選ばれなかった男
てつ
第1話 違和感
紗季は、拓海を疑ったことはない。
正確に言えば、「疑う段階」を飛ばしていた。
彼の言葉が減ったことも、
スマートフォンを伏せる癖がついたことも、
返信の間隔が不規則になったことも、
すべて確認済みの事実として受け取っていた。
そこに感情はなかった。
泣くほどでもないし
怒るほどでもないけど理解しただけ。
――ああ、この人に誠実を求めても無駄。
それだけのことだ。
紗季は、自分が冷たい人間だとは思っていない。
だが、必要以上に相手の事情を汲み取る癖は、とうの昔に捨てていた。
拓海は変わった。
理由を探す気もなかった。
理由は、変わった事実を無効にしない。
だから紗季は、問い詰めなかった。
サークル終わり、
拓海が後輩の女子と話しているのを見たときも、足を止めることはなかった。
相手は美玲。名前も顔も把握済み。
笑い声。距離感。
会話のテンポ。
――なるほど。
それで終わりだった。
胸が痛むこともない。
ただ、情報が一つ増えただけ。
帰り道、紗季は生協に寄り、無地のノートを一冊買った。
感情を書くためではない。
事実を並べるための器が必要だっただけ。
日付。
拓海のことば。
その後の行動。
「今日はサークルだけ」
二時間後、別の場所の写真。
彼女はペンを止めなかった。
書きながら、拓海の顔を思い浮かべない。
これは復讐じゃない、ただの整理だ。
人を切る前には、理由が必要。
感情ではなく、根拠が。
拓海は相変わらず、恋人らしい態度を取った。
手をつなぎ、予定を聞き、形だけの気遣いを見せる。
紗季は、それを受け入れたし、拒むこともしなかった。
なぜなら必要ないから。
すでに、選択は終わっている。
ある夜、拓海は何気なく言った。
「美玲ってさ、最近サークルで評価高いんだよね」
紗季は一瞬だけ彼を見た。
視線を逸らす必要もなかった。
「そう」
声は平坦だった。
拓海は、それ以上踏み込まなかった。
彼は安心したようだが、
それは、許されたからではなく、紗季が興味を失っただけ。
紗季は理解していた。
人は怒られるうちは、まだ価値があるけれど無関心は終了を意味する
その夜、ノートの最後に一行書いた。
――この人は、私の人生に不要。
冷たい言葉だが、迷いはなかった。
紗季は復讐を考えているわけじゃない、視界から消すだけ。
静かに。
確実に。
取り返し不能な形で。
ページを閉じたとき、心拍数は変わらなかった。
もう、恋人ではないからだ。
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