第3話:何もない午後がいちばん好きだ
14時になると、部屋の空気が変わる。
それまで騒がしかった猫たちが、まるで合図を受け取ったかのように、一斉に静かになるのだ。
やれ飯をくれだの、撫でろだの、トイレが気に入らないだのと主張していた声が、潮が引くように消えていく。
それぞれが、それぞれのお気に入りの場所へ向かう。
窓辺。
ソファの端。
午後の光が一番やわらかく落ちる床の上。
ひだまりに身体を預け、丸くなり、やがて小さな寝息を立て始める。
規則正しく、自由で、疑いのない呼吸。
私はその様子を、ただ眺めている。
写真を撮るわけでもない。
記録するわけでもない。
誰かに見せる予定もない。
ただ、その時間が過ぎていくのを、邪魔しないように座っている。
テレビはずいぶん前から地上波が映らなくなったまま放置している。
14時。
休日の穏やかな昼下がりには私と猫以外の音はない。
この時間に、私は何も得ていない。
新しい情報も、刺激も、達成感もない。
それでも、ここには確かな充足がある。
「何も起こらない」ということが、これほどまでに穏やかで、確かな状態なのだと、私はこの14時に何度も教えられてきた。
どこかへ行かなくてもいい。
何者かにならなくてもいい。
今ここで、世界がちゃんと呼吸している。
それだけで、十分なのだと思える。
世間が言う「体験」とは、たいてい外側に向かって開いている。
移動し、触れ、驚き、持ち帰るものだ。
けれど、この時間は違う。
閉じている。
静かで、内向きで、誰にも見せる必要がない。
誰とも会わず、何の予定もなく、無音と安心とまどろみの中で過ごすいつもと同じ部屋に、これ以上ないほどの充足した幸せを感じてしまうのだ。
私はこの時間を、誰にも説明できないし、説明するつもりもない。
ただ、これ以上に尊いものがあるのだろうか、といつも自分に問う。
そして、「これでいい」という答えだけが、静かに残る。
旅先で一箇所にとどまりたくなるのも、きっとこの感覚と、どこかでつながっている。
私は動かないことで、ようやく呼吸ができる人間なのだ。
14時。
猫たちが眠り、世界が一度、力を抜く時間。
私はその中に居続ける。
どこへも行かず、
何も足さず、
ただ、とどまりながら。
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ここまで読んでくださり、ありがとうございます。
「分かる」「私もそうかもしれない」
そう感じたところがあれば、
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