人間多層構造説
女子高生
人間多層構造説
人間は多層構造なのだ、とふと思いました。
人間は愚かではありません。賢くもありません。孤独でもなければ、哀しくもありません。見栄を張るだけが、人の上に立ちたがるだけが、人間でもありません。
ただ、それが人間という営みの一部である事に間違いは無いのでしょう。
私は賢く、善い人間になりたいのです。如何すれば、理想の己を実現できるものかと、毎日毎秒、頭を捻ります。
平凡で、薄っぺらな望みだと自分でも呆れてきますが、
そんな自分が如何にも愛らしくて仕方がないのです。
母は私を愚かで愛すべき末息子とばかり思い定めております。その立ち位置が身内の間で求められている事を私がいつしか察した故に。
私は長兄の様に家族を捨て、家を出ませんし、次兄の様に父に反抗心を抱き、それを隠しもせず剥き出しにして、母の心労を伴わせる真似も致しません。
私は学舎では上上の成績を毎度修めてきます。教諭には好い顔をして、學園代表なんかも任されてしまったり。
そんな表では立派な息子は、家に帰った途端、極度の面倒臭がりを発揮し、心底だらしが無くなるのです。それに加えて末子特有のあどけなさに甘えん坊と来た。可愛げのかけらも無い二人の息子を育ててきた母の瞳には、さぞかし私が愛らしく映る事でしょう。
”あなたは何てダメな子なの”
母は決まってこの
私はこんな生活に安寧こそ覚えておりますが、満足は到底出来ません。私の理想は、賢く、善い人間。身内に対し、或いは友人や教諭に対し、私は良識を持つ善い人間であるやもしれません。ですが現在、人を恐れ、偽善を振り撒くあまりに、賢さを装うことが
「賢さ」それは、知識が豊富である事、判断が適切である事、単なる理解力。若しくは、思慮深さでしょうか。私に欠落しているものは一体何だというのか、しっくりくるものは思いつきません。
私が善い人間で在りたいのは、他人に向けられる悪意というものが一等恐ろしいから。
私が賢くなりたいのは、底の知れないものは気味が悪いから。
嗚呼、やはり私は何処までも自分本位な人間ではありませんか。
偽りの無い善意や、純粋な知識欲など、私は持ち合わせていないのです。
毎度此処まで頭を捻った所で、肺の空気を全て出し切ってしまう程に大きな溜息が私の口端から溢れます。自室の畳に四肢を放り出して転がる視界に、部屋の灯りがちらちらと揺れるのが愉快でした。
私は毎日何度も同じ思考を繰り返します。きっと私の唯一の趣味は思考、なのでしょう。実を言えば、既に私は、自分が賢い側の人間であると自負しております。傍から見れば、ですけれど。私は、学業も所作も言葉遣いも申し分無く、何なら家柄だって人並み以上に御座いますし、年配者にも幼子にも好かれるよう振る舞う事が出来ます。
だのに、私は己の欠陥を必死に探し、わずか二本のこの手で欠を埋めんと右往左往するのです。
今までの人生、私は自分に出来ないことばかりを数えてきましたが、改めて己の能力を鑑みると、もしかしたら、私は本当に賢く、善い人間なのかもしれない。そんな考えが浮かんできました。
こんな事は初めてでした。他者に己を否定される前に粗を隠す。私は人に産まれてしまった事に気が付いた時から、ずっとそうして生きてきましたから。
人間を恐れる自分が、他の人間の為に自分を殺す。その様が何とも惨めで、愛おしかったのです。己を憐れむ自己憐憫、それこそが私が理想を追い求める唯一の活力でした。
しかし、ふと冷静に己を見下ろすと、私の手中には十分な生きる糧が有る事に気が付いたのです。
途端に私以外の人間が愚かに思えて仕方なくなりました。腹を痛めて私を産んだ母も、名門校と評される學園の教諭も、私の偽甘に、偽善に、ちっとも気付きやしないではありませんか。
人間は愚かだ、そんな陳腐で使い古された言葉が私の頭をよぎりましたが、私は人だが愚かでない。と意地を張っていると、ふと思いました。人間は多層構造なのだと。
偽りの存在に気が付けない愚かな人間
その人間を愚かだと見下ろす偽りに塗れた人間
そんな人間達を擁護する、善良ぶったその顔こそが偽りである人間
何方にも属さない惰性的で無思考な人間
偽り以外の事象に於いてもこの構造は成り立つのではないでしょうか。全ての立場の人間をまとめて、「人間」と言うのであれば、人間は愚かだ。と言う人が居ても、人間は賢い。と言う人が居ても何ら不思議ではないのです。
此処まで合点が行った時、私は腹の底から込み上げてくる笑いを抑える事が出来ませんでした。暫しの間、陰湿で、それでいて乾いた笑いが家中に響き渡りましたが、特に気になりません。
この一瞬で世界の真相真理までもが判ってしまった様な気がしてなりませんでした。凡てを知った私は無敵で、この世に私が恐るるに足るものなど、無いのではないかとさえ思ってしまったのです。人に産まれ、人に生きる「人間」の構造に、知らぬ間に組み込まれてしまった無知な彼等に怯える必要など微塵も無いのだ、と。私の無遠慮な笑声を聞き付けて、使用人が部屋の外から声を掛けてきました。
”坊っちゃま、いかがなさいましたか”
折角、私の思考が至高に達したところだというのに。ふっと意識が現実に引き戻されてしまったような気がしました。高笑いに喉が渇き、彼女に茶でも淹れさせようと
気付き、判ってしまったのです。全知を気取った人間、つまり私も、既に人間という多層構造には組み込まれており、中でも低俗でありふれた層に押し込まれていたのだと。
人間は愚かではありません。賢くもありません。人間が人間にある限り、愚かにも、賢くもなれないのです。私はそう思い込んで生きていく事を決めました。なぜでしょう。これ以上の思考は、誰よりも人とし生きる私の心を、蝕んで、腐らせてしまう気がして堪りません。
結局私は、「人間」の中で最も安全な役を、半端な道化を、選び取っていただけ。本物の道化は彼が傷つかない為に創り上げた、彼だけの役回りだったのです。嗚呼、いっそのこと私もそれになってしまいたかった。
実態も、実情も掴めない、善や賢さなんかを追い求めて生きていくには、この多層構造を超越する力が求められてしまいます。これこそが、賢い人間が衝突し、その賢さ故に決して乗り越える事の出来ない、「人間」という壁なのでしょう。
___漸く、気付く事が出来ました。
私はその晩、布団の中で泣きました。
悲しかった訳でも、何が悔しかった訳でも御座いません。
「人間」
それは人が生を享受する限り、絶対に抜けられない組織。
それは私が密かに畏敬の念を抱く組織。
圧倒的な力を持つ、唯の概念に、
そして、涙はその感動の一雫なのです。
嗚呼、やはり人間は愉しい。
思考し、蔑まれ、思考し、蔑み、畏れる。
私は誰よりも人間に御座います。
人間多層構造説 女子高生 @hanakappa2525
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