第5話 没落令嬢リネットとの出会い。彼女の「重すぎる鎧」を物流的視点で批判。

「……到着。予定時刻より3分遅延。峠の霧が計算より2パーセント濃かったな」


 アルシュタット辺境伯領の境界、その入り口となる「鉄の関所」。

 ユウサクは御者台から飛び降り、懐中時計の蓋をパチンと閉じた。

 194センチの巨躯が、凍てつく朝の空気を切り裂く。彼の背後には、ユウサクの「交通整理」によって、かつてないほど整然とした隊列を維持したまま進軍を続けてきた王都騎士団の補給部隊が控えていた。


「ユウサクさん、そんな端数の秒数まで気にしなくていいではありませんか。法的には予定の範囲内です」


 同乗していた法務官エレナが、外套を羽織りながら馬車から降りた。彼女の知的な瞳は、関所の惨状をいち早く捉えていた。


「法的にはそうでも、ロジスティクス的には誤差だ。誤差が積み重なれば、終点での欠品を生む。……それより、前方を確認しろ」


 ユウサクのアイスブルーの瞳の先。

 関所の広場では、激しい戦闘の音が響いていた。

「グォォォッ!」という野太い咆哮。魔王軍の斥候部隊――5体のオークが、関所の守備隊を押し潰そうとしていた。


「引くな! ここを抜かれれば、アルシュタットの民に届くはずの僅かな食糧さえ奪われるぞ!」


 ひときわ高く、凛とした声が響いた。

 オークの棍棒を銀色の盾で受け止め、長槍を鮮やかに繰り出す一人の騎士がいた。


 リネット・ヴァン・ブライスウェイト。

 23歳。没落したブライスウェイト家の令嬢であり、この関所の防衛責任者だ。

 息を呑むような九頭身のスタイル。切れ長で大きな瞳と、意思の強そうな唇。しかし、彼女が纏っているのは、そのしなやかな肢体にはおよそ不釣り合いな、重厚すぎる儀礼用甲冑だった。


「……あいつ、馬鹿か」


 ユウサクは加勢するどころか、冷淡に言い放った。


「ユウサクさん!? 彼女、必死に戦っているではありませんか。法務官として、緊急時の救助義務を――」


「救助以前の問題だ。エレナ、あれを見ろ。あの騎士の『燃費』を計算してみろ」


 ユウサクの脳内では【全域在庫把握】と【最適解算出】がフル稼働していた。

 彼の視界には、リネットの動作に伴う関節への負荷、心拍数の上昇、そして何より、彼女の鎧が物理的に奪っている「エネルギーのロス」が、赤い警告色のベクトルとして表示されていた。


「現在の戦闘時間、わずか180秒。だが彼女の酸素消費量は、通常の激戦時の1.5倍に達している。原因はあの『デッドウェイト』だ。……リネット、と言ったか。彼女の鎧、重量は35キロを下回らない。さらに重心が高すぎる。一歩踏み出すごとに、彼女の代謝エネルギーの30パーセントが、単なる姿勢維持のために浪費されている」


 オークの強烈な一撃が、リネットの盾を叩いた。


「……くっ!」


 リネットの膝が折れる。彼女の美貌は泥と汗に汚れ、激しい息切れが関所の広場にまで漏れていた。


「……限界だな。物流効率がゼロになる前に、介入する」


 ユウサクは無造作に、荷台から一本の「物流用鉄パイプ」を手に取った。

 それは荷崩れを防ぐための強固な魔法鋼で作られたものだ。


 ユウサクは助走なしに、オークの群れへと踏み込んだ。

 194センチの巨躯から繰り出される一撃。それは武技でも魔法でもなく、物理的な質量と速度を最も効率的に衝突させる「最適打撃」だった。


「ガッ……!?」


 オークの一体が、頭蓋を粉砕されて崩れ落ちる。


「……何!? 誰だ!」


 リネットが驚愕の声を上げた。

 視界の端に映ったのは、モデルのように端正な顔立ちをした、しかし巨大な岩石のような威圧感を持つ男。


 ユウサクは返り血を拭うこともせず、残る4体のオークの動きをスキャニングする。


「……左から30度、速度15ノット。……迎撃コスト、最低」


 鉄パイプが閃く。骨を砕く鈍い音が連続して響き、わずか30秒後、関所の広場にはリネットとユウサクだけが立っていた。


「……あ、ありがとう。助かったわ、旅の騎士様」


 リネットは荒い息を整えながら、槍を杖代わりにして立ち上がろうとした。

 しかし、その重すぎる甲冑のせいで、足がもつれて再び地面に膝をつく。


「……勘違いするな。俺は騎士じゃない。運び屋だ」


 ユウサクはパイプを肩に担ぎ、見下ろすようにリネットに近づいた。

 リネットは顔を上げ、男を見上げた。194センチ。首が痛くなるほどの高身長だ。


「運び屋……? 王都からの補給部隊の方ね。よかった、カタリナ様もきっとお喜びになるわ。……私はリネット・ヴァン・ブライスウェイト。この関所を守る――」


「――リネット、と言ったか。君に一つ言っておく。その鎧、今すぐ脱いで捨てろ」


「……え?」


 リネットの言葉が凍りついた。

 賞賛でも、心配でもない。最初にかけられた言葉が、武人としての誇りである鎧の放棄だった。


「何を……言っているの? これは我が家の家宝であり、騎士の誇りよ!」


「誇り、か。情緒的な価値は否定しない。だが、ロジスティクスの観点から言わせてもらえば、それは単なる『不良資産』だ」


 ユウサクは冷徹に言い放った。


「君の身長、体重、および筋出力に対して、その鎧の重量配分は完全に破綻している。先ほどの戦闘でも、君は攻撃を避ける動作に0.2秒の遅延が発生していた。原因は肩甲の過剰な厚みだ。……いいか、リネット。君という『戦力』を運用するためのコストが、その鎧のせいで跳ね上がっているんだ」


「運用コスト……? 何を馬鹿なことを!」


「事実だ。君はこの3分間の戦闘で、本来なら1時間行軍できるはずのエネルギーを消費した。そのエネルギーを補うためには、通常の兵士の2倍の食糧と、3倍の疲労回復ポーションが必要になる。……この飢えている辺境において、君一人の『非効率な誇り』のために、どれだけの民の食糧が削られるかわかっているのか?」


「そ、それは……!」


 リネットの顔が屈辱で赤く染まった。

 華やかな容姿が、怒りでさらに引き立っている。


「私は、領地を守るためにこれを着ているのよ! 敵の刃を弾き、民の盾となるために!」


「盾になる前に君自身が自重で潰れる。……そして、この関所の在庫管理もひどいものだ。リネット、君が前線で戦っている間、補給室の扉が開け放しだった。冷気魔法の魔石が露出し、中の干し肉が異常乾燥して目減りしている。重量比で5パーセントの損失だ」


 ユウサクはリネットの横を通り過ぎ、関所の倉庫へと足を踏み入れた。


「……あ! 待ちなさい! まだ話は終わってないわよ!」


「終わっている。……エレナ、契約書の準備をしろ。この関所の運営、およびリネットという『人的資源』の最適化を、メルキアでのコンサル契約の付帯条項に追加する」


「……承知しました。確かに、この非効率は法務官としても見ていられませんね」


 エレナが、淡々と書類を取り出しながらユウサクに続いた。


 リネットは立ち尽くしていた。

 自分たちが命がけで守ってきた「誇り」や「伝統」を、すべて『数字』と『効率』で切り捨てられた衝撃。

 しかし、同時に彼女は気づいていた。

 男の指摘通り、自分はもう限界だったのだ。重すぎる鎧を支える体力も、届かない物資を待つ忍耐も。


「……待って! ユウサク……と言ったかしら」


 リネットは震える足で立ち上がり、重い鎧を鳴らしてユウサクを追いかけた。


「……あんた、物流のプロなんでしょう? だったら、証明してみせてよ。誇りを捨てなくても、民を救える方法があるっていうなら……!」


 ユウサクは立ち止まり、肩越しに彼女を振り返った。

 見る者を射抜くアイスブルーの瞳が、わずかに揺れた。


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