燃え盛る雨
相模奏音/才羽司
第1話「春の晴れた日」
若さとはなんだろうか。青春?情熱?それとも欲望?大人になると気持ち悪くなるような熟語も「若さゆえ」と言われると全て許したくなる。
時間がある人は聞いてほしい。俺の大きな過ちを、若さゆえの過ちを。燃えるように駆け抜けた、1年間の大恋愛を。
◆
雨は好きだろうか。あまり好きという人はいないだろう。雨にはどこか不吉なイメージがあり、好きと言ってしまうとどこか不思議な感性の持ち主、オブラートを外すと変人に見える。だが、かと言って憎むこともない。大体の人は嫌と答えることが多いだろう。俺もどちらかというとそうだ。
「……ねぇ。って聞いてる!?」
ふと我に返ると前の席の女がこちらを向いて怒ってる。初対面なのに怒ってる。
「あんたさぁ、初対面で話しかけられたとはいえ無視はひどいんじゃないの?無視はさぁ!」
気づいていなかっただけなのだが、どうやら無視をしていたらしい。話しかけられていたんだな。
「悪かった、ぼーっとしてて」
「あぁもう、せっかく色々喋ってたのに全部台無しじゃーん」
相手の様子も見ずにベラベラ喋る方も問題だろと思うが、俺は幸いにも心が広いタイプなので別に気にしないことにする。相手が見えないぐらい熱い想いを語っていた可能性もある。
「え?どこから聞いてなかった?最初?もしかしてあたしのこと今認識した?」
「……え、うん」
一度ムスッとして、背もたれにもたれて、脚を組む。
「あたしの名前は
「わかった」
「ほんとに?あたしの名前は?」
「星宮だろ?」
「思春期?名前で呼んでよ」
「久遠?」
「そう!久遠!素敵すぎるこのあたしの名前!」
自分の名前を馬鹿にする人はほとんどいないと思うが、ここまで自信があるのも珍しい。まぁ自己肯定感が高くなるのも当然というような整った顔をしてるし、仕方ないのかもしれない。
「で?」
「で??」
「察し悪い!あんたの名前は?」
「そういうことか、雨森だ」
「だから!名前を聞いてるの!しかも雨ってなによ、不吉な……」
人の名字をなんだと思ってるんだ、という不満はあるが、もう今更か。
「大樹だよ」
「似合う名前してんじゃん。でっかいし、ゴツゴツしてるし」
「そうか?」
「大樹なんて結構チャレンジしたねぇ。小さく育ったらどうするつもりだったんだろ」
別に高身長でガタイがよくなるようにという願いは込められていないだろうからそれでも良い気がする。
「当ててあげよう、バレー部だね」
10人中9人が当てられる簡単な予想クイズをドヤ顔で答える。正解と伝えると得意気に鼻で笑って脚を組み替えた。
「バレー部の大樹ね、覚えた。あたし記憶力悪いけど、あんたの名前はなんとなく覚えてる気がする」
「俺は忘れないと思う」
「そう!なら良かった!」
ひと仕事終わり、というように自分の膝を叩いて彼女は立ち上がる。
「連絡先調べて、申請出してね!oが7個だから!」
主語がなさすぎる。聞き返す暇もなく彼女は走り出していた。嵐みたいな女だ。
「oが7個……?」
「それは多分、ユーザーネームだと思うよ」
暗い女がしっとりした声で話しかけてきていた。訂正しよう、久遠が明るすぎるだけで別に単体だと暗くはない。多分普通。だが、久遠が明るすぎた。
彼女は北庄司志帆、俺の幼なじみ。陰気だが別に嫌なタイプの暗さではなく、落ち着いているという感じ。
「なんかのSNSのだと思う。あの人多分久遠って名前凄く気に入ってるみたいだから」
「北庄司も聞いてたのか」
「聞いてたんじゃなくて、聞こえた。多分クラス中に響いてたよ。スマホ貸して」
北庄司は若者が使いそうなSNSを開く。検索欄にローマ字でkuonと入れて、oを追加で6個入力する。すると、赤髪の後ろ姿のアイコンをしたアカウントが出てきた。
「これだね」
「分かりやすいアカウントしてんなぁ……」
自己顕示欲がありありと浮いてくるようなアカウント。高校1年生には似つかない大人びた投稿の数々。プロフィール欄には『雨がきゅうりだったら最高』と謎のコメント。違いを感じながらも申請を出していた。
「助かったよ、北庄司」
「ふ、いいってことよ」
落ち着いた声でわざとらしい台詞を呟いて胸を叩く。北庄司は俺のことをいつも助けてくれる。好きなのでは?と問いたい人がいるだろうから答えておこう。中学時代付き合った時期もあるが、なんか違うなということで友だちに戻った関係でもある。
「まさか高校も一緒なんてね」
「ほんとにな」
付き合っていたのは中2の頃。中3に上がる頃に別れて、気まずさと受験でほとんど口を聞いていなかったが、卒業前に喋ってみたら意外と元のテンションに戻ったというわけだ。
「仲良くしようね、雨森」
「そうだな」
この安心感。この感覚ゆえに隣にいて、この感覚ゆえに、恋愛には発展しなかった。
『友だち』と分かれて、部活に行って、家に帰る。すると、SNSに久遠からのフォローバックが来ていた。許可すると既にDMも来ている。
『よく見つけた!偉い!』
何様なんだ、こいつは。そう思いながら顔が見えないことを良いことに一晩中やり取りをしていた。
それからというもの、毎日寝不足だった。上手くいく恋愛とは強者による一方的な狩りと似ている。久遠によるアタックは凄まじいものだった。朝は隙があれば前の席に座って話し、昼はご飯に誘われ、夜はDM。日常を次々と攻め落としにかかる久遠の猛攻を受け、俺は満更でもなかった。
「付き合おうよ、私たち」
こう言われるまで、そう遅くはなかった。夢のように幸せな空間に、笑えているか分からない笑顔で頷く。
「ま、当然よね!」
感情を爆発させ、軽い足取りで抱きつく久遠からキリッとした匂いが漂う。なんとも言えない感情が湧き、これが独占欲かと思わされた。
「この人あたしのだから。誰にも渡さないんだから」
大きな背中に手を回し、マーキングするように顔をうずめる久遠。愛おしいと思った、こんな人が1番近くにいることに。
4月下旬。入学して1番最初にできたクラス内カップルとして、俺達は知られることとなった。
燃え盛る雨 相模奏音/才羽司 @sagami0117
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