一河 吉人

祝い


「おめでとう、マウント」


 司教様は、そう祝った。


「君の天職は――【勇者】だ」


 その言葉に、教会へ集まっていた村人たちはみな驚嘆と歓喜で震えた。まさか、こんな寒村から【勇者】様が出るなんて―――


 ここオーランド王国では15歳の成人を迎えると、天より職業クラスを授かる。戦士、狩人、漁師――膨大な可能性の中から、当人の進むべき道が示されるのだ。各人はそれに従い、己の人生を知る。個人のあり方を規定する神の定め、それが天職だ。


 こんな何も無い村でも、その意味は全員が分かっている。と言うか、【勇者】を見逃さないために国を上げて儀式をやっているようなものだ。魔族の侵攻を食い止め、世界に平和をもたらす光。人類の希望。おとぎ話の中の存在を目にし歓喜に涙している姿は多く、膝立ちで祈り始めた人もいる。僕も当然に、誇らしい気分でいっぱいだった。


「うむ、みなも喜ぶのは分かるが、儀式を終えるのが先決じゃ……聖告はなされた」


 司教様はそう言って、錫杖を鳴らして告げた。


「ニコラス、君の天職は――【祝】だ」


 そうして僕は、勇者の仲間となった。




 日のいずる地より来たりて、人を襲い地を穢す――それが魔族だ。人類よりもはるかに強靭な肉体と膨大な魔力を振るい我が物顔で国々を荒らし回る、恐ろしく残忍な存在。そんな人類の敵に立ち向かい、人々を憂いから解放する英雄、それが勇者とその仲間なのだ。


 では、勇者パーティーを紹介しよう。


 我が国が誇る英雄、魔を打ち払う猛き稲妻――【勇者】マウント

 大国ウォーコメットの若き獅子、第三王子――【聖騎士】ファルコ

 教国より魔王討伐の為使わされた光の写身――【聖女】ヴィスナ

 エイザック王国の生ける伝説、隠棲の星見――【賢者】オーギュスト


 え? お前はどうしたのかって? いえいえ、嘘は申してございません。勇者パーティーは選ばれ抜いたこの4名だけですが、危険を察知する斥候役、行く先々で調整を行う文官、雑魚の露払いを任された勇者騎士団、他にも食事を作る者、野営を担当する者と、その軍団はもはや一つの街が移動しているようなもの。そんな一団の末席に、私たちも加えていただいているのです。


では、我がパーティーを紹介しましょう。


 お祝いのために生まれてきた男、慶事には欠かせない――【ほうり】ニコラス

 言語と心理学の専門家、数多の言葉でヨイショを囁く――【幇間】パブロ

 卒倒させれば並ぶ者無し。変わらぬ驚嘆を、あなたに――【驚き男】マッギン


 勇者軍団が誇る接待要員、人々を憂いから解放し、赤子を泣き止ませ、死者をも笑顔にする、受け継がれし叡智、精神と祈りの結晶、人類の恥部、それが(男)芸者パーティーなのです!!


「オラァ、帰ったぜ!!」


 威勢のいい声が、駐屯地に響きました。


 発したのは武装した集団の先頭を行く男。血と汗と、泥とにまみれてなお輝きを失わない、当代の勇者。


「魔王四天王の一人・カズナック、討ち取ったり!!!!」


 瞬間、歓声が爆発します。


 【勇者】が勇者として旅立ちはや数年、長く苦しい旅路の経て、ついに明確な大戦果を上げた始めての瞬間でした。


 まだまだ旅半ば、それは誰もが分かっております。ですが、この喜びを止めることなどできはしないでしょう。魔王誕生からこの方、人類は魔族に押されっぱなしでした。しかし、始めて奴らに大打撃を与えることができたのです。かすかな希望は今、明確な光となって人々を照らし始めたのです。


「まこと目出度めでたい!」


 つまり、我らの出番というわけです。


 私たちは騎士団の荷物持ちよりも早く飛び出し勇者ーパーティーに取り付くと、腰をかがめてその偉業を称えました。


「魔王軍の幹部を討伐、そしてオージュ第一地区の解放! ああ、なんとお目出度いこと! この大勝利を祝わずにいられましょうか!?」


 そう声を張り上げて扇子の先から水を三筋噴出、初手から全力です。


「ひええ! あの悪逆にして残忍と名高い四天王を!!!!」


 マッギンはもう殆ど白目になるほど目を剥くとそのまま後方へと倒れ込み、ぐるんぐるんと回転して元来た未知を逆走するとテーブルに頭を打ち付け落ちてきた水差しを頭頂に受けてずぶ濡れになりました。完璧な計算と下準備、相変わらず見事な技のキレです。


「おお!カズナックと言えば大量の卵を産み落とし、数の力で敵を蹂躙するまこと恐ろしい魔族。そんな悪辣な敵を見事打ち倒すとは、さすが天より選ばれた英雄【勇者】様でございますなぁ!」 


 パブロは超高速で揉み手を繰り出し、その両の手からドォン、ドォンとソニックブームが放たれました。


「ガハハ、もっと褒めろ!!」


 歓声の中を大股で進む勇者様は威風堂々、そのあとに続く御三方と合わせ神々しさすら覚えるほどです。勇者様は上機嫌で首桶を従者へ渡すと、声は一層大きくなってもはや怒号のようでした。私たちも持てる技のすべてを注ぎ込み、一行を囃し立てました。


「四天王妥当、誠に慶賀の至り。勇者様方には、お慶び申しあげる次第です」

「……チッ」


 勇者様は一瞬だけ顔を歪めると、踊る私の腹を強かに蹴り押しました。


「あら、あら~」


 私はマッギンのようにゴロゴロと転がり、厩舎の柱にぶつかって止まりました。彼ほどではございませんが、これでも倒れる、転がる、飛ぶ等基本的な動きは一通り修めております。勇者様はそんな私の姿を一瞥すると叫びました。


「風呂の準備はできてるんだろうな!? 俺達が出るまでに祝宴の用意をしておけよ!!」


 宴は一晩中続き、国へ戻って今度は三日、彼らの偉業は大いに称えられ、私たちもそれはもう、右へ左へを大忙しでした。



 勇者パーティーの旅は続きました。残る四天王のクローマム、サタニ、セキ=ハーンを打倒し、その勢いは増すばかり。もはや向かうところ敵なしです。


 ですから、振り向いた勇者様の目に浮かんでいた涙は、きっとあくびのせいなのでした。


「ニコラス……」


 開けた荒野の、黒い石の上。腰掛けた勇者様は私の名前を呼びました。あの頃の、まだだたの村人だった頃と同じように。


「……嫌だ」


 勇者様は震えていました。あの頃の、農民の次男だった頃のように。


「嫌だ、死にたくない、死にたくない――」


 気が弱くていつも私の後をついて回っていた、ただのマウントのように。


「魔王、怖い……」



 決戦前の出陣式は、それは豪華なものでした。勇者を支えてきた連合国の面々はもちろん、あれこれ理由をつけて援助を渋っていた有力者たちが勝ち馬に乗る最後の機会だと大集合し、王都を挙げてのお祭り騒ぎ。パレードよろしく城門を送り出された勇者一行はすっかり数を減らした魔王軍を蹴散らして敵の居城へ到着。満を持しての最終決戦に臨み、見事魔王を討ち取って帰還したのでした。


 ――冷たくなった、勇者と共に。


「まこと目出度い!」


 誰よりも早く、私は飛び出しました。


「勇者様が死んだ。こんなに目出度いことはない!!!!」


 周囲の人たちが、魔王城に突入した勇者軍団の皆様が血走った目をこちらに向けます。私は続けました。


「古の賢人は看破しました、『新たな生命の誕生が慶事ならば、死もまた慶事である』と。勇者という偉大なる存在の死は、これまでにないほどの大きな慶びなのですな。その上、魔王の討伐までおまけで付いてきた。まこと、まことに目出度い!!!!」

「貴様……ッ!!!!」


 私は勇者様を抱えた【聖騎士】に殴られ、芸ではなく黒い地面を転がりました。


「貴様、貴様の役目は何だ!」


 起き上がる間もなく襟首を掴まれ、激しく揺さぶられます。


「これは異なことを。私が【祝】であるのは重々ご承知のはず」

「そうだ! 討伐軍を祝福し、盛り立て、盛り上げることじゃないのか!!」


 【聖騎士】様は、目を血走らせて叫びました。


「じゃあ、何でお前は泣いてるんだ!!!!」


 ……はて?


 殴られ熱を持った頬を無でれば、手のひらを濡らすは血ではなく。言われて

気づいたこの涙、これは――


「――これは……歓喜の涙でございましょう」


 そうです、これは嬉し涙でございます。


「人が泣くのは悲しい時だけにあらず、嬉しいときも、楽しいときも、喜怒哀楽その全てで――」

やかましい!!」


 今度は蹴られました。いつぞやの勇者様のような、足の裏で押しのけるような真っ直ぐの蹴り。


「喧しい、喧しい、喧しい!!!!」


【聖騎士】様の目に光るのは、怒りの涙でございましょうか?



 そして、あの時、勇者様の目に光っていたのは、何の涙だったのでしょうか?



 あの時の私には、分かりませんでした。


 そして、祝ったのです。いつものように。神に、【勇者】という存在に。


 勇者様は、最後まで泣いたままでした。あの頃、ぐずりながら自分の家へと帰るのと同じ背中でした。


 あの時、私が祝わなければ。


 【祝】でなく、ニコラスとして、【勇者】ではなくマウントに声をかけていれば、何かが変わったのでしょうか。


 あいつは、帰ってきたのでしょうか?


 今はもう、確かめることなどできません。【勇者】は【勇者】として去り、私にはもはやそれを祝うことしか残されていないのでした。







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