勇者のための備忘録
又足たまで
序章 勇者、ここが異世界です
第1話 勇者はかっこいいものだ
「はあ!? 僕が追放!? どうして!?」
「いや、ですから『無形遣い』様は、2年間一度も依頼の手続きを行わなかったため、活動の意思がないものと見なし……
この冒険者ギルドから追放、除名処分となります。」
「…………あっすみませんでしたあ……」
――冒険者ギルドから追放されたことはあるか?
僕はある。今日がそうだ。
*
「あの、最後にパンだけ」
「ダメです! 冒険者証を返して帰ってください!
働く気がないならクビになるのは当たり前でしょう!」
「うう! ごめんなさいこれです! すみませんでした!」
ぺこぺこ頭を下げ、僕は石でできた灰色のタグを返す。
そのまま逃げ去るようにギルド、ひいては酒場を出ていった。背中に刺さる視線が痛かった。
悪いことなどしていない。何もしてない。
仕事をサボった、その通り。
除名や追放は流石に大袈裟すぎると思いたいが、思いたいだけで大袈裟じゃないんだろう。
こうなるってわかってたらもっと真面目にやってたよ。
最初に説明されたな。全部僕のせいだ。すみません。
「うう……おなかすいた……」
日は沈みかけの夕暮れ。
ポーチの中には3日前ほどに届いたギルドからの手紙と、銀貨が4枚(つまり400エン)と、瓶入りの飴。それだけ。
別にひもじいわけではない。2年仕事をしなくても食えるだけの資金が僕にはある。
だが、あのギルドの酒場にあるパンは最高に美味しい。たまに買ってた。
今日も帰りに食べようと思って……こんなことになるなんて。
いや僕のせいだ……どう考えても……。
「……よし、社会に貢献しよう」
僕は決めた。ボランティアをしよう。
依頼がなくても迷宮に潜ろう。
そして見つけた宝やアイテムをギルドに寄付する。
そうしたらなんか、うまいこと名誉挽回になるんじゃないか?
あの受付嬢さんも見直してくれるかもしれない。
僕は手遅れになってからの方がやる気が出るタイプだった。
*
「しかし毎度のことながら暗い……」
街の付近から調査できる、迷宮の浅層に自分はいた。
夜目が利く種族ならともかく、普通の人間には見れたものでない。
もちろん攻略された場所(山で言うと登山道みたいなところ)には明かりも付くのだが、二層ですらまだ完全に踏破されたとは言えない。
だから、冒険者が毎日のように歩く。
地図を埋めつくし、この地下の果てから果てまでを証明するために。
「ギギーッ!」
「うわっ、ゴブリン……」
まあ、もちろん危険もある。
ゴブリンを侮る冒険者など新米くらいだ。定義上は僕も新米? そっか。
ともかくソロで動いてタコ殴りにされるのも御免だ、見つからないように隠れて進……
もうとしたら、落ちた。
文字通り。
床を踏み抜いて、落ちたのだ。
(ハッ、落とし穴───)
(い、や)
(転移罠!?ゴブリンが!?嘘、)
「だ、ろ……」
地面に(自分が思っていたよりは綺麗に)着地したと同時、悪寒が走った。
景色が違う。まるきり違う。
今まで歩いた浅層のどこにもない、まるで樹海めいた森の景色、空を見上げれば一面の空。
迷宮の内部だと断言できるはずなのに、明らかに外。
僕は直感した。
より下層に転移したんだ。
(まっずい…………!)
まずい、まずいまずいまずい!
見渡す限り森、茂み、遠くに水辺、獣道と鳥の影!
耳を澄まさずとも聞こえる魔物たちの声!
そもそもなぜゴブリンが転移罠を!? いや、冒険者が仕込んだものか!? なんの動機で!? そもそもなぜ僕が引っかかった!?
ここはどこだ、早く脱出しないと───
「あ」
目が良いことをこの日は恨んだ。
木々の向こうにいる大きな、グリズリーめいた魔物と顔が合った。
引きつって笑う。大きな咆哮。
ああ今から死ぬのか僕。
案外弱っちかったりしないかな。ダメか。
「い、いやだいやだいやだ死にたくないッ……!!」
自分目掛けて走る姿は異常なほど速く、譫言を呟きながら手を掲げるのが精一杯だった。
影が差す。咄嗟に目を瞑る。
ああ死ぬ。ごめんなさいお母さん。
ごめんなさいギルドの人、ごめんなさい、死にたくない死にたくない死にたくない───……
《死にたくない》。
ドン!、
何かが強く弾き飛ばされる音。それから地鳴り。
……。
…………。
……あれ。
「え……?」
恐る恐る、目を開ける。
目前にいたのは自分の3倍やらも大きい魔物、ではなかった。
「$&&、UYQ`#+、HJ……!?」
知らない言語で喋る男。
背後からは黒髪で、襤褸を纏っていること、剣を携えていることしかわからない。
だがそれより重要なのは、その先に魔物が倒れていることだった。
「……ちょっ、はあ!? 倒した……!? 生きてる!? おま、お前何だ!?」
「&、EGWQT! )TZQ」
男が振り向く。赤い目だけが妙に爛々としている。
楽しそうに僕に話しかけてきている。
ただ何を言っているのかは不明……というか僕いま感謝より先に「お前何だ?」とか言った? すみません訂正してお詫びします。
「あ、ああもう……! ちょっと待ってくれ、いま通じるようにする……!」
聞いてなかったなら幸いだが、話ができなければ先に進めない。
今すぐにでもここから逃げ出したかった、こいつが先の層を攻略している冒険者なら大当たり。
僕は手持ちの飴を取り出して、急いで齧った。バリバリと咀嚼の音。
少しずつ意識が透き通っていく。呼吸が軽くなる。
膨大な魔力が蓄積されている飴だ、大抵の言語は通じるはず。
「UYQ`&maえ急に飴とか舐めだして、どうした!? 壊れたか!?」
「あ、あ、よし、通じた! 助けていただきありがとうございます!!
ごめんなさい、上の層からなんでか迷い込んじゃって……!」
「上の層……!? マジかよここステージ1っぽい雰囲気なのに!?」
「え」
もしかしてこの人も迷子?
「と、とにかくここから脱出しないと!
道わかりませんか!? どこから出られるとか……」
「あー出る方法ならある、あるが、待ってくれ」
「わかりました待ちます!!」
「いや待たんでいい、あれだ。囲まれてる」
「え?」
周囲を見回す。
先ほどより多くの視線を感じた。
殺意、憎悪、復讐心、多くの敵意を綯い交ぜにした自分たちを射殺すような目。
全部、あの魔物の仲間だろう。同胞が倒れたから。そうか。
今度こそ死んだか。いやダメだ。他に人がいる。
この人が死んでしまうのはダメだ。助けてくれたんだ。
「あーどうすっかな、さっきのはもう回数切れ……」
「ッ一発打ちます!! その間に逃げて!!」
「おっ?」
僕は襲われた時と同様に手を掲げた。
魔法使いとして念じる。
《火よ、多く、広がれ、弾けよ》!
───轟音。
「……うっ、おお……!? 花火みてえ!!」
視界の中、こちらに迫らんとしていた魔物たちが爆発し、吹き飛び、燃え上がり喚いている。
何度も何度も念じる。大きな魔物に向けたことはなかった。
それでも念じる。どうか全部倒れてくれ。
「はっ、はあ、…………やった……」
魔力が切れかけるのと同時、最後の一体が地に伏した。
膝をつきそうになった僕の身体を男の人が支えてくれる。
「なーいすっ! 今のうちに逃げっぞ、じっとしてろよ!」
「は、」
何か返事をするより先に───
*
僕たちは、街の外れに戻ってきていた。
「……い 生きてる 生きてるっ……
生きてる、生きてる生きてる生きてる……!!
すみ、ません、本当にありがとうございます……!」
咄嗟に身体を離して、黒髪の彼に何度も頭を下げる。
彼は快活に、「いいってことよ!」と返してくれた。
……優しい人だ。そう思った。
あの状況で間に入って、僕を助けてくれた。自分の身だって危うかっただろう。
かっこいいな。こんな人になれたらいいんだけどな。そう、思った。
「これも勇者のおつとめってやつだからなー! はっはっは!
やー俺もお前が生きててよかったよ!」
「……ッ勇者!? まさか、あなた、勇者なのか……!?」
「おう、勇者だよ。よろしくな」
伝記や叙事詩で読んだ話を思い出す。
酒場でならホラ話だと一蹴するものだが、先ほど助けられてしまってはそんなことも言えない。
……まさか、本当に。あの“勇者”が。
「で、さっきの場所って何だったんだ? ダンジョン的なやつ?
つーかここどこ? 街どっち?」
……本当に?
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