宇宙人★奇譚
ゆあさ
第1話
彼は、本物の宇宙人、らしい。
本人がそう言うんだから、きっと間違いないんだろう……か?
正直言って、それに関しては未だ、よく分からないままである。
正確に言えば、人間だって紛うことなき宇宙人だ、なんて話ではない。
この場合の宇宙人とは、宇宙から来た未知の生命体のことを示す。
ぶっちゃけ宇宙人の存在を信じているか、と問われると答えに困る。
べつに現実主義者のつもりはないが、お化けやオカルト的な話は、あまり信じていないからだ。
だが『宇宙人みたいだ』と思っている相手なら、いる。
理由はいろいろあるが、小さい頃から、自分がなかなかできないことを、いとも簡単にこなしてしまうヤツをそう思うことが多かった。
本を速読できるとか、身体がタコみたいに柔らかいとか、暗算がめちゃくちゃ早いとか、それだけで人外っぽく思えてしまう。
なぜ宇宙人かと言うと……これには、子供の頃、テレビでやってた、父親が見ていた海外ドラマの影響が強いと思う。
美人で有名だったヒロインが、実はベトベトの宇宙人だったと分かった時は衝撃だった。
小学生の頃、同級生に宇宙人はいっぱいいた。
昔から勉強全般が得意じゃなかったから、いつも満点とってるようなヤツなんかはそう思えた。
中学生になってからは他人に興味が無くなったせいか、そんなふうに思うことも少なくなっていたが、ここ最近、再びそう思える相手に出会ってしまった。
彼の場合、興味はなくても無視することができない相手だから、そんな理由もあるんだと思う。
山田正章36歳。
うちの高校の数学教師である。
高橋龍之介は敦杜高校の二年生だ。
ごく普通の共働き家庭に育った、ごく普通の高校生である。
まぁ、この年頃だから多少曲がってはいるが、少なくても鉄パイプを持って人を襲ったりはしない。せいぜい髪の色を赤めに染め、耳にピアスを開けるくらいだが、そういうことも面倒だから、やったことはない。
極度の面倒くさがりだ。
不良とかツッパリとか、そういうのは、
(大変そうだな、よくやるわ)
と、ドン引くタイプの人間である。
身長は180センチ以上あるが、部活動をやるほど気力に満ちているわけじゃないし、他人に誇れるような趣味や特技もない。それでもぐーたらマイペースに高校生活を満喫している、一応青春真っ盛りの高校生である。
龍之介が二年生に上がった始業式の日、その教師は目の前に現れた。
どっかの地方から、優秀な数学教師として引き抜かれ、赴任してきたんだと言う。それで、二年生の担当になったんだとか。
勉強そのものがあまり得意じゃない龍之介にとって数学は、それこそ宇宙人侵略の第一歩じゃないかと思える教科だ。数式や数字の羅列を見ているだけで、確実に眠ることができるレベル。
キライというより、意味が分からない。
それらを理解し、教えてるってだけでもどんだけだと思うが、それ以上に、山田正章という教師は『宇宙人』としての要素を多く兼ね揃えた男だった。
まず、驚かない。表情が変わらない。
新学期が始まって、もう一ヶ月になるが、いつもぼんやりした顔をしていて、笑った顔も、怒った顔も見たことがない。
顔立ちはそれなりに整っているが、顔色はお世辞にも健康的とは言えず、無表情さも手伝い、まるで能面をつけているみたいだ。
当然、覇気もない。
彼と目が合うと、なんとなくゾッとする。その目に、あまり生気を感じないせいだろう。
髪は全体的に長めで、肩にかかっている。その陰湿そうな髪型が、彼にはよく似合っていた。
いつも着ているスーツより、歴史の教科書に載っていた、どっかの国の僧侶が着ていた黒フードつき修道服の方が似合いそうだ、と誰かが言ってたっけ。
その上、山田は完璧主義者だ。
龍之介はここ一ヶ月、なんとなくその言動を目で追っているが、彼が間違ったことをやったり、言ったりするのは一度だって見たことがない。
黒板に書く文字、一文字一文字に至るまで、間違える、間違えて書き直すことがないのだ。
その代わりと言ったらなんだが、時折、行動がやたらゆっくりになったり、ピタリと止まることがある。それからまた、思い出したように動き出す。
古いパソコンと使っていると、処理速度が遅くなって、たまにフリーズする、みたいな感じ。
そう考えると、そこらへんは宇宙人と言うよりアンドロイドだが、一応、彼にも赤い血が通っているようで。
あれは確か、始業式から一週間ほど経過したある日のこと。
女子生徒らが掃除中にふざけ合って、教室の後ろに置いてあった陶器の花瓶を落として割ってしまった。
ちょうどそこに通りがかったのが山田で、彼はなにを思ったのか、素手でガラスの破片を思いっきり掴み、当然、手の平から出血した。
それでも彼はまったく動揺を見せず、ただそれを眺めているだけだったので、仕方ない。
偶然、居合わせた龍之介が保健室まで連れて行って、養護教諭へと手渡してやったのである。
血が垂れるほど出血していたから、痛くないわけがないと分かっていたけれど、歩きながら、
「痛くねーの?」
と尋ねてみたら
「大丈夫だ」
と、これまた平然に返され、以来、龍之介の中で山田は完全なる『宇宙人』として認識された。
今では生徒の大半が彼を『宇宙人』だと言っているようだが、元はと言えば、言い出したのは龍之介なのである。
でもそこに特別な意味なんかなかった。
龍之介にとっては小学校低学年の時に、ストラヴィンスキーの楽曲をピアノで軽快に弾いていた同級生の女子と同系列の意味しかなかったのである。
いや、そう言ってしまうと、その女子にちょっと申し訳ない気もするけれど。
ともあれ、そろそろ始業式から一ヶ月半。
一年生どもが学校に慣れ、かなり生意気になってきた頃。
「高橋。昼休みに職員室まで来なさい」
龍之介は例の山田に突然、呼び出された。
一体、何事か、とあまりいい予感はしなかったが、相手は言っても教師である。ここで無視すれば、更に面倒になるのは目に見えていた。
仕方ないので、言われた通り職員室に向かってみたら、視聴覚室に資料教材があるから一緒に来てくれ、と言われ、断る理由も見つからなかったため、共に向かうはめに。
そういった係についているわけでも、日直でもないのにどうして俺が? などと思いつつも、先生からのご指名とあってはむやみに断れないところが生徒の悲しい宿命である。
それで、滅多に入らない視聴覚室に二人で足を踏み入れてみたところ……
「取り引きをしよう」
唐突に言われた。
それがすべての始まりだったのである。
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