に人がいる。

この人が死んでしまうのはダメだ。助けてくれたんだ。


「あーどうすっかな、さっきのはもう回数切れ……」


「ッ一発打ちます!! その間に逃げて!!」


「おっ?」


僕は襲われた時と同様に手を掲げた。

魔法使いとして念じる。


《火よ、多く、広がれ、弾けよ》!


───轟音。


「……うっ、おお……!? 花火みてえ!!」


視界の中、こちらに迫らんとしていた魔物たちが爆発し、吹き飛び、燃え上がり喚いている。

何度も何度も念じる。大きな魔物に向けたことはなかった。

それでも念じる。どうか全部倒れてくれ。


「はっ、はあ、…………やった……」


魔力が切れかけるのと同時、最後の一体が地に伏した。

膝をつきそうになった僕の身体を男の人が支えてくれる。


「なーいすっ! 今のうちに逃げっぞ、じっとしてろよ!」


「は、」


何か返事をするより先に───





僕たちは、街の外れに戻ってきていた。


「……い 生きてる 生きてるっ……

 生きてる、生きてる生きてる生きてる……!!

 すみ、ません、本当にありがとうございます……!」


咄嗟に身体を離して、黒髪の彼に何度も頭を下げる。

彼は快活に、「いいってことよ!」と返してくれた。


……優しい人だ。そう思った。

あの状況で間に入って、僕を助けてくれた。自分の身だって危うかっただろう。

かっこいいな。こんな人になれたらいいんだけどな。そう、思った。


「これも勇者のおつとめってやつだからなー! はっはっは!

 やー俺もお前が生きててよかったよ!」


「……ッ勇者!? まさか、あなた、勇者なのか……!?」


「おう、勇者だよ。よろしくな」


伝記や叙事詩で読んだ話を思い出す。

酒場でならホラ話だと一蹴するものだが、先ほど助けられてしまってはそんなことも言えない。


……まさか、本当に。あの“勇者”が。


「で、さっきの場所って何だったんだ? ダンジョン的なやつ?

 つーかここどこ? 街どっち?」



……本当に?

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