姉が死ぬ未来で、弟は世界を繰り返す 〜星印が沈む朝〜

きたのだいち

第1話 星印の子ら

太陽が石畳を照らしてゆく。


淡い光が、まだ夜の気配が残っていた街を満たし、だんだんと人々が行き交い始める。


ナポリンは大きく息を吸い込んだ。


「ふぁ〜〜今日もいい天気だな!」


その声に、前を歩く姉のリボンが小さく笑う。


「しぃー。声が大きいわよ、ナポリン。まだ早朝なんだから」


振り返ったリボンの髪が、光を受けヘリオドールのようにきらめいている。

赤いリボンで高く結ばれたポニーテールは揺れ、青い瞳は穏やかな海のように細められた。


「だってさ、気持ちいいだろ?」


ナポリンは伸びをしながら言った。


「気持ちは分かるけど」


そう言いながら、リボンは困ったように微笑んだ。


二人の一歩後ろを歩くシトロンは、兄姉の会話を聞き流しながら、静かに街を見渡していた。



朝の市場。

露店の準備をする人々が増え始め、

荷を運ぶ馬車の音が広場に響いている。


―――いつもと同じ光景。


けれど。



「……ねぇ、帝国兵、増えてない?」


シトロンが、何気なく言った。


道の角を曲がった先で、銀色の鎧が朝日を受けて光る。

二人組の帝国兵が、無言で通りを見回していた。


「…そう?」


リボンは首を傾げる。


「前は、こんな時間にいなかったと思うんだけど」


シトロンが言うと、リボンは少し考えるように視線を巡らせる。

その間に、自然と弟たちの前に立っていた。


「気のせいじゃない?」


ナポリンが、足を止めた。


「別にいつも通りだろ。姉さんの言うように気のせいじゃないか?」


頭の後ろで腕を組みながら、唇をとがらせながら言う。


「……いや、確かに、増えてるよ」


シトロンが断定するような口調で言う。

眼鏡の奥の瞳が、兵士の装備を静かに捉える。


「数も、装備も。前と同じ巡回なら、あの重装備はいらない」


ナポリンは肩をすくめる。


「はいはい、シトロンは相変わらず心配性だな」

「……兄さんは相変わらず能天気だね」


言い合いながら二人はゆっくりと歩き出した。


リボンは弟達を見比べてから、ふっと表情を緩める。


「ほら、そんなに考え込まないの」


そう言って、軽く手を叩いた。


「今日は買い出しだけなんだから。早く済ませて戻りましょ」


「戻ったら何を作る予定?」


ナポリンがすぐに食いつく。


「ふふ、美味しいスープを作りましょうね」


「うっしゃ、やったねー!」


そのやり取りで、空気が和らぐ。



朝の光。

動き始めた市場の匂い。

増えてゆく人々の声。


いつもと変わらない朝。


それでも――

シトロンだけは、胸の奥に小さな引っかかりを覚えていた。


(……なにかが、少しだけずれている?)


違和感の正体は分からない。

だが、確かに何かが静かに動き始めている。


そのとき。


リボンが、ふと立ち止まった。


「……?」


胸元に微かな熱を感じる。


誰にも見えないはずの場所で、星の形をした印が、ほんの一瞬だけ脈打った。


「姉さん?」


ナポリンが声をかける。


リボンはすぐに振り返り、微笑んだ。


「…大丈夫」


それ以上、何も言わない。


「行きましょ。朝のうちに済ませたいから」


その言葉に二人は頷き、歩き出した。


この時点では、彼らの誰も、星の形をした印の光の意味を知らない。


誰も、それが未来を壊す印だとは知らない。


ただ――

この日常が、もう二度と同じ形では戻らないことだけが、静かに決まっていた。


星印は、確かにそこに在った。

まだ、選ばれる前の形で。

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