​学園喰屍解放戦線・アーディティヤ ~憧れた魔法は血反吐の味がした。でも、惨めに縋りつく美少女ギャルの可愛さに、俺だけが気づいている~

天代皋ゆかり

プロローグ

鏡の亀裂

 もしも魔法が使えたら――と、俺はいつも妄想していた。


 大きな剣を担ぎ、魔物を斬り伏せて、名声を得る。

 ステータスの画面が浮かんで、レベルアップの音が鳴り、返り血さえ汚れに見えないほど、眩しいファンタジーの世界で冒険する――そんな都合の良い物語を頭の中で考えて、ニヤニヤする高校二年の夏。


 大型連休間近の授業は到底集中出来るようなものじゃなく、睡魔と戦いながら校舎の窓から見える外の景色をぼんやり眺めていると、不意に視界が揺れた。


(……ん?)


 小さな異変。地震か?

 揺れの規模感は大したことなかった。


 誰一人として気にする素振りも無い。


 教師でさえも淡々と黒板にチョークを走らせており、それを横目に板書するクラスメイト達の様子は、地震大国とだけあってレベルが違った。


 ――が、そんなこと、今はどうでもよくて。

 教師が黒板を見ながら気怠そうに「なんてことないやつだったな」と呟く声よりも早く、俺の視線は先ほどから、校庭に釘付けになっている。


 あれを異様な光景と言わずに何と言う?


(……なんだ、あれ?)

 

 気付いているのは俺だけなのか。

 周りに目を配るも、当然誰一人として声をあげない。というより、黒板かノートか……あとはスマートフォンしか見ていなかった。


 強いて言えば、一瞬、廊下側の後ろの席に座っている、退屈そうにワイヤレスヘッドホンをいじっていた淡い髪色のギャルと目が合ったくらいで、俺にとっては束の間のことだ。

 

(……何か、やばくね?)


 大きな異変。正体は黒い、穴……?

 嗚呼、なんてこと無いやつ――な訳あるかと、叱責するかのように観察していると、最初は小さな点だったそれは、ぐにゃりと形を変え、暗闇の中で何が弾けるような閃光を見た次の瞬間—―世界が爆発し、鏡のようにひび割れた。



『――バリバリバリバリィンッ!!』



 鼓膜を直接ナイフで削られるような、ガラスと世界の破砕音。耳を劈くその音は物理的に身体を傷付け、理解が及ぶ間もなく飛んできたガラスの矢を、咄嗟に掴み取ったスクールバッグで受け止めたかと思えば、直後に訪れる爆風に、身体は紙屑の様に吹き飛ばされた。

 

 重力を失って宙を跳ね、壁に叩き付けられる。

 

「――ガ、ばァ゙……!?」


 内臓全部が口から飛び出しそうなくらい空気が抜け、肺が潰れる痛みに気を失いそうになるも、数多のクラスメイトが下敷きになってくれていたおかげで、運良く意識を保っていられた。


「がはっ……ごほごほ! げほッ……!」


 とは言え、辺りはまるで惨禍さんかそのもの。 

 壁や天井に色々なものが激突したであろう痕があり、散乱した机や椅子、教科書と――地面には血塗れの友人が転がっているのを見て、自然と目を逸らした先に、​隣の席だった渡辺さんの頭を巨大なガラスが貫通している。


「……ッ?!」


 そんな彼女と――目が合った。

 いや、違う。焦点の合わない死んだ魚のような眼球が、偶然こちらを向いていただけだろう。


 胸が締め付けられる息苦しさ。

 整えたはずの呼吸が乱れる……冷たい汗が、止まらない。


 あの瞬間、バッグを乱暴に掴み取って顔や身体を守っていなければ、今頃俺も渡辺さんと同じように成っていたかも知れないんだ――そう考えるとゾッとする。


 自分が今、生きていることに感謝しながら、何が起きたのか分からずに、絶命している女の子のまぶたにそっと触れ、生暖かい彼女の体温を指先に感じながら俺は、意を決して首を振る。


「っ……!」


 そうして分かったことを簡潔に表すなら――絶望。


 教壇に立っていた数学教師の佐藤は、廊下に繋がる扉(上部に窓があるタイプ)に顔面から突っ込んだのか、ガラスが全身に突き刺さり、人間というよりは血を流すサボテンのような、無惨な姿に変貌していた。


 窓側の生徒もほぼ全滅。

 傷口が広がらないように身体や顔を叩いて声をかけるも、誰一人として返事が無い。俺と同じく窓側で同人オタクだった田中も、ヤリチンだった吉住も。悪友だった星野でさえ、まるで屍のようだった。


 皆一様に気を失い、上半身には酷い怪我を負っている。

 素人目でも察するほどの出血量。薄いワイシャツなんて、この殺意に満ちたガラスの礫の前では裸も同然だった。


 だから必然的に生存者が多いのは、廊下側に座っていた生徒たちなのだが、怪我もなく意識がはっきりしていそうなのが――おっと、マジかよ。ひとりもいない……?


 下敷きになっているクラスメイトに駆け寄って、声をかけるも誰一人として反応はなく、気を失っている様子。


「嘘、だろ……?」


 足の力が抜けて行くのが分かった。

 へたり込むように、膝が地面とキスをする。

 

 生きているのは、俺だけ……?

 い、いやいやまさか。そんなわけない。誰か、誰でもいいんだ……頼むから、俺をこんな地獄に、ひとりぼっちにしないでくれ……。



 —―ガサッ。

 —―ガサガサっ……ごとっ……。



 諦めかけた視界の先。

 積み重なった死体の山から、ゾンビのように這い出る細身の腕は助けを求めるように藻掻いている。


「……っ?!」

 

 無意識に、俺の拳はその掌をがっしり掴んでいて。

 引っ張りあげると、見覚えのある瞳が、即座にだれかを理解した。


 先ほど一瞬だけ目が合ったギャル――茅ヶ崎わため。


 色んな意味でクラスの中でも目立つ存在だった彼女は、男には好かれるが女には嫌われるタイプの……つまるところ、美人というやつだ。


 今は事細かに容姿の詳細を述べているほど時間も余裕も無い。簡単に説明すると、ボロボロになった淡いブロンドヘアの美少女だと思っていればいい。


「……日向、だよね?」


 これまで大した接点もなかったのに、俺の名前を覚えていてくれたらしい。


「助けてくれてありが――げほっ、げほっ!!」


「あ、あの。茅ヶ崎さん、大丈夫……?」


「はあ……うん。平気平気……大丈夫だから……って、うわなにこれ……? アタシの髪も教室も、クラスメイトたち揃いも揃ってグチャグチャじゃん――あ、ヤバ。待って、これダメなやつ。思い出しちゃった。無理、吐きそ……う、っぷ……おええええええ!!」


 口元を必死に手で押さえていたのに、隙間から溢れるクリーム色の吐瀉物がびちゃびちゃ滴り落ちながら、どろどろ湿った音を立て。この世の華だと思っていた女子の唇から朝ごはんの成れ果てみたいな塊と、熱を帯びたままの汚濁がとどまる事なく噴き出した。


「うぅ……マジ最悪……人前でこんな、見ないでよ、日向ぁ……」


 可憐な少女の体内から溢れ出したとは思えない濁流。

 制服を汚していくその無惨な姿に、俺は――あろうことか、不謹慎な背徳感を抱いていた。


 普段の彼女からは想像もつかない地獄のような光景と、目の前の醜悪なギャップに脳がひりつき焼き切れる。


 血の鉄臭と焦げた爆発の残り香。

 酸っぱくて生温かいゲロの臭気が加わって、三位一体の織り成す混沌は、俺の鼻腔を容赦なく刺し殺し、吐瀉物の広がった足元には、ぬるぬる滑った感触が上履き越しにも伝わってくる。


 「……おっ、ぷ」


 あ、ダメかも知れない。

 見てたら胃の奥底から猛り狂った虎のように、胃液がせせり上がって来て……待て待て、待って。やっぱり無理だよこれ、吐きそ。


 「おえええええええ……!!」


 ……うん。まあ、当然だとでも言うべき。


 可憐な少女の直ぐ隣で、俺も盛大に決壊する。

 撒き散らしたゲロの熱と酸臭に塗れ、意識がどろどろに溶け行く果てに、一瞬、自分の名さえ忘れかけて――ハッと、我に返った。


「はあ……はあ……げほっ、ごほ……!」


 俺の名前は日向茜。

 昨日まで平凡な高校生だったはずの男だ。


 だけど今日俺たちは、死体の山と血溜まりと……吐瀉物の海の中で、変わってしまった世界の始まりを知覚する。


「……あ?」


 視界の端、青く透き通った不可解な異物が網膜に張り付いて離れない。


 実際の景色と普段の妄想が、重ね合わせに浮かぶ『それ』を、俺の頭は受け容れなかった。


(――なんだ、これ?)


 一瞬、息が詰まって。

 焦点の合わない視線が胃の内容物を俯瞰した。

 吐き気は収まり、膝に手を、吸って吐いてを繰り返す。


「はあ……はあ……はあ……」


 肩で息をするわためは、震える手でヘッドホンを直そうとしてるけど、ゲロでべっとり、上手くいかない。淡いブロンドの髪が汚れて張り付き、瞳が涙で潤んで、唇を噛んでいる姿が惨めなのに……いや、惨めだからこそめちゃくちゃ可愛くて、守ってあげたくなる。


 でも、彼女のその瞳に――俺と同じ、絶望を証明する青い光が反射しているのを見て、胸がきゅっと締め付けられた。


 わためも、同じ絶望を見てる。同じ地獄に落ちている。


 だからこそ、夢が叶ったのだと認めるしかない。


 ――でも、今こんな状況で?


(……素直に喜べるわけ……ないだろ)


 喜びはほんの一瞬。あるかないかの瀬戸際だった。

 それに、これはきっと祝福なんかじゃない。


 廊下の奥、湿った足音と低い唸り声が近付いてくる。


「……先生?」


 いや、あれはもう先生じゃない。


 わためが俺の袖を掴んでいた。


「……日向、あれ……見て」 


 俺たちは同時に理解する。

 目の前に現れた無機質な『画面』と、廊下の闇からずるりと身を乗り出し、喉の奥で死肉を啜る音を立てて床を掻き毟る、かつての教師――その異形こそが、俺たちの世界を侵食する始まりなのだと理解して……俺はただ、引き攣った顔で奥歯を噛み締めることしかできなかった。


​ これは俺の望んだことなのか?

 こんなのが、俺の夢見たファンタジーか?

​ ゲロと返り血に塗れた世界の、一体どこが眩しいっていうんだよ。

 

(……違う。違うだろ……? そうじゃ、そうじゃないんだ……っ)


 これは、誰もが望んでいたことかも知れない。

 だけど、誰もが望んでいた訳じゃない――こんな最悪の形でなんて、俺は、これっぽっちも望んでなんかいなかった。



 ◇◇◇



『――システム・アルカディア……接続確認。

 鏡像亀裂経由、強制インストール開始。

 魂のデータ化……完了。

 未練残滓検知……再生成を試行。

 夢の欠落を補完……渇望値を初期化。

 倫理リミッター……物理破壊を確認。

 インストール完了――継続監視対象:日向茜』


【日向 茜】


生存強度 (Existence): 87 / 120 [████████░░]


渇望値 (Cravings): 5% [█░░░░░░░░░]

警告: 軽度侵食検知。対象視認開始。狂気リスク低。


筋力 (Strength): 8 [█░░░░░░░░░]

— 物理出力: 人間平均以下。対象破壊可能範囲: 制限。


敏捷 (Agility): 7 [█░░░░░░░░░]

— 移動速度: 人間平均以下。対象追跡効率: 低。


防御 (Defense): 9 [█░░░░░░░░░]

— 耐久値: 人間平均。痛覚処理: 正常。


感知 (Perception): 11 [██░░░░░░░░]

— 対象解析精度: 人間平均以上。詳細視認: 制限。


魅力 (Charisma): 5 [█░░░░░░░░░]

— 対象影響力: 人間平均以下。引きつけ効率: 低。


状態: 軽傷・吐き気・ショック

スキル: なし


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