第4話

​資材置き場の重厚な気密扉を隔てた向こう側では、いまだ優雅なバイオリンの旋律が流れていた。


姿なき観客たちの拍手、食器の触れ合う軽やかな音、そして時折混じる不自然に明るい笑い声。


先ほどまでジョンたちの命を狙っていた警邏ロボの、あのバグがかった警告音は、いつの間にか霧が晴れるように止んでいた。


​だが、それは平和が訪れたことを意味しない。むしろ、獲物を袋小路に追い詰めた捕食者が、静かにナイフを研いでいるような、そんな肌に刺さる沈黙だった。


​隊長はグレネードのピンを引き抜き、ジョンへと向き直った。


「お前さん…準備はいいか」


「ああ。頼む」


隊長は振り被りながらグレネードを隙間から投げた。


本来は装甲板を焼き切るための指向性爆薬だが、今はその「副産物」こそが彼らの生命線だ。


​「耳を塞げっ!」


​広場の中心――もっとも「賑やかな音」が聞こえる観客席のど真ん中へグレネードの軌道は吸い込まれる。


​直後、鼓膜を震わせる爆鳴と共に、目も眩むような閃光が奔る。


ドォォォォォン!!


爆風が吹き荒れ、そこにあった椅子やテーブルが、ぶつかりながら粉砕され、吹き飛ぶ音がした。


爆薬の衝撃によって建造物の破片や塵が、瞬く間に広がる爆薬による白い帳と共に覆い尽くしていく。


​「今だ!!」


​二人は資材置き場から、その煙の渦中へと飛び出した。


​『……警告。即時降伏セヨ。……サモナクバ……射殺射殺射殺……』


​警邏ロボ達によるバグがかった声が響く。


ジョンは反射的に身構えた。皮膚が焼かれる熱、あるいは頭部を貫く衝撃を覚悟して。


​一秒。二秒。三秒。


​だが、痛みは来なかった。


「ハッハッ! お前さんの言う通りだ、ジョン! 当たらねえぞ!」


隊長が荒い息を吐きながら叫んだ。


​ジョンの目論見は的中していた。

姿は見えずとも、奴らの主兵装がレーザーであるならば、物理法則からは逃れられない。空気中に充満した濃密な塵や煙、それらがレーザーを乱反射させ、その威力を劇的に減衰させていたのだ。


​だが、安堵は一瞬で氷ついた。


煙の中に、それまで見えていなかった「地獄」が浮かび上がったからだ。


​「……なんだよ、これ……嘘だろ」


​ジョンの喉が、恐怖で引き攣れた。

可視化されたのは、一本や二本の光線ではなかった。


煙を切り裂くように奔る、四方八方から伸びる紅い糸。


それは通路の壁、天井の接合部、人工大理石の床の隙間……あらゆる場所から、まるで生き物の毛穴から生える毛のように、無秩序に、そして執拗に突き出していた。


​それらの発射口は、まるで呼吸するように明滅し、ジョンたちの動きに合わせて一斉に角度を変える。


「ボサッとするな! 早く移動するぞ!」


隊長に突き飛ばされ、ジョンは我に返った。


チリッ、と音がして、ジョンの作業着の肩口から煙が上がる。煙が薄くなった箇所から、減衰を免れたレーザーが、再び殺意の牙を剥き始めていた。


​「死んでたまるか……!」


ジョンは歯を食いしばり、隊長の背中を追って、白い煙の回廊を走り抜けた。


​隊長は走りながら、パワードスーツのヘルメットに内蔵された通信機を、最大出力で軍用チャンネルに繋いだ。


「各員、小隊長のマックスだ! 敵の武装の正体は、ステーションの構造そのものに組み込まれた高出力レーザー兵器だ! 姿は見えないが、物理的な干渉は可能だ。対レーザー防御措置を執れ! チャフ、減衰剤、それがなければスプリンクラーでもスモークでもいい! 自分達がいる空間に撒くんだ!」


​通信の直後、ステーションの各所から、重低音の爆発音が連続して響き渡った。


生き残っていた隊員たちが、マックスの指示に応えたのだ。


天井へと立ちのぼる白煙が、ステーションの豪華な内装を塗り潰していく。優雅なジャズは、爆発音と警報音によってかき消され、ようやくこの場所が「戦場」へと姿を変えた。


​「お前さんのおかげで、随分と生き残れそうだ。……助かったよ」


走りながらマックスが振り返り、野太い声で笑った。


その言葉に、ジョンの胸の奥に、凍りついていた体温がわずかに戻ってくるのを感じた。


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