笑顔が好きな先輩を、泣かせてしまった夜|百合恋愛

岡山みこと

笑顔が好きな先輩を、泣かせてしまった夜|百合恋愛

半年前

「先輩今日もすてきっす!」

「あらありがとー」


3ヵ月前

「うおおおお!その髪型にあってます!」

「あらありがとー」


1カ月前

「先輩好きです!」

「あらありがとー」


私が学校に入学して3つ目の季節、秋。

そして好きな先輩に絡み続けて半年と少し。

なんだか同じセリフしか聞いていない気がする。


話しかければニコニコしてくれるし、返事もくれる。

嫌われてるわけじゃないと思うけどなあ。

友達曰く嫌われてもいないけど相手にはされていないとのこと。


あと、恋人がいるらしい。


なんでこんなことに気が付かなかったのかな。

自己嫌悪で消えてしまいたくなるけど、気持ちを伝えていただけで何かあったわけじゃないし。


でも、もっと先輩の事を知りたい。

好きな食べ物は?休みの日は何してる?家族は?

どんな小さなことでも知りたい。

それと、私のことも知ってほしい。

黄色が好きです、ベリーの香りが好きです、猫より犬が好きです。

先輩の記憶に私をひとつでも潜り込ませたい。


でもそんなワガママを言う勇気なんてないんだ。

かってに落ち込みながら、美化委員会と書かれている扉を開ける。

今日は各々の学年の代表委員が集まる代表者会議の日だけど、どうやら一番乗りみたい。

なんかたいそうな名前だけどボランティア清掃の段取りをするくらいで、時間の半分はお菓子を食べながら雑談をしている。


先輩と知り合ったのはこの委員会。

私が1年生で向こうが2年生。

2年代表委員だった先輩と仲良くなりたくて、私もなったのが随分前のように思える。


「やっぱりいた」


室内でだらけていると呆れた顔の先輩が覗いてきた。

私も背が高い方だけど先輩はさらに上で、切れ長の目を持っている。

見た目は完全にボーイッシュ。


なのにいつも長い髪を編み込んでいて、ピンク色のリップを塗っている。

可愛さとカッコよさが共存してるんだ。


「こんにちわ!」


ついつい立ち上がり駆け寄ってしまう単純な私。


「こんにちはじゃない」


呆れ顔をさらに深めて私のスカートのポケットを指さす。


「あーー」


3年の先輩から体調不良で休むことと、会議を改めて欲しい連絡が入っていた。


「あなたの既読が付かないからもしかしてと思って」

「めんぼくない」


わざわざ手間を取らせてしまった。


「お詫びに少し付き合いなさい」


後ろ手に持っていたジュースを一つくれた。

ひやりとしたココアだ。


「それいつも飲んでるよね」

「……はい」


彼女力が高すぎます。

戸棚からおやつもとりだし机の上に豪快に並べた。


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「いやー!先輩とたくさん話せるなんて幸せでした!」

「それでバス乗り過ごしてちゃわけないわよ」


下校時間を過ぎた通学用のバスは急激に本数が減ってしまう。

しかたなく暗くなりかけた道をふたりで歩く。

どこかで秋祭りをしているのかな?祭囃子が遠く聞こえる。


「あなたは可愛んだからもう少し注意しないと」


妹が3人もいるリアルお姉ちゃんの先輩。

心配性なのかさっきからずっと小言を言われている。


「でも先輩に言われると逆に自信なくなるというか」


孔雀が鳩に可愛いと言っても、それは多分別のベクトルの可愛い。

嬉しくはあるけど反面自信は削られてしまう。


「それをいうなら先輩こそ彼女さんが心配します」


ばれちゃったかと罰が悪そうに視線をそらされた。

言い訳かもしれないけど、そう一言付け足してから先輩が続ける。


「隠してたわけじゃないんだけど。

 慕ってくれていたから言えなくて」


諦めたように視線を合わせてくれた先輩。

その時の表情は、今までで一番大人びていた。


「でも気にしないで!」


ぐっと親指を立ててきた。


「振られたから!」


………。


「そいつどんなバカですか!!」


住宅街のど真ん中、錯乱した私の大声。

あまりの音量に焦った先輩が口をふさいできた。


「近!所!迷!惑!」

「……っす」


唇に触れている先輩の指先は、少し冷たい秋闇の中ほのかに暖かった。


「長所でもあるけどもう少し感情表現を抑えなさい」

「面目ない」


項垂れる私とそれを可笑しそうに見てくれる先輩。


「先輩、聞いていいですか?」


なぜ別れたんですか?

その一言は伝えなくても察してくれたのか、返答に困り黙り込んでる。

無言でどのくらい歩いたんだろう。

ふたりの靴音だけが誰もいない住宅街に響く。


私のスニーカーの鈍い音と、先輩のローファーの高い音。

バランスが悪いふたつ。


「私って重いんだって」


やっと口を開いた先輩。

私はその顔を見ることが出来なかった。

だって、どうしようもなく涙声だったから。


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こっちを見ないでいてくれる優しい後輩。

振られてもう何日も経ったから平気と思っていたんだけど。

だめだめな先輩だと、無理やり涙を止めた。


「電話で声が聴きたいとか、ここに遊びに行きたいとか振り回しちゃってたのかな」


乾いた笑い声を無理やり織り交ぜながら話す。

後輩に弱いところを見られたくないんだ。


「それは違います!」


今まで一番真剣で最も近所迷惑な声。

真っ暗な秋の夜、古い街灯の下、スポットライトに照らされた彼女が私の肩を掴んでいた。

前髪が交差する距離。


「ふたりの間になにがあったかはわかんないっす」


知らなかった。

ううん、見ようとしていなかった。

この子の瞳はこんなにキラキラしていたんだ。


「でも!どんなことがあっても!別れることが決まっても!」


私を見つめるガラス玉はどこまでも透明でたくさんの水を湛え、零れないよう必死に耐えていた。


「好きだった人を最後に泣かせるなんて……それだけは違うって言えます」


後輩の最後の声は消え入りそうに小さくて。

それでも何かを伝えてくれようと強くて。


私よりも震えていた。


この子と出会った春の日。

凄くなついてくれて、いつしかそれは恋心になってくれていた。


そうだ。

私はこの子の気持ちが真っすぐすぎて、与えられる心が気持ちよくて。

つい何も伝えられなくて──。


「私は先輩失格だね」


泣いたらだめだ。

この子は私の為に自分の心を傷つけてまで、堪えて、真っすぐに見つめてくれている。

だから私はいま泣いたらだめだ。


思わず見返した瞳。

視線が交差して彼女の心が飛び込んでくるようだ。

お互いの呼吸がお互いの唇を震わす。


後輩が瞳を閉じた。


長いまつげが緊張と恐怖で震えていた。

だめ、いまこんなに優しくされたら拒めない。

押し返そうと彼女の胸に添えた手に、力が入らない。


その時──。

遠くの空で大きな花火の音がした。

夜空の大輪が街を明るく染める。

世界に光が満ちた。


「調子に乗らない!」


後輩を引き離すと熱くなった頬をなんどか叩く。


「なんか体が勝手に。ごめんなさいです」


しおれた茄子のような後輩。

これ以上顔を見られるとどうなるかわからないので、無視して先に歩く。


「そっち家じゃないですよ?」

「さっきからお祭りの音がしてるでしょ、覗いて帰りましょ」

「デート!いきます!」


デートではないと否定だけしておいた。


「あとあなたね」

「っす?」


もうご機嫌になったのか半歩後をついてくる。


「いま私ちょろいから、さっきみたいなの禁止で!」

「えー、それって攻め時なのでは」


並んできて、ねーねーと連呼する。

こっちを下から覗き込んでくる顔が可愛いな、もう。


「うるさい!あと私は身持ち硬いんだからすぐに手を出せると思うな!」

「え?それって先輩まだ未経」

「それ以上言うと置いて帰るわよ!」

「先輩近所迷惑ー」

「っさいわよ!!」

「やっぱ先輩は笑ってるほうが可愛いですよー」


涙が綺麗なガラス玉から溢れて、後輩の頬を伝う。

花火に映されたそれは私には眩しすぎて、それでも美しくて。

私がこの子を好きになれるかは、まだわからない。

でもこれだけは言える。


贖罪の意味を込めて、その瞳にもう嘘はつかないよ。

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