はぁ? マグロ一本で五億円!?

りす吉

01.目指せ大間デビュー!


「お兄ちゃん、私もあれを食べたい! 五億円を味わってみたい!」


 ニュースを見るなり私は兄に叫んだ。


「五億だと? まさか年末ジャンボにもで当たったのか?」

「違うわよ、マグロよマグロ! 東京でマグロが五億円で売れたんだって!」

「ああ。初セリのことか。とんでもない値段だったな。初売りってたしか翌日決済だぞ。あの会社、体力あるなぁ」


 欠伸をしながら言う兄。

 うちの兄は地方じもとの魚市場でセリ人をしている。

 今は夜勤明けで帰宅した直後で、テレビをつけると豊洲の初ぜりで東京のお寿司屋さんが競り落としたというニュースが流れていたのだった。


「まぁ、うちみたいな田舎者には縁のない話だ。ネギトロで我慢しろ」

「え~~っ! たまには高級な大間産を食べてみたい! 億り人の気分を味わいたい!」

「お前は投資家か。そもそも大間産だってピンキリだし、億単位で売れるほうが珍しいんだぞ」

「え、そうなの? 大間産イコール億りマグロじゃないの?」

「変な呼び名つけるな。青森じもとの漁業関係者に怒られるぞ」

 

 咳払いする兄。

 一月五日の豊洲市場には、大間産のマグロが約百本入荷したらしい。

 そのなかの最高値が二百十万円。二百四十キロなので、一本で約五億円だ。

 これに次ぐ高値は四万五千円。このマグロは約百七十キロだから、一本で七百八十万円。

 そして、安値は三千五百円。約七十キロで、一本で約二十六万円。


 たしかに兄の言うとおり、すべてが億単位で売れるわけではないらしい。

 それでも高額なのには変わりないけど。

 っていうか、最高値とその次の差がありすぎじゃない?


「マグロそのもののも同じぐらいの良品だから、五億と七百万の鮪を食べ比べて違いを言い当てられる人は料理人でもいないだろう」

「GACKTさんでも?」

「難しいな。って、格付け番組じゃないんだぞ」


 それだけ、どっちのマグロも美味しいってことだと兄は言う。


「ご祝儀相場とはいえ、値差が出るのは当然だ。カジキやマグロみたいな大きな魚は個性がでるからな」

「個性?」

魚体サイズが大きくなる魚ほど生育環境や食べてきた餌の種類、それに産卵の前後かによって品質が左右される。だから小魚みたいに箱買いされずに、一本ずつ尻尾の断面を見て値段を決めるんだよ。

 ついでに言っておくが、セリにかけられたすべてのマグロが売れるわけじゃない。傷や病気ヤマイが原因で誰にも買い取られず、売れ残ることだってある。これは大間産に限ったことじゃないが」

「え? 売れ残るってことは、引き取りに行ったら無料タダで貰えるの?」

「おバカか。そういう場合はセリじゃなくて相対売りするはずだ。お得意先に『安くするから買い取って~~』ってお願いするし、場合によっては凍結して加工品の原料として扱うかもしれん」


 稀に恵方巻きや、小売店スーパーのネギトロで『大間のマグロ入!』とうたっている商品があるが、これは主に売れ残った大間産を原料にして製造されたものらしい。

 また、通販サイトで販売されているものも同様だというのが兄の見解だった。


「冷凍の板柵やネギトロは加工時の余った部位が原料になる。ブランド品をそんなことの為に使うのは割に合わないし、そもそも良品なら必ず東京とよすで売れる。あそこは人口も観光客もお金持ちも多いからいいものは売れるんだよ」


 大間にかぎらず、豊洲で売れ残ったマグロは地方の市場で販売されることがあるようだ。もっとも日数はかかっているから鮮度は落ちるし、東京で出回っているのに比べて品質も劣るらしいけど。


「じゃあ、近所のスーパーで大間が売られることもあるの?」

「いや。たとえお手頃価格になってもスーパーには並ばないな。不定期に入荷する商材はチラシに掲載しにくいし、数量が揃わないと全店に行き渡らないからバイヤーは避けるはずだ。たぶんスポットのネタとして寿司屋に並ぶだけだ」

「つまり、いつか私を大間産デビューさせる為にお寿司屋さんに連れて行ってくれるってこと?」

「は? なんでそうなる?」

「でも漁師さんってすごいよね。二百四十キロのマグロを釣れるなんて」

「こら、無視するな」

「五億のマグロを釣った人がテレビでインタビューを受けていたけど、どんな腕力なんだろう」

「おいおい、あのマグロは延縄なわで釣られたものだぞ」


 兄がスマホの画像付きで延縄漁を解説してくれる。

 これは釣り針付きの縄がついた太くて長い縄(全長百キロ以上)を海中に投げて、二、三時間待機し、マグロがある程度かかってからまた数時間かけて縄を引き上げる漁らしい。

 てっきり年末年始の特番みたいに、一本一本を釣り上げているのかと思っていたのだが。


「釣り船よりも遠洋に出やすいから、水温のより低い場所で身のしまった魚を狙える。まぁ、航海期間が長いと鮮度が落ちるし燃料費も増すが」

「はぁ、一回食べてみたいな。どれぐらい美味しんだろう……」

「おい、聞いてたのか?」

「一生に一度は大間を食べてみたいな。映えそうだし」

「ブランドは確かだが、海域の近い北海道の松前町や、同じ青森県の奥戸だって良品はある。初売りにこだわらず気長にまっていれば、いつか食べる機会はあるだろう。それまでは養殖もので我慢しろ」

「え? 養殖ってなに? マグロって天然やせいのを捕まえて売るんじゃないの?」

「お、お前……」


 兄がこの上ない溜息を吐くのを前に、私は首を傾げる。

 値段云々以前に、養殖と天然の区別がつかない我が家にとって大間のマグロは程遠いらしかった。


「…………じゃあ、大間は諦めてウニで我慢するね?」

「ウニもバカ高かっただろうが」


 了

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