まず浴衣。そのつぎ苺。そして謎。
浅川 六区(ロク)
まず浴衣。そのつぎ苺。そして謎。
―事件の始まりー
四月の半ば、我が幽霊列車クラブ宛に長野県の温泉旅館から招待状が届いた。
差出人は観光協会。中身は二泊三日の宿泊招待と往復の新幹線チケット、
そして「温泉街で起きた不可解な謎を解明して欲しい」という依頼文だった。
「幽霊列車」クラブといっても活動はいわゆる探偵部だ。
部員は四人。
部長のボクー浅川ロク、副部長の弓木七瀬、会計の
ボクらは放課後、南棟三階にある部室に集まっていた。
「観光協会から五人分の招待状が届いたって聞いたけど」ユウタがボクに訊ねる。
「そうなんだ。五人分の招待状が届いたんだ」
「五人分?」会計担当の二花も不思議そうな表情を作る。
「一人分多いね」副部長の弓木七瀬も首を傾げた。
この招待状は本物なのか?
確認のため七瀬が観光協会に電話をすることになった。
「あのう、…茨城県の…高校の、幽霊列車クラブ副部長の弓木です。
そちらの“信州野沢菜旅館”さんから宿泊招待状が届いたのですが…これって本物ですか?」
電話に出た協会の女性は「鈴木」と名乗り、担当者は「佐藤」という者だが、今は外出しているとのことだ。
日当たりの良い部室内で、七瀬のスマホのスピーカーから聞こえてくる音声にボクらは耳を傾けていた。
鈴木は、宿泊人数は間違いなく五人の予約が入っていると言った。
旅館の宿泊予約状況表を確認してもらうと、部屋は二部屋抑えてあり、普通室が男性二名。それと北アルプスが
「女性三名?」七瀬が訊き返す。
ユウタも驚いて声を上げる。
「北アルプスを眺望出来る特別室が女子で、なんで俺ら男部屋が普通室なんだよ」
ユウタよ、今驚くのはそこではない。
協会の鈴木は答える。
「はい。確かに男性二名で、女性三名ですね。…そちらの担当者さんからお聞きしているようなので間違いないです」
「え?こちらの担当者?うちの誰かと佐藤さんは事前に話しをしているのですか」
「はい。そのようです」
「うちの…担当者の氏名はわかりますか?」
「申し訳ありません。詳しいことは当方の佐藤が担当していますので…」
七瀬は通話終了を押した。
「聞こえていたと思うけど、うちの誰かが観光協会と連絡を取り合っていたらしい。だからこの宿泊招待状は本物だわ」
「うちの誰かって、部長のボクや七瀬以外となると」残りの部員二花とユウタを順番に見る。二人とも首を横に振っている。
「担当の佐藤さんから明日返答があるから、うちで対応していたのが誰だったのかは。その連絡を待ちましょ。それよりも……私の直感だけど」
「何?」
「…今電話に出た“鈴木”って女性、…あれ、偽名だわ」
「はい?今の鈴木さんが偽名?なんでそう思った」ボクが問う。
「今の会話でなんか怪しい所でもあった?」二花もボクに同調した。
「スピーカー越しだけど…鈴木さんの声、アニメ声でちょっと可愛いかったよねー」ユウタがそう云うと、
「ユウタ黙れ」と二花から激しい言葉が飛んで来た。
「今思い返してもやっぱり怪しいわ…」
「だからどのあたりが?」
「わかった!アニメ声のところ?」
「ユウタは本当に黙れ」二花は
七瀬は自信に満ちた表情でボクらに身体を向ける。
「電話に出た女性が“鈴木”で、その担当者が“佐藤”という名前。そこが怪しいのよ。だって映画でも小説でもワンシーンに佐藤と鈴木が同時に出てくる設定って見たことある?安易過ぎるでしょ。一人が佐藤だったら、もう一人は豪徳寺とか西園寺とかややこしい苗字にしないと、検閲で引っかかるよ」
登場人物の苗字は「…寺」にしておかないと検閲で引っかかるらしい。
それは知らなかった。小説を書く時は気を付けよう。
部室内にあるAIパソコンで何かを調べていた二花がボクらに報告する。
「あのね…、全国の佐藤っていう苗字を調べていたら、1.5%程度だって。で、鈴木についてはもう少し減って1.2%程度らしい」
「なるほど、佐藤と鈴木は日本で一番多い苗字って思っていたけど、その程度なんだね。小学校中学校と何度かクラス替えがあったけど、毎回同じクラスにどちらか一人はいた気がするんだけどなあ。体感的には20%くらいのイメージだったけど」
「でね、その1%代の二人が同時に長野県の観光協会に勤めていて、電話をかけたタイミングでそのどちらか片方が不在の確率を試算してもらったら、
もう0.00…って、ゼロがいっぱい並んでてすっごい低い確率だよ…」二花はAIパソコンから算出された回答を読み上げた。
「そうなんだ…。つまり実世界では1%にも届かず、それどころか限りなくゼロ。
と言うことだね。あり得ない確率だわ。やぱっり偽名だな」七瀬が頷く。
観光協会の職員が偽名を使う謎。
温泉街で起きている不可解な謎は…組織ぐるみの大掛かりな何かが潜んでいるのかもしてない。ふう、面白くなってきた。
翌日の放課後。
幽霊列車の全員が部室に集まった時だった。
観光協会の佐藤から七瀬のスマホに連絡があった。
七瀬は着信のあった画面をみんなに見せると、
「ほらあー。こんな偶然ってある?」と首を傾げた。
「今朝から一日中ずっとマナーモードで協会からの電話を待ち続けていたのに、着信音が鳴ったのはちょうど今だよ。みんながこの部室に揃ったこの瞬間」
二花も確かに怪しいねと腕を組み、うーん…と喉を鳴らす猫の様に
少し演技がかっているがその気持ちは良く分かる。
七瀬は昨日同様にスピーカーオンで通話を始めた。
「はい。弓木です…」
電話の向こうは「佐藤」と名乗る協会の男だった。
「うちのクラブに招待状が届いたのですが、その件で…」
「はい。先月ですがそちらの学校へ直接お電話をした際に、『お化け地下鉄』の顧問の
うちは『お化け地下鉄』ではない。『幽霊列車』だ。招待した相手なのだから、クラブ名くらいちゃんと覚えて欲しいものだ。
狐澤という名前が出た時にボクらもはっとしたが、七瀬は声に出して驚いた。
「あっー、忘れてた。コンちゃんか!うちらの顧問の先生です」
狐澤ゆき子。我が幽霊列車の顧問で日本史教科の女性教師だ。去年ボクらがこの高校に入学した際に、彼女も新任としてやって来た。元々この学校の卒業生で、東京の女子大を卒業して戻って来たUターン先生だ。
スピーカーオンのまま七瀬は会話を続けた。
「そうです…狐澤はうちの顧問の先生です。事前にそちらとやり取りしていたのですね。…聞かされていませんでした。これからこちらで確認してみます。スミマセンでした」
「なんだー、コンちゃんが話を聞いてたんだ」二花に安堵の表情が宿る。
狐澤ゆき子は顧問とは言え、普段はこの部室にすら来ることは無い。ただ形式上、顧問の先生が必要だったのでクラブ設立時に七瀬がお願いして名前だけ借りていたのだ。
顧問の狐澤ゆき子がすでに協会と話をつけていたのだ。
佐藤は云った。こちらからのお願い事ですから、お部屋を二部屋ご用意させて頂きました。ただ、時期が五月の連休とありまして、当旅館自慢の北アルプスが眺望出来る特別室はいっぱいで、生憎一部屋しかご用意することが出来ませんでした。
「この度はご足労をおかけしますが、宜しくお願いします。そ、それでは皆様のお越しをお待ちしております。当日はお気を付けてお越し下さい」
「あっ…はい。当日はよろしくお願いします」
電話を切った後。七瀬はボクを真っ直ぐに見て言葉を発する。
「あの“佐藤”って男、それを昨日の“鈴木”って女。二人とも偽名で確定だわ。
しかもアイツら…組織ぐるみで何かを隠してる。そんな感じがする。怪しすぎるわ」
七瀬のニヤリと微笑む口元が、キラリと光った気がした。
―――
「でもさー、コンちゃんが温泉街の謎解明を勝手に引き受けてさ、私たちがもしも『行かない』って断ってたらどうするつもりだったの?」
七瀬が狐澤ゆき子に訊いた。
「ええー、だって温泉旅行だよ。しかも往復の新幹線代も現地での食事代も、ぜーんぶ観光協会が出してくれるなんて、こんな夢見たいな話を断るとか、そんな選択肢はないでしょ?」そう云いながらゆき子は笑みを浮かべて、上野駅で買った冷凍みかんを配り始めていた。
ボクら幽霊列車の四名と顧問の狐澤ゆき子は、北陸新幹線に乗り長野に向かっている列車の中にいた。
五月の連休ともあって新幹線の中は満席だったが、観光協会が指定席まで予約してくれたおかげで、ボクらはゆったりと席に座り、旅気分をさらにご機嫌なものにしてくれた。
長野駅では観光協会の「佐藤」と名乗る男が、協会のロゴが側面に大きく入ったワゴン車で迎えに来てくれていた。
ゆき子が代表して招待されたお礼を述べ、茨城から持参した土産を手渡した。
七瀬も佐藤に対して云った。
「先般、お電話でお話しさせて頂いた弓木七瀬です。この度はお世話になります…」
佐藤は、狐澤の隣にいた黒髪ショートボブの女子があの時電話で話をした弓木七瀬だとわかると、少し慌ててた表情で「ああ、あの時の…」と頭を下げた。
ボクらも順番に挨拶を交わすと、車に乗り込み宿泊する信州野沢菜旅館へと向かった。
ワゴン車は右に左にとS字に大きくくねりながら、山道を登って行く。
旅館では女将がロビーで出迎えてくれていた。
三十代の前半くらいだろうか。着物を着た女優のような美しい女性だった。
旅館の建物も、門構えは大きくて立派だ。
ここでもゆき子が前に出て、招待されたお礼を述べ持参した土産を渡し、ボクらを順番に紹介した。
ボクらはそれぞれ持参したスーツケースをワゴン車から下ろし始めると、
「あれ?コンちゃん、荷物はそれだけ?」ユウタが気付いた。二泊三日のとは言え、ゆき子の持参した荷物が少な過ぎたからだ。
ボクもユウタもそして女子二人もスーツケースを持参して来たが、そう言えばゆき子だけはスーツケースは持っていない。小さなバック一つだけだ。
「あー、そうそう。私のスーツケースはもう宅配便でこっちに送ってあるのよ。ほら大人は経済力があるからね」ゆき子はへらへらと笑った。
七瀬は旅館の女将に話しかける。
「今、長野駅から送って来てもらったんです。今の、観光協会の“山田さんに…。
山田さん”って、運転がお上手ですよね」
七瀬は「佐藤」の氏名が本名か否か、女将から聞き出そうとして、わざと“山田”と繰り返したのだろう。
女将はニコリと微笑んだまま、
「長野駅からここまでは、えらい遠かったでしょ」と返答する。
七瀬が仕掛けた「山田」に触れなかったのは、女将が佐藤の名を知らないのか、または警戒していてあえて触れなかったのか。ここでは判別不明だ。
時刻は十五時。
正面のロビーで氏名や住所を書き受付を済ますと、ボクらはそれぞれ用意された居室へ移動した。
忘れていた訳ではないが、女性三人は北アルプスを目の前に眺望出来る特別室だ。ボクとユウタの二人は、反対側の…何もない風景が広がる普通室だ。女性陣と同じ部屋に泊まる訳にはいかないから、それも了解していたし、五月の連休で他の部屋は満室だと言うことも、もう了承済みだ。
ボクとユウタは一旦部屋に荷物を置くと、窓の向こうに広がる景色を見た。北アルプスこそ見えないが、それでも結構な良い眺めだ。
「湯けむり温泉宿で、美女と謎解きかー。最高な連休の過ごし方だな」ユウタはジャージに着替えながら、あははと笑った。
「美女って…二花のことだろ」そう云ったボクに、ニヤリと口元をゆるませて「とりあえず付き合っているから、ここでは二花が一番の美人だとしておこう。しかしロク、お前知っているか?七瀬だって男子界隈では相当な人気なんだぞ」
「そうなのか」
「お前もそろそろはっきりしてやらないと、他の男子に取られちゃうぞ」
「……」
ボクら男チームはジャージに着替えを済ますと、女子のいる特別で作戦会議をするため移動した。
七瀬と二花、そしてゆき子の三人はすでに浴衣に着替えていた。
帯を締め直す七瀬の後ろ姿、振り返り見が…可愛い。
誰が提唱者か知らないが、確かに女子の浴衣姿は六割り増しだ。
そんなことを考えてる場合ではない。
「何でみんなもう浴衣姿なの?」ユウタは二花を見ながら云った。もちろんニヤケた表情だ。
「何でって…ここは温泉宿だもん。てか、あんたらこそ何でジャージなの。しかも学校指定の青ジャージって」
「何でって、この方が動きやすいし…」ボクらはこれから謎解きの操作を始めるつもりでいた。
何の謎かはまだ聞かされてはいないが、どちらにしても、ジャージが正解だろうと思っていた。
が…
彼女らは違った。謎解きよりも浴衣が先行しているようだ。
「見てーロク、この浴衣可愛いでしょー」七瀬は浮かれていた。
「私、この淡いブルーが好き。たまらんわ」ゆき子は浴衣の袖を持って、クルクルと回っている。
二花が一番のぼせていた。もうすでに頬が上気している…
お前ら…これから謎解きだというのに…
特別室には女将さんと仲居さんもお手伝いに来ていた。
部屋中央に置かれた大きなテーブルの上には、色とりどりのフルーツが並べされている。たくさんの苺にキウイ、パイナップル、白桃、デラなど…見てるだけでも華やかだった。
「あれ?女子部屋にはフルーツ盛り合わせがある!」ユウタが声に出した。
ボクらの普通室には、バナナの一本もなかったから尚更だ。
女将さんは、フカフカに膨らんだ座布団を並べながら、
「特別室にはフルーツ盛り合わせもセットなので…」と、申し訳なさそうに詫びる。
手伝いに来ている仲居さんも、ふふっと笑顔で対応してくれている。女将も仲居さんも感じが良い。
浴衣姿の七瀬が足を崩して座布団に座ったまま、すっと背筋だけ伸ばして女将に訊いた。浴衣がはだけて、綺麗なふくらはぎがあらわになっている。
「それで、この温泉街で起こる不可解な謎って何ですか」
女将は真剣な表情でボクらを順番に見渡した。
「皆さんには、こんな山奥までご足労頂いて、本当に感謝しています。これからお話しする不可解な謎の解明に…ぜひ皆様のお力をお貸し頂きたいのです」
窓の外からカコーンと、
静寂の時が流れる。
ボクは女将の言葉に耳を傾けた。
「この温泉街のどこかの旅館で、毎朝、宿泊客の一人が、まるで湯けむりのように、ふっと消てしまうのです」
「消える?」ボクら五人は声を揃えて云った。
「ちょちょ、ちょっと待ってよ。消えるって、それ失踪事件でしょ。
警察案件じゃないー」二花がテーブルに乗り出すようして女将に食いつく。七瀬も不安そうな表情を見せた。
「失踪というか…消えてしまうのです。ふっと、湯けむりの様に…」
「翌朝に宿泊客が消えることが、何度もあったわけですよね?それは警察には連絡してないってことですか?」
七瀬は冷静を装い女将に問う。
「はい。今まで十人ものお客様が…ふっと、湯けむりの様に…」
この女将「湯けむりの様に」と云う例えが気に入ったみたいだ。
「十人も…なんで今まで警察に言わなかったんですか?」ボクは七瀬の言葉を復唱するように訊いた。
「それは…観光協会に相談したら、そんな変な噂が広まったら客足もなくなってしまうから内緒にしよう。って…」
「客足も何も…十人もの人が失踪するって、それ大事件ですよ、ネットニュースですよ」いつもお気楽なユウタでさえも難色を隠せない。
その中で、至って冷静だったのはゆき子だった。
「あのう、女将さん…この
「あっ、どうぞどうぞ召し上がって下さい」女将はそういうと、仲居にお皿と手拭き用のナプキン、カット用のペティナイフを用意するよう指示した。
仲居は「はあぁーいっ」とアニメ声で返事をした。
どこかで…聞き覚えのある声だ。
そのアニメ声に反応したのはユウタだった。
「んん?そのアニメ声は…」と、言いかけてすぐに制したのは二花だ。
「ユウタは黙れ!」
「あ、俺まだ何も言ってないしー」
「それとコンちゃん、フルーツ食べてる場合じゃないから」二花がそう云うも、ゆき子の目はフルーツに釘付けだ。
「二花ちゃんは何を食べる?苺?」とゆき子。
「あ、いや…だから失踪事件を先に…失踪の、湯けむりの様に…、それじゃあ、
えっと…パイナップルが食べたいです…」二花、
おい二花までもか。七瀬は大丈夫だろうなと、ボクが七瀬を見ると、
七瀬は既に苺を食べ始めている。目の前の皿には、苺の
この女ら、ここまで来て浴衣やら苺やらに毒されてしまっている。
幽霊列車の兵力は一気に五から二になってしまった。仕方ないか。
ユウタと二人で謎解きをするか。
「わかりました女将さん。警察には言えないのでボクらが呼ばれたという訳ですね。では…そうだな…、えっと、どこから探ろうかな…」
「ロク、失踪した十人の氏名を訊いてみたら?」七瀬がボクの方も見もせずにアドバイスを送って来た。もちろん両手には苺を持ったままだ。
「そうか。失踪した人の共通点が見つかれば何か、失踪のヒントになるかもしれない。女将さん、今までに消えた十人の氏名を教えてもらえますか?」
「氏名ですか…はい、えっと確か一人目は阿部さんが、ふっと湯けむりの様に消えて…
二人目が
三人目が
四人目が
女将が
四人目の名前を云ったところでボクとユウタは、ハッとして顔を見合わせた。
阿部、坂東、近沢、段田…この流れで十人続くわけだ。
ボクがニヤリとした笑顔で女将に訊く。
「すると五人目の失踪者は、…『遠藤』さんですか?」
女将は静かに首を横に振る。チラリと見える首元も美人だ。
「いいえ違います。五人目は…
それを聞いてボクとユウタは笑いが声に出てしまった。
苺を頬張る女子らも笑いを堪えているようだ。
ユウタはあまりにも呆れて「ボクもフルーツを食べようかな」とテーブルの上に盛られた沢山のフルーツを覗き込んだ。
女将だけはまだ演技を続けていた。
「えーっと、次の六人目は藤井さんで…」
「そうなりますね。きっと七人目は後藤さんでしょ?」ボクは笑ったまま大きく頷いた。
美人女将は「はいその通りです。七人目は後藤さんです。よくお分かりになりましたね」と微笑む。やっぱり美人だ。
七瀬は口に入っていた苺を全て嚥下して、お茶を一口飲み干してから笑顔で女将にお礼を云った。
「あ、女将さん、ありがとうございます。もうここで終了です。全て、解決しちゃいましたからー」
「あら。そうだったの早かったわね…せっかく最後まで台本を読んで暗記したのに…もうおしまいなの?」と美人女将は女優の顔で微笑んだ。
「さてどうしますか皆様。これからボクが謎解きショーをしても良いですか?」そう云うと、みんな拍手をして了承してくれた。誰もこちらを向かずフルーツに夢中だったが。しかし美人女将と仲居に変装していた観光協会の「鈴木」だけは笑顔でボクを見てくれている。この笑顔は心地いい。
ボクはコホンっと咳払いを一つする。「では謎解きショーを始めます」
聞いているのは美人女将と「鈴木」の二人だけだ。
「つまりこの事件、最初から招待状なんて存在がなかったんだ。
狐澤ゆき子と七瀬と二花、この三人が仕組んだただの『温泉旅行』だったんだ。それを『温泉地で不可解な謎が発生した』という架空の事件を作り上げて、しかもこちらの観光協会さんまでを巻き込んで大芝居を演じたという訳だ。観光協会に電話をしたり、『佐藤と鈴木は本名ではない』だとか何だとかは、全てこの旅行を謎めいて面白くするために女子らが考え、散りばめた小道具だったんだ。そしてこの温泉街で失踪したとする架空の人物らは、順番に阿部、坂東、近沢、段田…。これら失踪者の
ここでようやく皆んなの視線がボクに集まった。
ゆき子からつまならそうに一言「はいはい。正解でーす」
七瀬からも退屈そうな表情で補足の一言。「さすがロク部長だね。はいはい」
二花から追従の一言「ユウタは黙れ」
「俺なんも言ってねーし」とユウタ。
結局ゆき子もみんなと一緒に二泊することになり、ボクらは身体温まる温泉と、美味しいご飯、そして旅館から見える北アルプスを眺望し、楽しい温泉旅行を満喫した。
帰り際、ゆき子は女将に深々とお礼を述べた。
「この度は私たちのために、こんなお芝居まで協力して頂いて、本当にありがとうございました…おかげさまで楽しい休日を過ごすことが出来ました」
「いえいえ。私も、今はこの旅館の女将をやってますけど、学生時代は女優を目指して演技の道を目指していましたから、なんか昔を思い出して楽しかったわ。狐澤先生から今回の台本が送られて来て、何度も練習をしたり、本番では咄嗟に『湯けむりの様に』って、アドリブを入れたりして。ふふふ。本当に『妖怪特急』の皆様にお会い出来て楽しかった…」
そう述べた女将の美しい笑顔を見て、妖怪特急ではないです『幽霊列車』です、と訂正することは出来なかった。
ボクは女将に訊ねた。
「最後に一つお聞かせ頂きたいのですが…このお芝居に巻き込んでしまった観光協会の“佐藤”さんと“鈴木”さんは本名ですか。それとも偽名だったのですか?」
その質問には女将の隣で仲居に変装していた観光協会の職員「鈴木」がアニメ声で答える。
「協会の佐藤は、…本名は『
どちらも「寺」か。
「いやいや、お二人に偽名を名乗らせようと考えたのはうちの女子ですから。逆にそんなことまでお願いしてしまって、こちらこそ申し訳ありませんでした」部長としてお詫びをした瞬間、妙高寺みえ子は恥ずかしそうな表情でボクらに真っ直ぐ向き云った。
「…皆さんにはとても感謝していますっ。…このお芝居のお陰で、私たち…、入籍することになりましたっ」ここももちろんアニメ声だった。
私たち?入籍?
そうか観音寺さんと妙高寺さんが結婚することになったのか。
観光協会に勤める珍しい苗字の二人が入籍する確率。
これはかなり低くなるだろうな。学校に帰ったら二花のA Iパソコンで計算してもらおうと思った。
妙高寺みえ子はニコッと微笑み、キメ顔でアニメ声を発した。
「本当にっ、ありがとうございますっ。怪獣快速列車の皆さまぁ」
ふう。今度は怪獣快速列車か。
まあ、お二人が幸せになるのなら…ここも訂正しないでおこう。
Fin
まず浴衣。そのつぎ苺。そして謎。 浅川 六区(ロク) @tettow
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