予告の部屋

青いひつじ

第1話


"アパートの一室"というと、玄関から廊下を進んだ先の扉を開ければ、キッチンと少しのスペース、その奥にはベッドとテレビが置けるくらいの6畳ほどのリビングがあって。学生アパートの場合、家賃はだいたい6万前後といったところだろうか。

ところが青年が内見にやってきたこのアパートは、2LDKという広さに加え、ひとり暮らしでは持て余すベランダがついた上、家賃はたったの3万円だという。

駅からも近く、周辺環境も悪くない。学生には贅沢すぎる部屋である。


「本当にいいんでしょうか、こんな豪華な部屋‥‥。それに広さに対してあまりにも安すぎると思うのですが」


『えぇもちろん大歓迎ですよ。ちょうど一室空いてしまい、入居者が見つからず困っていたのです。それに若い人に苦労はさせたくありません。3万円でいかがでしょう』


青年は喜ぶどころか、ますます顔を曇らせた。


「願ってもみない話なのですが‥‥もしかして、事故物件じゃないですよね?」


恐る恐る気になっていたことを尋ねると、オーナーの男は声をあげて笑った。


『いや失礼。先ほどから何を心配されているのかと思ったら、そういうわけですね。ご安心ください。変死体が見つかったわけでも、一家心中が行われたわけでもありません。しかし‥‥』


そこまで言うと周りを見渡し、声を潜めて続けた。


『少しだけ奇妙な現象に遭遇するかもしれません』




男の言う"奇妙な現象"は、青年が入居した翌日から始まった。

ある夜のことだ。青年がベッドに寝転び携帯を触っていると、白い壁にひとつの絵が浮かび上がった。

近づいて目を凝らすと、少し高価そうだが手が届く範囲の良さげな腕時計だった。ベルト部分の黒いレザー、シンプルな文字盤を囲う銀のフレームがほどよい品を漂わせている。


「いい時計だな。ざっと1万円といったところだろうか。嫌味もなく、女性からの評判も良さそうだ」


青年は実物を見にいこうとブランド名を探したが、残念ながら記載はなく、どこの腕時計かは判別できなかった。写真はすぐに消えてなくなり、青年も1時間経った頃にはすっかり忘れて眠りについた。


それから数日が過ぎた朝。

青年は目を覚ますとすぐ、左手首を締め付けられているような違和感に気づいた。


「これは‥‥どこかで見覚えのある‥‥」


なんと青年の左手首には、あの夜見た腕時計がつけられていた。黒のベルトから、シンプルな線の文字盤、銀のフレームまで全く同じ品である。絵に比べ実物の方がはるかに上品に見えた。ところが喜びも束の間、不可解なことがひとつ浮かび、青年は不信感を抱いた。頭の引き出しを全てひっくり返して探しても、購入した記憶が見当たらないのだ。喜びはすぐに疑心へと変わり、再度今日までの道を辿る。誰かからのプレゼントだろうか。しかし受け取った覚えもない。

結局答えは出ず、青年は腕時計をクローゼットの中で保管することにした。



ところが、奇妙な現象はこれだけでは終わらなかった。

またある夜のことだ。毎晩ループしているかのように、青年は20時になるとベッドに横になり、携帯を見つめて2時間ほど時間を溶かす。

その時。あの夜と同じように、白い壁に上質なコートの絵が映し出された。前回同様ブランド名の記載はない。ざっと5万はするだろうと青年は考えた。続いて、このコートを着て大学内を歩けば、女性からの評判は上々だろうと考えた。



数日が過ぎ、青年がアルバイトから戻った夜のこと。

部屋の電気をつけるや否や、目の前の壁に掛かっていたのは、あの夜見た上質なコートだった。

勿論今回も買った覚えはないが、不信感は生まれなかった。

その代わりとして、青年はひとつの仮説を思い浮かべていた。



奇妙な現象は等間隔に続き、1ヶ月が過ぎた頃には、青年の仮説は立証されつつあった。


「腕時計もコートも、限定品のスニーカーも最新のデジタルカメラも、全て手の中にある。つまり、壁に映し出されたモノが現実に手に入る。ここは"予告の部屋"というわけだ」


現象の規則性が判明し、予測が可能になってからは、不信感が生まれることはなかった。それどころかこれほど有難いことはないと、青年はもれなく品々を受け取った。

それがどんなに貴重で高価で高級なモノでも、躊躇うことはなかった。

気づけば部屋は、高価な腕時計の数々にブランドのバック、重なった札束まで、ありとあらゆる高級品で溢れかえった。




奇妙な現象が始まってから3ヶ月が経ったある夜、またひとつの絵が映された。白い壁一面に映されたのは、真っ赤な血潮だった。

映し出された途端、青年は壁に這いつくばり、齧り付くように目で絵をなぞった。


その時チャイムが鳴った。


「こんな時間に‥‥誰ですか」


しかし返事はない。


「誰ですか。答えてくれないと開けませんよ」


やはり返事はない。青年が部屋に戻ろうとすると、またチャイムが鳴った。

何度も何度も、連打しているようだった。

青年は怒りにまかせ勢いよく扉を開けた。


「誰だって聞いてんだ、」


青年は扉の向こうにいた複数人の男に取り押さえられ、右手に握りしめていた包丁は調査員によって回収された。


『彼は非常に危険な状態です。麻酔を打って一度落ち着かせましょう』


ひと時の眠りについた青年の手足に、調査員が手際よくロープを巻きつけた。


『班長、今回の実験は成功と言えるのでしょうか』


『経過をまとめて上に報告だ。少々強引なやり方には違いない、色々と批判もあるだろう。しかし彼が異常な承認欲求により、見たもの全てを手に入れないと気が済まない病におかされていたことには変わりない。犯罪者予備軍であった青年を救うことに成功したのだ。今回の結果を考慮し、我々は改善に努めるのみだ』


調査員のひとりは部屋を覗き、結果報告の写真を撮るため中へ進んだ。


『ここが例の部屋ですか。噂には聞いてましたが、想像以上に広いんですね』


『承認欲求をより盛り上げるために、あえて豪華な部屋を用意している』


『班長、青年がつけていた日記を見つけました。これは貴重な研究材料になりますよ。どれどれ、ほう。彼はここが"予告の部屋"であると仮説を立てていたようです』


『なかなか鋭いな。しかし、まさかこの部屋が犯罪者一歩手前の人物を見つけ出す"予告の部屋"だとは思わなかっただろうな』




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