二人だけの挨拶

航 希

何も言わないじゃんこの二人

「あんたらって付き合ってんの?」

「は?」


 昼休み。突然発せられた三森紗恵みもりさえの一言に、九原澄海くはらすみは箸を咥えたまま驚いた。


「いや、そんな鳩が豆鉄砲食らったみたいな顔しないでよ」


「今私が食べてるのは黒豆よ」


「あんたの弁当はおせちか? って、そうじゃなくて!」


 紗恵は大きな音が出ないように机を叩く。澄海の返答に大層ご不満のようだ。


 澄海も澄海で、紗恵が誰のことを指しているのか分からず、頭上にはハテナが五つほど浮かんでいる。


「スミとライくんのこと! 実際どうなのよ」


「ライくん?」


小原礼蘭おばららいら!」


 フルネームを言われて、やっと合点がいった様子で「あー」となんとも覇気のない声を漏らした。


 紗恵は多少なりとも澄海が照れると思っていたため、今度は紗恵が豆鉄砲を食らっていた。


「全く、最近のTier1噂なんだから。幼馴染に火の粉吹っかけるのだけはやめてよ」


「紗恵は火の粉に小麦粉吹っかけそうよね」


「粉塵爆発とかシャレにならないから!」


 澄海と礼蘭は、特別仲が良い間柄ではない。と、澄海は思っているのだが、この二人がカップルかもしれないという噂が絶えることは無かった。


 噂の始まりは少し遡って、二人が高校二年生に進級した日。


「おはよ、スミ」


「おはよう。今年も同じクラスなのね」


 腐れ縁の二人は、これで十回目の同じクラスだ。


「ねぇねぇ、あのE組の小原くんも同じ教室らしいよ!」


 紗恵はキラキラと目を輝かせて言う。それを聞いた澄海は、何とも無関心に「そう」とだけ答えた。


「なにその腑抜けた声は。小原くんと言えば去年の文化祭でミスター色男に輝いた、イケメン中のイケメンじゃん。目の保養に喜ばなきゃ」


 テンションが上がる紗恵に、澄海はまたしても「そう」とだけ返した。


 二人は新しい教室に入ると、黒板に貼られている座席表を確認した。


「あら、噂の色男が隣ね。というか、この学年の加藤を全員同じクラスにまとめてない?」


 名前順に席が決められるのは新学年のお決まりだが、澄海は礼蘭と前後になることはあっても、まさか隣になるとは思わなかった。


「でかしたスミ! これなら大義名分で小原くんに挨拶出来るじゃん」


 まさかこいつ着いてくる気か、と澄海は苦虫を噛み潰したような顔で紗恵を見た。


 席に着くと、礼蘭は既に自身の席に座って、一つ前の男子と交流を深めていた。


「おはよー、わたしは三森紗恵。去年はA組だよ。よろしく! あ、こっちは九原澄海」


 紗恵はお隣さんの澄海を押し退けて、礼蘭ともう一人の男子生徒に自己紹介した。すっごいついでに紹介されたな〜と澄海はジト目で紗恵を見る。


(別に自己紹介しなくても、こいつは私のこと知ってるんだけど……まあ、どうでもいいか)


 わざわざ訂正する理由もない。もう一人の男子生徒は知らないし、紗恵が勝手に行動してくれるなら楽でいい。などと澄海が考えていると、礼蘭は紗恵を見て明るくさわやかに笑った。


「おはよ、三森さん。一年間よろしくね」


 挨拶を返されて、更にテンションが上がる紗恵。もはや推しアイドルとの握手会にでも来ている気分だ。


 だが、その気分は一瞬にして崩れ去る。


 三森への挨拶を終えた礼蘭は、今度は澄海へと挨拶を……することは無かった。


「揚げナス」

「……へ?」


 澄海を視界の真ん中に捉えた礼蘭は、唐突に食べ物の名前を口にした。


 紗恵はあまりにも脈絡がない単語に目を丸くさせる。


 しかし、顔を見られながら、挨拶もされずにただ揚げナスとだけ言われた張本人は、発言者を見下ろして答えた。


「酢豚」


「……マジ?」


「マジ。そっちこそ揚げって何よ」


「あるじゃん、揚げナス入ってる即席味噌汁」


「なら味噌汁でしょ」


「飲み切った後に食った」


「そう」


 これ以上話すことは無い、とでも言うように、澄海は目線を外して席に座った。




「翌日は『子持ちししゃも』と『桃まん』。さらに翌日は『水』と『セブンの揚げ鶏』。それからも毎朝あんな光景見せられてさ、勘繰られるのも当然でしょ」


 紗恵は呆れた様子でため息を吐く。


「わたしに内緒でいつ付き合い始めたのよ」


「だから付き合ってはいないわよ」


 一粒、また一粒と澄海は黒豆を口に入れて咀嚼していく。あっけらかんとした態度に、紗恵は呆れることしか出来ない。


 このマイペースな幼馴染の浮ついた話が聞けると思ったのに、肩透かしもいいところだ。


 彼女をよく知っている幼馴染が、噂に確信を持てないのには理由があった。


 この二人、挨拶をしているところも名前を呼んでいるところも、誰一人として見たことがなかったのだ。


 会話も隣の席のはずなのにほとんどなく、あるのは食べ物を互いに一回ずつ言って少し喋るだけの、意味のわからない時間だけ。


 本当は付き合っているけど、照れて人前で隠す、と言ったことをやるような二人には見えない。礼蘭は案外そういうところがあるかもしれないが、長年見てきた澄海がそんなことをするわけが無いという点だけ、紗恵は確信していた。


「幼馴染に隠し事ってどうなの?」


「聞かれてないから言ってないだけよ。さっきから、聞かれたことにはちゃんと嘘無く答えてるじゃない」


 紗恵は澄海の返答にまたため息を吐いた。


 埒が明かない。

 これでは周りの人間から聞いてこいと言われたのに、何の成果もないままだ。と、その時、


「焼きそばパン」


 もう一人の噂の中心が帰ってきた。

 礼蘭は焼きそばパン片手に「焼きそばパン」と言っていて、いよいよ意味がわからない。


「ノーカウントでしょ」


「二個目」


「……黒豆」


「見りゃわかる」


「そう」


 勝手に進む理解不能な会話に、紗恵は頭が痛くなってくる。


 多分、この会話の意味を当人たちに聞けば嘘偽りなく答えくれることだろう。そう思って口を開きかけたが紗恵は声が出せなかった。


 若干苛立って睨む澄海と、それを眺めながら笑う礼蘭。自分には分からない深いところで繋がっていることだけは理解出来た。なんかもう、それで十分に思えてしまったのだ。


「はぁ……あの子たちには何も無かったって言っておくかぁ……」


 どうせこの言葉が嘘になる日は近いでしょ、と紗恵は肩を竦めて、残りの弁当を平らげた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

二人だけの挨拶 航 希 @wataru-nozomi

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ

参加中のコンテスト・自主企画