刹那の泥濘

三揃木波流

刹那の泥濘

 彼女は冷静に自身のことを食虫植物だと言い表した。なるほど、やけに俯瞰してものを見る方だと感心した。主語を「女性」に拡大して言い直してあげようと思ったが、おそらく承知済みだろう。あるいは、過去にそのような負け惜しみを言われた経験があってのことかもしれない。なにか気の利いた返事はないかと探った結果、こちらは食品サンプルですと伝えた。花より団子というが、団子の食品サンプルなのであり、どれだけ相手方に便宜を図って取り入ろうとも食えない男なのだ。何も相手にもたらしてあげることができない。あまりにも屈折しすぎてしまった、すまない。

 

 さて、この気まずさの責任を極端な少子化によって産み出された強制マッチングというシステムの考案者にとっていただきたいのは山々なのだが、事情が事情なので仕方がない。マキャベリズムは事態を強引に改善する他ないのだ。それに24歳までに家庭を築くようにということは予め伝えられていた比較的寛容なハードルであったし、徴兵に行くわけでもあるまい。前向きに考えればとても良いシステムではないか。

 

 では、冒頭のやりとりはいったいなんだったのだ。お互いにこれまでの人生の自己弁護であり、互いへの意味のない牽制が行われたというのか。恐る恐る幾つかの質問を投げかけようとした矢先、相手方から意外な言葉が出た。

「もうこのマッチングは5回目なんです」

 そうか5回目か、なぜだ。この制度の猶予が計5回のマッチングであり、その最後の相手として不幸なことに初回の私が選ばれたのだ。猶予期間内に相手と結ばれなければ、可能な限り臓器を提供したうえで食肉加工されるとの噂である。閻魔様に舌を抜かれるというような戒めとしてそのような話が流布されているとばかり思っていた。どうもこのガラス張りの部屋と、外からの監視員達がこちらを見つめる眼差しからは与太話と思えない空気が流れている。まぁ私はこの話が全て流れても晴れて食べれる団子となるだけだが、解せんのはこの相手の女性だ。


「5回ということは私が最後の相手となりますが、しかしどうしてあなたのような美しい女性がその…言い方は悪いですが残されてしまったのでしょうか」

「美人だなんてお心遣い痛み入ります。どうしてかと聞かれたら、こんな制度に取り込まれず自由に恋愛をして相手を見極めたかったというのが本音ですかね。もちろん24歳までにそのような時間はありましたが、添い遂げたいと思える方は終ぞ現れませんでした。国家がこのような状況であるにもかかわらず寄り付く男性は皆私の身体目当てです。男性からすればこの制度があること自体が恋愛におけるセーフティネットであり、以前の4回のマッチング機会においても下心を隠さない素振りでやりとりをされました。」

 

 男女の機能的な差異から端を発し、これほどまでに意識に違いが出るのは当然ではあるものの腹立たしい話でもある。しかも目の前の女性はお目にかかるのも稀なほどの別嬪様なのだ。下賤な者にとっては垂涎ものであろう。

「そういった事情でしたか。私もこのシステムには不満があります。というのも、自由恋愛を許しているようで、皆期日に怯えながら相手を選んでいるように感じます。」

 この返答に対して、女は箍が外れるように語り出した。

「素晴らしい指摘をされますね。私はこのシステムをもたらした上の世代が憎いです。通時性の倫理に欠け、恋愛も資源も何もかも食い潰し、挙句の果てに子を残さなかったという身勝手さによってどれだけ私たちに負担をかけているのでしょう。あぁとても腹立たしいです。だからこそ妥協なんてしたくありませんでした。もちろん上の世代の方々にも事情はあったでしょうが、その状況下で私を産んでくれた親のためにも良い家庭を築きたいのです。最後にしてようやく交際を申し出たい方に出逢えました。今までの方と違い、最初から今に至るまで困惑と心配の入り混じった顔つきをされていました。その態度で感じました。この方とならと。」

市井の民にも矜持はある。ブール・ド・シュイフのような儚さを感じる。もっともこちらの女性は華奢ともいえるスタイルの良さだが。


 さて、別にこの女性は焦っているわけではないのだろう。大勢の監視員に見られているなかでこの内容を話しているのだ。何より肝が据わっている。私だってこの短時間で彼女の理知的な語りに、その振る舞いに少しずつ心を奪われている。とても良い話なのではないか。いや、そう確信することにした。

「正直言って私の方も機会に恵まれず今日を迎えましたが、貴方のような方と出逢えて喜ばしい限りです。よろしければこれから一緒に歩んで行きたいです。」

 言い切った。別に勢い任せというわけでもない。相手方から先にOKサインが出ていたのもあって自然と了承することができた。


「おめでとうございます。」

 おめでとう…確かに釣り合わない容姿で偶然の力でこの場に至れたのだから多少上からの物言いをされても構わないか。

「いえ、どうもありがとうね。」

-カシャッ

 どこからともなくシャッター音がきこえた。なぜだろう、突如先程のおめでとうという言葉があまりに不自然に思えてきた。もしかしたらこの女性はシステム側の人間なのか。私は何か試されている…?思えば食虫植物と言っていた女性が健気に国家へ物言いをするか?嵌められたのか。

 猜疑心を抱えている最中、部屋の扉が開いた。監視員の1人がこちらについてきてくれと誘導する。廊下に出るとさっきまで部屋を囲んでいた監視員達が列をなしている。そして歩みを進めるとそれぞれから

「おめでとうございます」

「おめでとうございます」

「おめでとうございます」

 あまりに不安が押し寄せるので女性の方に目をやると涙を浮かべていた。終わりだ。ほんとは5回も猶予なんて無いし、そもそもここに連れてこられた時点で私の人生は有用では無いものとみなされていたのだ。

 

 建物の出口につくと、誘導していた監視員から写真を渡された。

 「記念に1枚ずつどうぞ、ペアが成立した方々へのサービスです。」

 そこに写っていたのは自分の顔と女性の顔だった。

 「あら、人の縁談をアトラクションみたいに扱わないでくださいよ。貴方はなんだか笑うと可愛いんですね」

 「マッチング成立時の表情の撮影は割と高評価をいただいております。私のアイデアなんですよ」

ようやく生きた心地が戻ってきた。するとどうしても気になることがあったのだ。

「どうしてあの時おめでとうなんて返事だったんですか」

「そりゃあ、貴方みたいな偏屈家が上限5回目の私と巡りあうのは…ラッキーだったでしょ」

 妥当ながら生意気な返事。悪戯っぽく笑う表情に、主観が構成した歪みは瓦解した。シャッター音は写真と自身の人間性を映し出した。そうだ、確実に浮かれていたからこそ沈めたのだ。勝手に沈んだのだ。

「改めてお二人の門出を祝って、おめでとうございます」

 彼女が安堵に満ちた表情を投げてくるものだから手を繋いで帰ることにした。

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