第02話「初めてのお客様は、お腹を空かせた伝説の魔獣でした」

 荒野での初日。

 僕は夕暮れまで【土壌改良】を繰り返し、テニスコート一面分ほどの畑を作り上げた。

 植えたのは、手持ちの種すべて。

 ラディッシュ、カブ、そして数粒だけあったトマトの種だ。


 どれもこれも、種を蒔いて魔力を注ぐだけで、数分のうちに収穫可能サイズまで成長した。

 僕のスキル、やっぱり何かがおかしい。

「改良」というより「進化」させているような気がする。

 でもまあ、早く育つ分には食料に困らないし、良しとしよう。


 即席で作った土のベッド(これもスキルで土をフカフカにしたもの)に寝転がり、星空を見上げる。

 遮るものが何もない満天の星空は、息をのむほど美しかった。


『静かだな……』


 前世では車の音や隣人の生活音に悩まされていたのが嘘のようだ。

 そんなことを考えてウトウトしていた、その時だった。


 グルルルゥ……。


 低い唸り声が、すぐ近くで聞こえた。

 僕は飛び起きて周囲を見渡す。

 月明かりの下、畑の向こうに二つの赤い光が浮かんでいた。


 狼だ。

 それも、普通の狼じゃない。

 体長は優に2メートルを超え、銀色の毛並みは月光を浴びて青白く輝いている。

 鋭い牙、そして何より、その体から滲み出る圧倒的な威圧感。


(で、でかい……! これってまさか、図鑑で見た「シルバーウルフ」? いや、それよりも遥かに強そうだ)


 魔獣はゆっくりと、僕ではなく畑の方へと近づいてくる。

 その足取りはふらついていて、お腹のあたりが痩せこけているように見えた。


『もしかして、お腹が減ってるのか?』


 魔獣は、赤く熟れたトマトの前で足を止め、鼻をひくひくさせている。

 食べたい。でも警戒している。そんな葛藤が見て取れた。


 僕は意を決して、足元にあったカゴから大きめのトマトを一つ手に取った。

 そのまま投げつけるのではなく、下手投げでそっと放る。


「……食うか?」


 トマトはコロコロと転がり、魔獣の鼻先で止まった。

 魔獣はビクリと体を震わせ、僕を睨みつける。

 僕は両手を上げ、敵意がないことを示した。


 魔獣はしばらく僕とトマトを交互に見ていたが、空腹には勝てなかったらしい。

 大きな口を開け、トマトを一口でパクリといった。


 その瞬間。


 カッッッ!!!


 魔獣の体が眩い光に包まれた。

「えっ、何!?」

 思わず腕で顔を覆う。

 光が収まると、そこにはさっきまでの巨大な猛獣はいなかった。


 代わりにいたのは――。


「わふっ!」


 柴犬サイズにまで縮んだ、モフモフの銀色の子犬だった。

 つぶらな瞳。パタパタと振られる尻尾。

 さっきまでの威圧感はどこへやら、完全に無害な愛玩動物になっている。


「ええええ!? ち、縮んだ!?」


 子犬(?)は嬉しそうに駆け寄ってくると、僕の足にスリスリと体をこすりつけてきた。

 その毛並みは最高級のシルクのように滑らかで、触り心地が抜群にいい。


「わん! わんっ!(もっとちょうだい!)」


 そう言っているように聞こえる。

 僕は戸惑いながらも、もう一つトマトを差し出した。

 子犬はそれを嬉しそうに受け取り、器用に前足で抱えてかじりついている。

 その姿があまりにも可愛くて、僕は自然と頭を撫でていた。


「よしよし。お前、一人ぼっちだったのか?」


「くぅ~ん」


 甘えた声を出して、僕の手のひらに顔を押し付けてくる。

 なんだこれ、可愛すぎる。

 こんな荒野で、まさかこんな癒やしに出会えるとは。


「いいよ。ここには野菜ならたくさんあるからな。好きなだけ食え」


 僕がそう言うと、子犬は尻尾が千切れんばかりに振って喜びを表現した。


「名前がないと不便だな……。よし、お前は今日から『フェン』だ」


「わふっ!」


 気に入ったようだ。

 こうして僕の荒野生活に、最初の相棒(ペット)が加わった。


 実はこのフェン、ただの魔獣ではなかった。

 古代より「天災」として恐れられる伝説の神獣・フェンリルの幼体だったのだが……。

 トマトに含まれる異常な魔力を摂取したことで、本来の姿と知性を取り戻しつつ、体を圧縮(デフォルメ)してエネルギーを温存する形態になっていたのだ。


 そんなこととはつゆ知らず、僕はフェンを抱き枕にして、温かい毛皮の感触を楽しみながら眠りについた。

 最高のモフモフ感だ。これだけで、ここに来た価値があるかもしれない。

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