一緒にネトゲをやってる友達が好きな人でした

砂糖流

僕には好きな人がいる

 上田陽介うえだようすけ――僕には好きな人がいる。


 それは同じクラスの椎名琴音しいなことねさん。


 低身長を補うかのように長く伸ばされた黒髪に、いつも眼鏡をかけながらスマホと睨めっこしている女の子。


 一言で言うと、僕は彼女に一目惚れした。


 彼女は常に一人行動している所謂一匹狼という人種だ。でも、一匹狼と言っても温厚な一匹狼。


 話しかけるなオーラもないし、何なら話しかけやすい方だろう。


 それでも僕は彼女に話しかけられないたった一つの理由があった。


 勿論、意気地なしという理由も少なからずあるけど……もっと明確な理由。


 それは――椎名さんは恐らくだけど好きな人がいる。


 当然その想い人は、話したことのない僕なわけもなく。


 知った経緯としては――今現在、スマホを見てニヤニヤしている椎名さんを見たら一目瞭然。


 あれは恐らく、彼氏か、あるいは好きな人とLINEでやり取りしているのだろう。


 あんな表情を見せられたら諦めるしかないだろ……。


 僕が心の中で嘆いていると、自分のスマホが『ヴー』と震える。


『なあ、今日何時からやる?』


 ゲーム友達からのメッセージだった。


『いつもの時間で』


『おけ』


 毎日の如く交わしているやり取りを繰り広げてから、再度椎名さんに目をやる。


 彼女はまたしても、スマホと睨めっこしながらニヤニヤと可愛らしい笑みを浮かべていた。


 一体どこの誰が椎名さんをあんなにも幸せそうな顔にしているのやら。羨ましいにも程がある。


 というわけで僕に勝ち目は微塵もなさそうなので、今日も帰ってゲーム友達とネトゲをするとしよう。


 僕は現実逃避して、恋愛なんていう小難しいものを頭から抹消した。


 だが、僕のそんな努力も虚しく、数時間後、頭から恋愛という言葉を掘り返されることになった。


『ヨウって好きな人とかいる?』


 仲のいいゲーム友達から恋バナを持ち掛けられたからだ。


 やはり男でも色恋沙汰は気になるのだろう。


 僕は慣れた手つきでフレンドの【シナト】に返信する。


『なにシナト』

『そんなこと聞いてくるってことはもしかして好きな人でもできたの?』


 …………。


 僕の逆質問にシナトは黙り込む。更にそこから追い打ちをかける。


『なるほど。好きな人ができたんだな』


『いや!』


『いやってなんだよ』


『確かにヨウの言う通り好きな人はいるけど』


『けど?』


『その人の顔も本名も知らない、、、』


 話をすり替えるように続けてチャットが更新される。


『それより今はヨウのことだろ!』

『ヨウはどうなんだよ!!』


『いや』

『いるけどさ』


『へ、へぇー』


『なんだよその微妙な反応』

『そっちから持ち掛けてきたんだろ?』


『うん。ちょっとびっくりしただけ』

『それより早く周回しよ』


『それもそうだな』


 意外にもあっさり解放された僕は安堵しながらマウスを握った。


 それから僕たちはいつもの如く、最上位ボスをハチの巣にしたのだった。


 ◇◇◇


 僕は今日、とうとう椎名さんに話しかけてみようと思う。


 理由なんてない。このまま何もしないよりかは、せめてやって後悔した方がいいと思ったからだ。


「し、し、椎名さん」


 と意気込んだものの、どもりまくる僕の足は小鹿のように震えていた。


 でも声をかけることには功を奏した。後は彼女の反応を待つだけ。


「…………」


 ん?


「…………」


「ね、ねぇ、椎名さん」


 耐え切れなくなった僕は、椎名さんがスマホをいじっているのもお構いなしに再度呼びかける。


「はっ、はいっ! なんでしょうっ!」


 僕の声に反応を示した椎名さんは、勢いよく顔を上げて、僕の顔を見るや否や首を傾げる。


 とりあえず良かった。気づいていなかっただけらしい。


「そのさっ!」


 それから僕は彼女に様々な質問を投げかけた。


 その結果、僕と椎名さんの関係は以前よりも良好に――ならなかった。


 結論から言うと、ずっと素っ気ない態度を取られていた。いや、正しくはずっと当たり障りのない会話が繰り広げられていた。


 特段話が盛り上がるわけでもなく、関係は良くなったどころか何なら……。


 確かに僕の質問の仕方も悪かったけど、それ以上に僕と椎名さんの間には分厚すぎる壁があった。



 その日の夜、今日も僕はシナトとチャットしながらボスを周回する。


『ってか今日なんか学校で話しかけられたんだよな』


『へー』


『今まで話したことない子だったからびっくりしたけど』


『へー』


『ヨウ聞いてる?』


『きいてるきいてる』


『それは聞いてないやつの反応だな』

『なんかあったの?』


『失恋した』


『え?』


『今日初めて好きな人に話しかけたけど』


『けど?』


『結果は惨敗』


『まあどんまい』

『ってか早く次のボス回ろ』


『それもそうだな』


 何だかシナトの反応を見ていると、悩んでいるのが馬鹿馬鹿しくなってきた。何をこんなに気にしてるんだろう。


『それより俺も今日学校で話しかけられたんだよな』


 マップ移動中、シナトが先程の話を掘り返す。


『へー』


『なんだよまたその反応かよ』


『だってそれ以外の感想が出ないんだもん』


『俺はこれでもどうしたらいいか必死に悩んでるんだぞ!』


 僕はそんな悩んでいるシナトに一つ伝授する。


『そんなの普通に話せばいいじゃん』

『そして仲良くなればいい』


 そうだ。僕ももう一度椎名さんに話しかければいい。そして仲良くなればいい。


 あの程度で折れるほど僕はヤワじゃない!


 ◇◇◇


「ね、ねぇ椎名さん。そ、そのLINE交換しない?」


 次の日。僕は思い切ってもう一度会話を試みた。


 いや、これは会話というかナンパに近いかもしれないけど……これで無理なら潔く諦めよう。


 そう思った矢先、椎名さんは昨日と同じように勢いよく顔を上げて、目をつぶりながらこう叫んだ。


「わっ、私っ! 好きな人がいるから! すみませんっ!」


「へっ?」


 思わず声にならない声が漏れる。


 告ってもないのにフられるなんて、明らかな意思表明――そう。それは完全なる否定の言葉だった。



 死にたい。もう嫌だ。何もかも嫌だ。どうしてあんなこと言っちゃったんだろう。嫌だ嫌だ嫌だ。


 僕は机で一人突っ伏して嘆いていた。


 ――ヴーヴーヴー。


 そんな時スマホの通知により机も連続で振動する。


 なんだよこんな時に……。


 億劫になりながら通知の正体を確かめる。


『ヤバイヤバイヤバイ!』

『どうしよどうしよ』

『おい!ヨウ!反応しろ!』


 当たり前のように相手はシナトからだった。


『なんだよ』

『こっちはそれどころじゃないんだけど』


 シナトはそんな僕のメッセージを無視して続ける。


『昨日言ってた子がさっき話しかけてきたんだけど、焦って『好きな人がいる』って言っちゃった!』

『まじどうしよう』

『ってかどうしたらいい!』


『昨日も言ったけどもう一度話せば――』


 ん?


 入力中に僕は異変を感じる。


『どうしたヨウ!』

『もしかして何か思いついたのか!』


 いや、でもそんなまさか……現実でそんなこと有り得るわけがない。それにシナトは男のはず――


『なぁシナト』

『一瞬だけでいいからもう一度後ろ振り向いてくれない?』


『後ろ?なんで』


『なんでも』


『まあいいけど』


 僕はスマホから視線を外して、前方の椎名さんの席を見つめる。


 すると、


「――っ!」


 椎名さんがこちらを振り向き、急いで前に向き直る。


 そしてデジャブのようにスマホが連続振動する。


『ヤバイヤバイヤバイ!』

『目合っちゃったって!』

『どうしてくれんだ!』


 僕がそれに返信しないでいると、数秒後、椎名さんは恐る恐るといった様子でまたこちらを振り返る。


 僕はそれにすかさず手を振ってみた。


『ヤバイ!』

『次は手振ってきた!』


 そのメッセージを見て確信する。


 ネット友達のシナトは恐らく……いや、確実に、僕の好きな人――椎名琴音さんだ。


『なぁシナト』

『落ち着いて聞いてほしいんだけど』


『なんだよ!』

『もう落ち着けないって!』


『その、だな』

『今、シナトの後ろにいる男の子は、』


 もったいぶるように僕はメッセージを送信した。

 

『僕だな』


 既読がついて数秒後、椎名さんが三度目の顔を見せてきたので、僕はまた手を振っておいた。


 でも、椎名さんはまた前に向き直って手に持ったスマホを左右に揺らす。


『でもでもでもでもでも!』


『でもが多い』

『一旦落ち着け』


 とは言っても僕も落ち着いてはいられなかった。今にも心臓が爆発しそうなぐらい早鐘を打っている。同時に嬉しさで顔に熱が集まる。


 そんな僕の顔を椎名さんが何度も何度もチラチラと覗き見してくる。


 何だか未だに椎名さんが信じてなさそうだったので、僕たちはメッセージでお互いに事実確認をしつつ、状況の理解を深めていった。


 その結果――僕は椎名さんが好き。そしてシナトはヨウが好き、という結論に至った。


 つまり、


『相思相愛ってこと?』


『そうなるな』


 数秒遅れで返信が来る。


『もう一回話しかけてもいい?』


 相思相愛と分かった今、僕に話しかけない理由はなかった。


『無理!』


 だけどシナトの方はそうはいかなかった。


『なんでだよ』


『恥ずかしいんだよ!』

『無理なの!』


 初めての女の子らしい文章を見て、シナトが本当に女の子なんだと再認識させられる。


『でも話したい』


 僕の正直な気持ちに、またしても返信が来るまでに間があく。


『私も』

『話したい』


 数秒して返ってきたメッセージは、乙女そのものだった。


 その証拠に一人称が『俺』から『私』に変わっている。


『無理やり話しかけていい?』


『無理!』

『絶対無理!』

『恥ずかしすぎて顔見れないから』


 シナトの言っていることは本当なのだろう。さっきはあれほど振り向いていたのに、今では頑なにこちらを見ようとはしなかった。


 さすがの僕もそこまで無理強いするつもりはない。


『それなら』

『今日の放課後、校舎裏で待ってるから』

『来てほしい』


 …………。


 既読はすぐさまついたが、それに返信が来ることはなかった。


 ◇◇◇

 

 放課後。


 僕は既に三十分は待っていた。


 確かに今日で椎名さんが恥ずかしがり屋ということが分かったけど…………本当に来ないなんてことある?


 彼女のことだからどこからか覗き見しているかもしれないのがせめてもの救いだ。


 そこから更に、十分、二十分、三十分。


 そして合計およそ一時間が経った時のことだった。


「ご、ごめん……遅くなって」


 既に顔を真っ赤にしている椎名さんが姿を現した。


「大丈夫。来てくれると思ってなかったから」


 そんな僕の失礼な発言に椎名さんは頬を膨らませて返事する。


「冗談だって」


 そう言って僕は場の空気を変える。


 椎名さんの息遣いだけが鮮明に耳に残る。


「僕は椎名さんが! シナトが大好きです! 付き合ってください!」


 僕は手を差し出して大仰に頭を振り下ろす。


 羞恥心が頂点に達する。でも今はそれ以上にもっと彼女の顔を近くで見たかった。


 可愛らしい小さな吐息が突然途切れる。


 空気を握っていた僕の手は人差し指にだけ温かい感覚が走った。まるで産まれたての赤ちゃんから指を握られたようだった。


 椎名さんの小さな手は思わず『守りたい』と母性本能をくすぐってくる。


 そんなキモイ感想を抱くことでしか今の羞恥心を紛らわすことはできなかった。


 覚悟を決めろ! 今しかない!


 意を決して顔を上げた瞬間に、温かかった手がまた空気を握る。


 先程まで目の前にいたはずの椎名さんは、僕の動作に伴って即座に移動したのか、校舎の壁からこちらを覗き込んでいた。


 さっきの手繋ぎが告白の答えだろうけど、僕は念の為にもう一度訊く。


「返事は……?」


 僕の言葉に椎名さんは笑顔で返した。


「私も大好き」


 そうして僕たちは晴れて恋人関係になったのだった。




 おしまい

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