鬼と鶏

れめな

第1話

昔々のその昔、ある所に乱暴者の鬼が居ました。名前はありません。鬼というのは大抵悪鬼として語られ、悪鬼として死ぬからです。


その鬼は典型的な腐れ外道でした。


人々から財産や食料を略奪し、逆らう人々・討伐に来た人々を皆殺しにします。

それだけではなく、気まぐれに人を食べます。

バクバク、むしゃむしゃ。

正真正銘の悪鬼に、人々は恐怖していました。


それを見かねた一人の剣士がいました。

彼の名前は……覚えていません。とても大層な名前だったような気がします。


彼は鬼を殺しました。巷では過程が立派に語られていますが、まぁどうでもいいです。


問題は鬼に子供が居たことです。


泣く子も黙る悪鬼の子供は私と兄鬼でした。

親を殺され恨み辛み……なんてことはなく、健やかに健全に生きています。


「よっと」


今日も晩御飯を調達しに、山に来ていました。

この島は食料が乏しいです。果実か山菜しかありません。だからこうして毎日山に行く必要がありました。海で魚も撮れるんですが……


「魚は嫌いです」


生臭いし、死んだ時の目がちょっと気持ち悪いです。それにうにょうにょの虫を触らなければいけないですし……やりたくないです。


「だから、無難に山菜狩りです」


片手に鍬、背中に籠を背負いながら私は山の中を散策します。山菜と言っても、今は秋なので栗とさつまいもでしょうか?

一昨年見つけた栗の木と、少し前に植えたさつまいもを思い浮かべます。


うん、とても美味しそうです。

栗とさつまいもの汁物が出来そうです。


「? あれはなんでしょう」


私が獣道を歩いていると、道の先に何かが転がっているように見えました。真っ白で、私と同じくらいの大きさでした。


「……人間?」


山菜取りで見つけたのは不思議な人間でした。白く透き通った肌で、一糸纏わぬ姿です。

小さな寝息を立てて寝ていました。


「コレは本当に、人間でしょうか?」


私は首を傾げ、まじまじと観察します。体つきから見て、子供でしょうか? 背中からは鳥の翼を巨大にしたようなものが生えていました。

人間というのは腕が二本、足が二本に頭のついた生物で、翼なんてものはないはずです。


「うぅ……」


私が観察していると、人間がうめき始めました。驚いた私は、咄嗟に距離を取りました。

人間もどきは大きく伸びをすると起き上がり、私の方をじっと見つめました。


「誰?」


口を大きく開いて、私は驚きました。人間が鬼語を話したからです。人間は人語、鬼人は鬼語。喉の作りが違う二つの種族はお互いの言葉を発音できない……つまり、鬼語を話せるこの子は鬼のはずです。


「ここは孤島、貴方は誰ですか?」


「……わからない」


私にも鬼が誰だかわかりません。私達以外に、人間や鬼はこの島には居ないはずです。


「もしよかったら私の家に来ますか?」


まぁ少女が何であれ、裸のまま放置できません。人間ならまだしも、少女は鬼です。

同族には優しくしなければ、です。


「?」


少女は無言で首を傾げました。

話せるのに言葉は理解できないのでしょうか?

私は少女の腕を取ります。鬼としての善性がこの子を放っておくのを許しません!?

……鬼としての善性ってなんですか?

自分で言いましたがわかりません。


私は少女の手を取り、獣道を歩いて山を降ります。少女はやはり首を傾げ、不思議そうに私を見ながらついてきます。


少女のちまちまとした足取りは可愛いです。

まるで親鳥を追う、子鳥のようです。


「兄鬼──! 鬼を保護しました」


私は家に連れ帰り、叫びました。それはもう有らんばかりに。雄叫びをあげるように。


「サナ? 鬼を保護したって?」


ひょろりとした長身の鬼が、玄関から顔をのぞかせます。額に立派な角がある、私の兄鬼です。双子の私達に兄弟なんてものは、ないはずですが……何故か、兄として振る舞います。


「お前ッ! それは人間じゃないかッ!?」


兄鬼は叫びました。大きく開かれた口には牙が並んでいました。刃物の様に鋭いそれは、なんでも噛みちぎれる立派な凶器です。


「違います、この子は鬼です! 鬼の言葉を話せるんですよ!? ほら」


今にも腰の剣に手を掛けそうな兄鬼を私はなだめます。肘で少女を突いて、何か話すように促しました。ダメ押しにウィンクもします。


「お腹減った」


確かに彼女は喋りました。人間には鬼語は喋れません。やはり、彼女は鬼です。


「翼はなんだ? 肌が赤くないぞ?」


兄鬼の疑問はもっともです。でも、私にも難しくてよくわかりません。


「辞書を読めばわかります」


私の家には本が沢山あります。親の遺産のうち、財産は全て持っていかれましたが、本だけは私達に与えられました。まぁ鬼語の本なんて人間にはゴミにしか見えなかったのでしょう。


「兄鬼愛用の辞書は飾りですか?」


「……」


兄鬼は無言で家の中に戻って行きます。


「さぁ、入りましょう」


私は少女の手を取り家に招きます。家に誰かを招くというのはコレが初めてでした。私には友達はおろか、話し相手は兄鬼しかいません。少女がなんであれ、私の胸は期待でいっぱいでした。


「まずは湯浴みをしましょう」


かまどでお湯を沸かします。ここは井戸があるだけで、使える水は多くありません。

だから湯船には浸からず、お湯と布で体を拭いて、清潔感を保っていました。


少女の身体は、土まみれ・草まみれでとても汚れています。まずは身体を綺麗にして、清潔な服を着せてあげましょう。少女の前に、桶に入ったお湯とふかふかの布を置いてみます。


少女はやはり首を傾げるだけです。しょうがないので私が少女を綺麗にします。布で少女の絹のような肌を優しく拭きます。


「おー、おー」


少女はくすぐったそうに身を捩ります。それでも私は身体を拭きます。


「……673番?」


少女の手の甲には三桁の数字が刻まれていました。どうやらそれは随分と前につけられた、火傷の後のようです。


「コレはどうしたのです?」


少女に傷を指差して、尋ねました。


「おー? 番号!」


番号、それはわかっています。私が聞きたいのは『何故、このような傷があるか?』です。


「おぉ? 番号!? 番号!」


というか少女は上手く喋れないようです。

それにどこか子供っぽい……? 流暢に話せてもおかしくない年頃のはずなんですが。


「まぁいいです。貴方が鬼語を喋れるのは、確かなんですから」


少女に服を着せました。私のお下がりの黒く染められた着物です。黒髪の私より、白髪の少女の方が似合うような気がします。


「……そういえば、羽がありましたね」


私は背中に羽を出せるように切れ込みを入れます。たぶん、これで大丈夫なはずです。


「おぉ? 服」


やっぱり、ばっちりでした。少女の透き通るような白い肌と絹のように美しい髪には、黒い着物がよく似合います。


「あ、忘れていました」


そうです! 私は大切なことを聞いていませんでした。彼女が舌足らずなため、保護することが第一で聞くのを忘れていました。


「貴方、名前は?」


「……673番」


「……それが名前なんです?」


少女の手には、焼印で番号がつけられていました。ならば名前の代わりに、番号がつけられていてもおかしくありません。それが名前なんでしょうが……少し味気ないです。


「ろっひゃくななじゅうさん。ろくななさん」


私はさまざまな呼び方を試してみます。


「むなみ……むーなーみ。コレはいいですね」


即席ですが、あだ名を考えることにします。


「貴方のあだ名はむなみでどうですか?」


少女は不思議そうに私を見つめます。


「人を番号で呼びたくないんです」


「おー、俺はむなみ?」


「はい! 貴方はむなみです!?」


何故か主語が俺な少女──もといむなみは少しだけ嬉しがっているような気して……


私も思わず頬が緩みます。


「お腹すいた」


むなみは思い出したように呟きます。ちょうどよくむなみの腹の虫が鳴ります。


「ご飯食べる?」


コクコクコク!? 首が取れるんじゃないかと思うほど激しく頷きます。余程お腹が空いていたのでしょうか? ご飯を作り終えるまで、待ってくれる気がしません。


私は棚から昨日茹でた栗を用意しました。


「ッ!」


飛びつくように食べ始めます。それはもうガツガツと食らっています。肉食動物のようです。

私はむなみが栗に夢中の間に、さつまいもと栗の汁物を作ります。


「おーい、サナー」


兄鬼が私を呼びます。しかし火を掛けている以上、私は動くことができません。


「兄鬼ー! 今は料理をしています」


「そうか?」


「ヒィッ!?」


突然後ろから声が聞こえて、私は驚きました。

兄鬼がいつの間にか背後にいました。


「あの人間の正体がわかったぞ」


兄鬼は手に辞書を持っています。鬼語で書かれた一家相伝の辞書です。


「あれは『鶏』だと思う」


「『鶏』?」


鶏というのは確か……人間に飼われている家畜の名前のはずです。白くて大きな翼を持っている鳥と聞いたことがあります。


辞書を閉じて、兄鬼はお椀を突き出します。


「兄鬼も食べたいの?」


「……腹が減ったからな」


そういえばまだ、お昼ごはんを食べていませんでした。


「お腹すいたー」


むなみもご飯の催促に来ました。……そういうことで私達は食卓を囲むことになりました。


「……美味しい!」


むなみは手を使って、汁の具を──さつまいもやら栗やらを口に放り込みます。かなり熱いはずですが、火傷しないのでしょうか?


「こら、『鶏』! お行儀よく食べなさい」


「兄鬼、『鶏』じゃなくてむなみだよ。あと、むなみはお行儀よく食べなさい」


「お行儀、なに?」


がむしゃらに食べるむなみを見て、私は少しだけお母さん気取りで振る舞います。まだ会ったばかりですが、妹みたいで可愛いです。


「全く、変なもんを拾って……」


苦々しく兄鬼は言いました。


「俺、変?」


それを聞いてむなみは私に尋ねます。


「変じゃないです」


髪をくしゃくしゃと撫でました。


「おー、もっともっと」


笑顔になって、ぴょんぴょん跳ねます。はねて、はねて……天井を飛び始めました!?


「すごい! むなみが飛びました!?」


「俺、すごい!?」


褒めると喜んで、なおのこと飛び回ります。


「サナ……本当に何を拾ってきたんだ」


私にもわかりません。でもこの日から、私達の生活に『むなみ』という変化が訪れました。


「それが良いものだと信じたいです」


むなみは鬼ではないかもしれません。いくら鬼語を喋れても、角がなくて翼が生えた鬼なんているはずもないです。


けど、むなみは……私を怖がらす、私の料理を笑顔で食べてくれました。


きっと良い友達になれるはずです。


おしまい

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鬼と鶏 れめな @rmune

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