彼が雨を降らせてくれたよ
直三二郭
前編
天気ってのはな、天の気分だから『天気』って言うんだ。で、てるてる坊主ってあれな、天が気分を良くして晴れにしてほしいなぁ、ぐらいの物なんだよ。それで反対に天が悲しい気分になったら、雨が降る。それでどれぐらい悲しくなったかで、降った量に違いがあるんだよ。……雨を降らせないといけない時、その方法が家には昔から伝わっている。おれの子供とその子供は、素質がなかった。でもな、お前にはある、あるんだよ。天を悲しませる素質がな。お前の兄にも弟にも無かったのに、お前だけになぁ。……お前はな、もしもの時があったらな、雨乞いをしないと……、いけないんだよ。…………俺のなぁ、弟も、……なぁ……』
一昨年のひい爺さんの葬式の時に、こんな事を聞いていた事を思い出した。聞いてのは五歳の時で、もっと聞いていたはずなのに、もうろくに覚えていない。俺が十六歳だから、十年以上前だからな。
ただ覚えているのはもう一つ、話が終わったらひい爺さんは泣き出して、俺を抱きしめた事だ。
「最近雨、降らないよね?」
「そうだな、空梅雨だ。でもそっちの方が通学にはいいだろ?」
「そうだけどさ、お母さん達が言ってたよ。野菜が育たなくてこのままじゃ、雨乞いをしないといけなくなる、って」
「今時雨乞いって、近所の神社にでも頼むのか?」
「神社に頼んでもやってくれるのかな? ただ
「実際雨乞いって、何するんだろうな?」
そう言いながら俺と
お互いに親が農家をやっていて、かなり広い畑を使って色んな野菜や米を育てている。だからなのか住んでいる村は超過疎で、兄と弟以外で遊べる人は昔から、籐枝とその姉妹だけだ。
他に友達がいないのは、他に人間がいないから。去年までは村の学校にいたのは四人だったが、俺達が高校生になると小学生が二人しかいなくなっている。
家から通える高校も実質一つだけだ、親からは下宿も一人暮らしも絶対許さないから。今通っている高校に落ちていたら、まさかの高校浪人をしなければならないと所だった。
幸いと言うか、籐枝も同じ状況で、二人で頑張って一緒に勉強して、揃って合格する事が出来ている。
ついでに高校浪人しなくていいと、合格のうれしさのあまりに籐枝にはちょっと色々言ってしまったが、色々あってこうやって、歩く時は小学生でもないのに手をつないで家に帰る間柄になった、というわけだ。小学生の時とやってる事は変わってないけど。
自転車の時は車がほとんど通らない道に入ったら、横に並んで手をつないで、コケないようにゆっくりと走っている。本当はいけない事は分かっているけど、我慢できないんだから仕方がないな、うん。
「今日はどうする、一回家に帰って着替えて来る? それとも直接寄る?」
「そうだな、数学の宿題を先にやろうぜ」
「途中でゲームはしないようにねー」
「お前がな」
そんな事を話しながら、藤江の家に入る。
俺の家は籐枝の家から一キロほど先だが、田んぼと畑以外は何もないので、ここからでも、しっかりはっきりくっきり見える。
だからすぐに帰れるのだが、実際は往復二キロだ。めんどくさい。
「あ、照のおじさんも来てる」
「ほんとだ。……帰らないで寄ったら、怒られるな。親父には秘密で」
「わかったでゴザル。じゃあ靴はジャージに包んでカバンに入れるでゴザル。ニンニン」
藤枝がこういう事ばっかり言うから、小学生の関係から進まないんだろうなぁ。
玄関で藤枝だけが元気よく大声で「ただいま」と言い、声にあわせて俺は靴を脱いでジャージで包んでカバンに入れる。
奥からおばさんから「お帰り」との声はあったが、顔までは出ていない。忙しのだろうか?
そう思いながらも俺の事には気づいてないようなので、ラッキーと心の中で言って階段を登り、藤枝の部屋に入った。
「飲み物を持って来たらバレるから、一緒でいいよね」
ペットボトルの回し飲みするのも、小学生ならよくやる事だ。だから藤枝は顔を赤くする事もない。少しは気にしろよ、高校生。
……俺たち、付き合ってるんだよな?
そんな事を考えたりもしたが、今は宿題に専念しよう。あと予習も。俺達はクラスは違うが隣りなので、進み具合も大体同じだ。だから分からない所は教え合う事ができる。
分かればな。
「もう夕方か、そろそろ帰らないと。……藤枝よ、親父がまだ居るか調べるんじゃ」
「殿、了解でゴザル。ニンニン」
こういう事によく乗ってくれるけど、クラスでもやってるのかなこいつ。
「……彼女の部屋に来て、やる事はゲームと勉強だけか。……付き合ってからは三ヵ月だけど、知り合ってからは十五年なんだけどなぁ」
床に横になりながら気がつくと、ぼやき口を口に出して言ってしまった。
ふと見ると、藤枝のベッドが見える。昔はあそこで横に並んで遊んでいたな。今さすがに無理……。
俺、彼氏なんだから、いんじゃね?
そんなアホな事を考えながら立ち上がり、じっとベッドを見る。藤枝は毎日、ここで寝てるんだよな。どうしてもそんな事を考えてしまう。
だから慌てて戻ってくる藤枝のの足音にも対応できなかった。
「照! 早く外に出て!」
「いや思って無いから何かをしようとかは全然全くこれっぽっちも!」
「わけ分からないこと言ってないで! 逃げないと!」
「……ん? 何?」
「ここにいるのもバレてたから! 早く靴履いて、窓から!」
そう言いながらドアの前に色々と置いていく藤枝。しかしテレビとか本とか、部屋の中にはろくに置く物が無い。
「おうい、一体なのを言って——」
「いいから速く! スピーディーに!」
「お、おう……」
大声を止めない声に、俺は逆らう事が出来なかった。
カバンから靴を取り出すが、土足になるのには躊躇してしまう。しかしすぐに藤枝に睨まれて、彼女の部屋を土足で汚してしまった。
……文字通りなんだけど、誤解される使い方だよなぁ。
「窓から出たらとりあえず、街に行って、山の神社に行こう!」
「山の神社って、何キロあると——」
「それぐらい逃げないと追いつかれるでしょうが!」
今日の俺はもう何を言われても、逆らわない方がいいだろう。そう思える顔を藤枝はしていた。
何があったんだ一体?
それは後で聞く事にして、窓に向かって下を見て、やっぱり逆らいたくなってしまう。ここ、二階だし。
そう思って振り返ると丁度同時に、藤枝の部屋のドアから斧が、大きな音で生えてきた。
「は……?」
「照! 速くってば!」
とりあえず、藤枝が大声を言っている理由は良く分かった、そりゃ逃げんと。
しかも斧がドアから外れて見えたのは、俺の親父である。息子の彼女の部屋のドアを斧で壊そうとする理由とは、俺には想像もつきそうにない。
「照! 家に帰るぞ! 雨乞いをすると決まったから、準備をしないとな!」
普通に怒りながら言われたら、俺だって素直に帰っただろう。しかしこの状況でそう言われて、帰る奴がいるのだろうか。いや、いない。反語。
返事はせずに窓から飛び出して小屋の屋根に立つと、すぐにもう一度飛んで地面に着地した。そんな俺の横にはすぐに藤枝が並ぶ。
「自転車で行くよ!」
「でも、すぐに車で追いつかれるだろ?」
「大丈夫、車の鍵は持って来たから」
そう言いながら複数の車のカギを見せてくれた。何この子? 何でこんなに頼りになるの?
もちろんそんな事を言う暇ももったいない。しかし俺と藤枝が使う以外の自転車には、鍵をかけさせてもらった。
田舎だから、家にある自転車には鍵をかけない。そんな事が俺にとっては役に立つとは。
街についたら、とりあえず食べ物を買う。ファミレスなんかに入って、もし見つかったら逃げられない、だからスーパーに素早く入って素早く買って、素早く出た。
最近ずっと晴れ続きで、できれば涼しみたかったがそういうわけにもいかない。街を適当に歩き続け、そして暗くなると電灯はつけずに山に入り、人がいないかを確認してから神社に入った。
ひい爺さんが神主をやってて、だけど子供は全員別の仕事をしてて、継ぐ人はいなかったらしい。それで詳しくは知らないけど、とにかく普段からここには誰もいなくて、遊ぶのは俺達二人だけだった。
もちろん親にも教えていない、二人だけの秘密基地だ。入るのに鍵はかかっているが、端っこをいじくったら入れる。
自転車を隠して、俺達は静かに結構広い中に入っていった。
「しかし、一体何があったんだよ。特に親父は、斧とかどこから持って来たんだ?」
「……照、これを見て」
俺の言葉を無視をして、藤枝は俺に一枚の紙を渡して来た。
まず見えたのは、下手な絵だった。横に字も書いてあり、……多分、藁がしいてあって、その上に……、人を寝かせている?
「暑いから藁の上で寝れば、涼しいって事か?」
「もっとよく読んでよ!」
何でそんな怒っているのに、悲しそうな声と顔をしているのだろうか。
他にも色々書いてあって、見たら裏にも書いてある。しょうがないから、まずは全部読むか。
そして俺は、読む事を後悔した。
「何だよこれ……、俺を火あぶりにするって、どういう事なんだよこれは!」
「……書いてあるでしょ、雨乞い、だって……。照を、人身御供にした……」
「ふざけるなよ、何が人身御供だよ! 俺を藁の上にのせて、生きたまま燃やすって! 何が雨乞いだ! 単なる犯罪じゃねえか! 今は令和だぞ!」
「晴れが続いて、これからも降りそうに無いから……」
「だからって人を燃やしていいわけないだろ!」
「私だって嫌だからぁ、こんな事本当はぁ……」
俺が怒鳴ると、藤枝は泣き出した。そうだよな、藤枝を怒鳴ってどうするんだ、俺は。
それに親父が斧を持って来たという事は……。
「はは、親父も俺を殺す事に、賛成なんだよな? じゃあ、みんなもだよな」
気がつくと体に力が入らなくなって、横になってしまった。親父は俺がそこまで、嫌いだったんだな。全く気がつかなかったよ。
他の家族も、そう思っているのかな?
そう思い泣きそうになるが、天井を見て我慢する。そうやっていると藤枝が泣きながら俺の上にのしかかって来た。
「ひどうよね、晴れが続いただけで、雨が降らないだけで、こんな事をしなくちゃいけないなんてね……」
「何でお前が、泣いてるんだよ……」
「照が急にいなくなるんだから、泣くに決まってるよ……」
「……お前は、藤枝は……、俺が殺させても、平気じゃないのか?」
「平気じゃないに決まってるじゃない!」
「……でも、俺の家族は平気だってよ……」
「自分の彼氏で、幼馴染で、ずっと一緒にいた人が急にいなくなるんだから、もう一緒にいられないんだから……。っ、平気じゃないに決まってるじゃない!」
そうだよな、それが当たり前だよな。
気がついたら俺は我慢できずに、目から涙があふれていた。
「……何でだよ、何でそんな事を考えられるんだよ……」
「おかしいよね、おかしいよね」
「雨乞いをするのはいいんだよ、何で人を殺すんだよ……」
「昔の事だと思ってたよね、もうしないから大丈夫と思ってたのにね」
「……みんな俺が嫌いだから、俺を殺す事にしたんだよな、きっと」
「それは違うよ、照! みんな嫌いなんかじゃ——」
「じゃあ何で俺が、俺が選ばれて、俺だけが殺されるんだよ!」
そう怒鳴ると、藤枝は何も言わなくなった。その反応に、藤枝も俺が嫌いになったんだな。そう思ってしまう。
こんな家族から嫌われて、殺していいと思われている奴。そんな俺を嫌いになっても、文句なんか言えないか。
そう考えていると、藤枝は俺の顔に自分の顔を乗せた。
初めてだった。
「私は好きだよ、照の事が。昔からずっと、今も、未来も」
離れてからそう言うと、藤枝は服を脱ぎ始める。
「お、おい! お前一体何を——」
言いかけの言葉は、二回目のキスで塞がれた。
「証拠をあげるから、証拠を頂戴。私は照が好きで、照は私が好きだった証拠を。照がいたって言う、その証拠をちょうだい」
驚いている間に、藤枝の着ている物は無くなってしまう。だから俺も、服を脱ぎ始めた。
「証拠を、俺が藤枝を好きだって証拠をやればいんだな」
「そう、頂戴。照がいたっていう証拠を」
この状況なのに、あるいはこの状況だからか。
俺達は、一つになった。
この状況をもっとよく考えていたら、藤枝が言った言葉をよく考えていたら、俺は生き延びる事が出来たのだろうか?
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