人殺しと海と昨日

タイヨウ

人殺しと海と昨日


 昨日、人を殺した。


「……だから、どっかで死んでこようと思う」


 幼馴染は笑わずに聞いてくれて、ずっと手を握ってくれた。


「……あんたが決めたなら、いいよ。連絡くらいはしてよ」


 そっと背中を押してくれた。その手の暖かさで、どうにも泣きたくなった。


 ごめん、ごめんね。
 こんなやつが幼馴染で、ごめん。


 私はもう、ただの人殺しに成り下がったのだ。

 殺したのは隣のクラスの、いじめっ子だった。去年同じクラスで、目をつけられたらしい。

 教科書やノートを隠されてズタズタにされた。

 トイレで頭から水をかけられた。

 みんなの視線がただただ痛かった。

 濡れたノートも、濡れた制服も。全部冷たくて、全部重かった。


 先生、お母さん、友達。全員に助けてほしいと願ったけれど、先生と友達は見て見ぬふり。お母さんには最後まで言えなかった。


 いつも通り呼び出されて、水をかけられて、殴られる。もう見慣れた、校舎3棟2階の階段前。視界が歪んで見えづらい。


「……もう、やだ…」


「は?なに?」


 我慢の限界だった。もうダメだった。私は、私は…。


「もう、やだ!」


 思いっきりその肩を押した。思いの外、その体は軽く後ろに倒れていく。そして、私の視界から消えていった。階段を転げ落ちる音が、遠く聞こえて、なんだかテレビの中みたいで、現実味がなくて。

 あ、そういえば、幼馴染におすすめしたいテレビ番組あったんだよなあ、なんて。思考が転がっていってまとまらない。


 気づいたときにはもう遅くて。


 ただただ逃げることしかできなくて。
 何にもできなくて。


 心臓の音がうるさい。怖い。息が荒くなっていく。

 どうやって自分の部屋に帰ってきたのかも、よく覚えていなかった。

 リュックサックに、財布とゲーム機、使えそうなものはとにかく詰め込んだ。


 最大金額までチャージしたカードを持って改札を潜って、どこ行きかも分からない電車に乗った。


 どこでもいいんだ。どこでもいい。どこか、遠いところに。

 乗り心地が良いとは言えない電車の中で、隠れるように体を縮こませた。

 ついたのは、海が見える駅だった。


 海、海か。海で死ぬのも悪くないのかな。よくテレビでやってるもんな。


 海が優しくも荒々しく動く。波が引いて寄って、また引いて。なんだか、私の罪ごと全部、覆い隠してくれそうで。


 溺れるのって苦しそうだよな。苦しいのはやだな。いや、人殺しがこんなこと考えるのは違うよな。


「………もう、いいか」


 無人の駅を離れて、見慣れない道を歩く。海の近くだからか、家はあんまりなくて、奥の方にチラチラと何軒か見えるくらいだった。

 私以外に誰も通らない道は、ただ太陽の熱を受け止めていた。


 潮の匂いと強い風が吹いて、髪が崩れてベタついていく。だけど、あんまり気にならなかった。


 浜辺の砂は思いの外サラサラしていて、裸足でそこを歩いた。


 心地良かった。

 そういえば、昔海に行った気がする。幼馴染と、どっちが綺麗な貝を見つけられるかみたいな勝負をして。あれって結局どっちが勝ったんだっけ。思い出せないな。


 水が冷たい。

 服が重くなって、波で体が揺らされる。

 ゆっくりと、包み込まれていく。


「……ごめんなさい」

 私は、どうすれば良かった…?


 人を殺した。


 幼馴染に迷惑をかけた。


 両親よりも先に死んでしまう。


 私が、悪いの。


 だから、誰も責めないでください。


 私だけを、責めてください。


 あぁ、みんなに謝りたい。

 もう疲れたよ。


 沈んでいく体。

 口から細く出ていく小さな泡。


 海面からこちらを刺してくる光が痛い。

 静かに、目を閉じた。

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人殺しと海と昨日 タイヨウ @taiyo0607

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