第3話




 とにかく山田は、真面目だ。

 龍之介が驚くほど真面目にカードゲームに取り組み、予習復習を欠かさない。

 いやいや、あくまでゲームなんだから、そんなにやらんでも、と誘った龍之介が思うほどだ。

 無表情、無感情は相変わらずだが、それに関しては、何だ。

 彼曰く。

『元々我々には肉体という概念がなかったから、イマイチよく分からないんだ』

 ということらしい。

 面倒なので、龍之介はそれらの言葉を全部、スルーすることにしている。


 だって、宇宙人って。

 だからって特別、何かできるわけでもないらしいし、証拠のようなものもないらしいし。

 なのに、彼の話にいちいち質問したり、熱心に内容を理解しようとするのは面倒だろう。スルーが一番いいに決まっている。


 だが不思議なことに、一緒にいればいるほど山田の宇宙人発言に、妙な信憑性を感じるようになってきたのも事実だった。

 彼は確かに頭が良い。

 数学に関しては、本当に優秀らしい、と他の教師が言っていた。

 だが、一般常識が驚くほど欠けているのだ。

 毎日のように顔を合わせているとは言え、生徒と先生。授業以外にこれまで、そこまで接点もなかったが……

 知れば知るほど、なんだか変だ。


 特に気になったのは、味覚。

 二回目の時、

『教えてもらうのだから、私が持ってくる』

 と言うもんだから、ドリンクバーでコーヒーを入れてきてもらったのだが、

『同じ白い粉だったからいいと思った』

 とか言って、その辺にあった塩を入れてきたのである。

 あれには参った。


 それから、感情に対する好奇心。

 ファミレスには色々な人間がいる。

 親子連れや、カップルや、騒いでいる学生の集団などなど。

 それらを見つけては不思議そうに眺めている。


 今日は斜向かいの席で、恋人同士が別れ話をしているようだ。

 ここに来てすぐ、龍之介はまず飯を食うことにしている。

 この時間なら、ドリンクバーだけで居座っても怒られないことは、他の客を見れば分かるけれど、龍之介は、ちゃんと他のものを頼むようにしている。

 普通におやつの時間にはお腹が減るし、店にも申し訳ないし。

 で、食べている間、案の定、山田はそのカップルをずっと見つめていた。

「あんま見てると、怒られますよ」

 一応、声を潜めて言うと、彼は視線を龍之介へと戻し、少しばかり眉を寄せると、一応、同じように声を潜めた。

「そうなのか」

「よくそんなんで、今まで教師が務まってましたね……」

「変か」

「変というか、不思議ッス」

「おかしい部分があったら、遠慮なく言ってくれ。私がもっとちゃんと地球に馴染めていれば、お前に気がつかれることもなかったんだろうし……」

 もちろん龍之介は、ちょっと笑ってみせただけで、その発言をスルーした。


 けどまぁ、ちょっと考えたのは、教師だからこそ、『こんなんでも』成り立っていけてるんじゃないか、ということ。

 学校は閉鎖的空間だし、先生は生徒にとって絶対的存在だし、先生同士の繋がり合いも、必要以上にはなさそうだし。

 もしこんなんが、普通のサラリーマンだったら、絶対やってけてないだろうな、と思うもの。


 だが彼が教師になったのは、どうやら狙ったわけじゃなく、偶然の産物だったようだ。


「私が地球に来たのは、かれこれ一年ほど前だ。ここは、やっとのことで辿り着いた生命のいる星で、私はかなり弱っていたから死を覚悟していた。だが偶然、死んでいた男と鉢合わせて、その身体を貰うことにしたんだ。今でも本を読んだり、インターネットで調べたりして、地球の人間について学んでいる最中だ」

 訊いてもいないのに、この間、教えてくれた。

 どうやらその、というのが山田正章という人で、数学の教師だったらしい。

 彼には、家族や近い親族はおらず、元々口数が少ない男だったのだろう。今まで誰からも入れ替わったことを疑問に思われることなく、ここまで来たんだとか。

「ちょうど夏休みというものの最中だったのも幸いしたんだ」


 とは言え、この調子。

 ちょっと話してみれば今の山田が『普通』とはだいぶ程遠い存在だと気付きそうなものだが、それだけ元の『山田正章』は孤独な人生を送っていたのだろうか。

 もしくは最初から変わった男だったのかもしれない。

 数学の教師などやっていたのなら、有り得る。

 今となっては彼がどのような生活をしていて、どのような人物だったのか、知る術はないらしいが。


 一息つくと、山田が側に置いてあったカードを手に取り、切り始めた。

 カードを一枚ずつ、スリーブに入れ、ゲームをプレイする用に構築した、いわゆるデッキと呼ばれるものだ。

 カードゲームはデッキを組んで、それで戦う。もちろん作ったのは、龍之介だ。

 まずはシングルプレイを覚えてもらおうと、分かりやすいデッキを組んで、山田にあげたのだ。


「ちゃんとカード、きれるようになったじゃないッスか」

 手つきはまだまだ、ぎこちないが、ついこの間までトランプにすら触れたこともなかったことを考えれば、かなりの進歩だろう。

 山田は特に自慢げにでもなく、頷く。

「お前に言われた通り、トランプを買って練習したからな」

「マジでそんなコトしたんだ?」

「約束だからな。それに、一般常識だと言われたら、やっておかないわけにはいかないだろう」

 彼は、地球について学習中というだけあって、『普通は』『一般的には』『常識だよ』なんて言葉に弱い。

 最初こそ、ちょっとからかって嘘を教えてやろう、なんて悪戯心があったりしたけれど、あまりに彼が真面目なので、今では、シャレにならないことは止めておこう、と龍之介も考えを改めている。


 本人曰く、地球に溶け込もうと、できる限りのことはしているらしい。

 龍之介から見ると、おかしなところが目立ち、かなりマイペースに見えなくもないが、まったくのゼロスタートで、一年でここまで……少なくても表面上は、『ちょっと変な人』と思える程度にまでなっているのは、やはり、かなりの努力をしているのかもしれない。


 そう考えてみると、こうして目の前で熱心にカードを切っている姿も、まるで子供が『出来るようになったんだよ、見て!』と自慢しているかのように見えないこともない。

 とてもゆっくりだが、確実だ。

 ちょっと、動きが単調で、ブレがなさ過ぎて、アンドロイド味があるけれど。

「始めましょーか」

 龍之介が呆れたようにそう言うまで、彼は飽きることなくずっと、その手を動かし続けていた。


 プレイングを教えながら、実際に何度か戦ってみると、一応、試合にはなった気がする。

 山田はセンスはないが、なかなか飲み込みが早い。熱心だからだろう。

 息の長いカードゲームになると、どんどんルールが追加され、複雑になっていくものだが、ジャン・ウォーはまだ、始まって一年そこそこのゲームであることも幸いした。

 出ているカードの種類がまだ少ないので、覚えることも少なくて済む。


 何戦かした後、休憩を挟む。

 龍之介がドリンクバーから戻ってみると、ちょうど、というべきなのか、どうか。

 先ほどのカップルの別れ話がこじれたのか、女の方が泣きながら店を飛び出していくところだった。

 でも男の方はどうやら、追いかけるどころか清々したようだ。さっぱりした顔で携帯電話を取り出し、早速、誰かにメッセージを打ち始めた様子。

 そしてその場面を、じっと見つめる、山田。


 龍之介が席に座ると、すぐに彼と視線が合った。

「どうすればいいと思う?」

 先ほど学んだばかりの、ヒソヒソ声で、訊いてくる。

「どう?」

「仲裁か?」

「え、なんで?」

「いや、した方が親切なのかと思って……」

「絶対必要ないっす」

 よしんば必要あったとしても、赤の他人だ。

 面倒に、わざわざ首を突っ込むこともないし、向こうだって余計なお世話だと思うに違いない。

 即答した龍之介に、山田はやたら感心したようで、興味深く頷いた。


「すごいな、高橋は」

「え、今その要素、ありました?」

「私には、その判断が難しい」

 本やネットで得る情報だけでは、と。

 そりゃあそうだ。

 そもそも人間には色々な人がいて、色々な状況があり、色々な環境がある。

 人間関係について、いくらネットや本で調べてみたって、こればっかりは、実際の場面になってみないと分からない。


「人間関係って、思ったよりずっと複雑ッスからね」

 感情についても、然り。

 山田は視線を落とし、珍しく憂鬱そうな表情を浮かべた。

「難しいな」

「何十年生きても正解がないって言いますしね。ま、だからこそ逆に、先生みたいに変なのも、許されるっていうか」

「私は普通に、人々に馴染みたいと思っているのだが」

「そもそも最近じゃ、その普通っていうのも、あやふやッスから」

「難しいな……」

 先ほどと同じ言葉を言い、黙り込んだ山田。

 いつものフリーズとは、またちょっと違うように見える。

 龍之介は顎に手を当て、ちょっとだけ考えて、から。

「まず友達でも作ってみたらどうですか?」

 かなりマトモなアドバイスをしたつもりだ。


「ともだち……」

 山田は単語を繰り返すと、人差し指を立て、龍之介を見た。

 すぐにピンとくる。

 宇宙人と言えば、ではあるけれど。

「それ、映画ね」

「ふむ」

「でも冗談抜きで、友達作るのはアリだと思いますよ」

「そうは簡単に言うが……どうすれば友達が作れるだろうか」

 真面目な顔して教師が生徒に訊くことではない。

 ちょっと笑いそうになるのを、堪える。

 とはいえ、小学校の時から、決して人気者ではなかったが、友達に不自由したこともなかったので『どうやったら友達ができるか』なんて考えたこともなかったが。

「ん~……趣味が合う人を探す、とか?」

「趣味は探し中だ。いや、地球について調べること、だろうか」

「読書とネットサーフィンってこと? や、趣味とは違うか。必要があってやってんだろうし」

「それに、怖いんだ」

「趣味が?」

「いや、友達を作るのが……」

「これ以上、笑わせないでもらえます?」

「私は真面目に言っているが?」


 聞いたところ、つまり。

「他人に近づくのが怖い」

 のだとか。

「こうして、宇宙人だとバレてしまうかもしれない。ちゃんと地球人に溶け込めている自信がないんだ……」


 ぶっちゃけると、本人が言わなければ、バレることはないんじゃないか、と思われる。

 宇宙人だからって、特別になにかがあるわけじゃないし、見た目は立派な人間だし……と言うかはまんま人間らしいし。

 奇行が続けば、精神科を紹介されるかもしれないが、別にNASAに通報されることはあるまい。

 そう言ってみたけれど、山田は自分が宇宙人であることを、やたら気にしているようで。

 だんだん面倒になってきて、龍之介は後の言葉を、いつものように、適当にスルーすることにした。



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