それはきっと

@Suisei_gyakkou

第1話

「ちょっと話があるんだけど」


私にはどうしても気になる事があった。

彼と付き合いだしてからもうすぐ一年が経とうとしている。その間、私達はケンカをした事がない。それはとても幸運な事なんだけど、彼があまりにも怒ったりしないから少し不安になってしまう。

「あなたって、怒ったりする事あるの?」

私は少し体を前のめりにさせ、彼の顔をじっとみつめてその表情を読み取ろうとする。

「急にどうしたの」そう言いながら彼はテーブルの上にあるおしぼりを小さく畳んでいく。落ち着かない時に現れる、彼の癖だ。


「私達、付き合いだしてもうすぐ一年だよね」

「うん」

「けど、ケンカとかしたことないじゃん」

「それは悪い事じゃないんじゃないかな」

「そうなんだけどさ」

私は少しだけ彼に悪いかな、と思いながら次の言葉を続ける。

「待ち合わせで遅れて来ても、何にも言わないよね。待たされて文句の一つも言いたくならないの?」

「だって文句を言う前に君が先にごめん、って言うじゃん」

「そ、そうだっけ」

「うん」

「じゃあ、私って自分で言うのもなんだけど、我儘じゃない?無理言うなよ、とか思わないの?」「我儘な自覚はあるんだね」

「どういう意味よ」

「あ、冗談だよ」

「で、思わないわけ?」「そりゃ少しは思うけど。けど誰にでも我儘言う子じゃないって知ってるから、僕に我儘言う分にはいいんじゃないかな」

少し照れた表情を浮かべて彼は私から視線を逸した。ちょっと我儘言うのはやめよう、と反省しておく。


「じゃあ、もしね」

少し意地の悪い質問をしてみる。

「もし私が浮気したら、どうする?」

「な、何言い出すの」

おしぼりを畳む手を止めて、彼は私の顔を見る。彼の表情は明らかに困惑している。

「そ、そりゃ嫌だよ。けど、浮気されるのは僕に足りない部分があるからだと思うから、まずは自分を磨くかな」

そう言って少し考えこんだ後、

「…浮気してるの?」

彼が恐る恐る口を開く。母猫とはぐれた子猫の様に不安そうな彼の様子に、少し胸が痛む。

「もしも、の話よ。仮定の話。してないから安心してよ」

意地悪な質問してごめんなさい、と心の中で謝りながら彼に言う。

「…よかった。うん」

心の底から安堵している彼を見て、また少し心が痛んだ。ごめんね。


「どうして、さっきからそんな事ばかり訊くの?」

彼は私に尋ねる。

私は正直に答える。

「やっぱり、付き合ってたら言いたい事言い合えないとストレスとかになるんじゃないのかな。私はあなたに不満はないの。けど、もし私があなたを怒らせる様な事を知らずにしてて、それを溜め込んでたりしたら嫌じゃない?別に怒られたい訳じゃないのよ。ただ、もう少し怒ってもいいんだよ?」


私はどんな表情でそう言ったかわからない。

くだらない質問をしたバツの悪さで彼の顔を見れないでいると、彼の声が聞こえてきた。


「これから先も、僕は君と一緒にいたいと思うよ。だから仮定の話までして怒らせたりするのは、あんまり関心しないかな。仮定の話するよりも、次のデートの計画を立てた方が楽しいじゃない?僕も怒る時はちゃんと怒るから、もうこの話はやめようよ」


彼の声はいつもと変わらない調子だったから、安心したのと同時に自分のバカさ加減にがっかりしてしまう。

彼の方をチラリと見ると、手持ちぶさたなのか、またおしぼりを小さく畳み始めていた。


そんな彼の姿を眺めていたら、ふとある事に気付いた。



「ひょっとしてさ」

「なに?」

「私、今怒られてるのかな」

私の言葉に、彼は少し笑っただけだった

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